星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

家族がそろう上機嫌の朝 1

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 制服姿の純はダイニングテーブルに座り、焼いたトーストにバターを塗っていた。テーブルには、三人分の朝食が用意されている。

 スクランブルエッグとウインナーにブロッコリー。いたって普通の朝食だ。

「簡単なものしか用意できなくてごめんね」

 母親のきさきが純の隣に座って、同じようにトーストを手に取った。バターなしでそのまま口をつける。

 純と同じキツネ目のなまめかしい顔立ち。化粧と着替えをすでに済ませており、妖艶な雰囲気が朝からにじみでていた。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 バターを均等に塗り終わった純も、トーストにかぶりつく。咀嚼しながら、スクランブルエッグをスプーンですくった。

「おはよ~」

 あくび混じりの間延びした声。

 派手柄のシャツを着た父親のめぐみが、リビングに入ってくる。純と同じ赤毛が、ぴょんぴょんと跳ねていた。

 家に家族全員がそろうのは、数カ月ぶりだ。妃が穏やかに笑って返す。

「おはよう。もう用意してるから食べて」

 恵は目をこすりながら妃の正面に座り、トーストを手にした。

「あら、コーヒー準備するの忘れたわ」

「あ~いい、いい。あとで自分でつぐから」

 妃が隣に顔を向けると、純は首を振って見せる。妃はうなずいて、トーストにスクランブルエッグをのせはじめた。

 恵がリモコンを取り、リビングの奥にあるテレビをつける。

「――渡辺月子さんに関する誹謗中傷、ネットへの写真流出の件で、フローリアミュージックプロダクションが法的措置を講じることを発表しました――」

「あ~月子な。なんか大変そうだったもんな」

 月子の名前に、純もテレビへ顔を向けた。

 朝のニュースは、月子の件で特集を組むほど騒いでいる。有名芸能人へのいじめとネットトラブルは、それだけでセンセーショナルだ。他のチャンネルでも、同じ話題を取り扱っていることだろう。

「――また、今回の件には、渡辺月子さんの父親である演出家の渡辺蓮さんも、法的措置に関わる旨を発表しています。盗撮、器物破損、肖像権の侵害に対する賠償請求や名誉棄損での訴訟も辞さない構えです――」

「あら、ほんとうに大変な目にあってたのね、月子ちゃん」

 妃もテレビを見ながらトーストを食べ進めている。

「――必要であれば、事務所と合同で徹底的に対応する、としています。――さて、今回の件ですけれども、いかがでしょう真坂さん――」

 若手のコメンテーターが月子の騒動にコメントを述べている。おおむね今回の対応に賛成する姿勢を示していた。

 思わず頬が緩んだ純に、恵が気付く。

「やっぱり、おまえが手を出したか」

 純はバレたとばかりに眉尻を下げた。が、返事は明るい。

「月子ちゃん、本当に大変そうだったから。解決できたみたいでよかったよ」

 恵と妃は顔を見合わせ、短く息をつく。

「……おまえ、渡辺さんの事務所に俺の名前でいろいろ送ったらしいな。俺はうまくごまかせなかったし、あの人、変に賢いから俺じゃないことはわかってるぞ」

「あ~、ごめんねパパ。でもそのほうが早いと思って」

 悪びれることもなく、純はトーストに食らいつく。

「よくやるよ。月子のためにできることをやれとは言ったが、ほんとうにやるとは思ってなかった。連さんのこともどこで知ったんだか。……ああ、経歴書か?」

 純はうなずく。

「坂口君の経歴書で見て、なんとなく見覚えがあるなって思ってたから。……確か、パパと一緒に番組作ってるんだよね?」

「まあ、番組のクレジットに毎回名前出てくるしな」

 父親の番組を定期的に見ている純は、最後に流れるクレジットの名前を自然と追っている。毎回同じ名前が流れていくので、自然と頭に入っていた。

 その中でも、総合演出として名前が流れる渡辺蓮は、実に異端な存在だ。
 知る人ぞ知る演出家であり、恵の番組以外にも多くの番組を手掛けている。ドラマやアニメ、舞台、映画、バラエティなど、その活躍は多岐にわたっていた。

 彼が手をくわえる作品は必ず注目を集め、彼が目を付けたタレントや役者は必ず売れていく。ようは、業界に頼られるヒットメーカーなのだ。
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