星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

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 平山はテーブルの写真に視線を落とし、おずおずと尋ねる。

「あの。社長も、ほんとうはわかっていらっしゃったのですか? 月子のこと……」

 目をぱちくりとさせた社長は、鼻を鳴らした。

「まさか、純ちゃんじゃあるまいし。月子にはちゃんと説明してほしかったわよ。あんな演技なんてしないで。ちゃんと、本音で」

 月子は孤高の存在だ。本音で助けを求めることなどありえない。だから誰も、彼女の苦しみを理解できない。社長もそれはわかっていた。

 目を伏せ、ため息をつく。

「……純ちゃんが、特別なの。不思議な子。あれはもはや千里眼ね。そう思わない?」

「はあ……」

 平山は社長の言葉を肯定しなかったが、否定もできなかった。その心情を察してか、社長は喉を鳴らす。

「会長はあの子のこと、座敷わらしだって言ってる。それもあながち間違いじゃないのかもしれない。あの子に気に入られたら得をする。でも、敵に回したらすべてが消える」

 社長の話は、いつもの平山なら笑ってやり過ごすようなものだった。しかしこの時ばかりは、真剣に聞かざるを得ない。平山にも、少なからず思い当たる節がある。

「純ちゃんが月子と仲良くしてるってことは、月子はこれからもっと飛躍するでしょうね。月子の才能じゃ当然のことでしょうけど。……純ちゃんがいなかったら今頃、この世界から降りていたかもしれない」

 社長は平山を見すえ、自信満々に口角を上げる。

「もしかしたら将来、あなたも出世できるかもよ? 純ちゃんはあなたを、見限らなかったみたいだし」

「でも、僕はしばらく、月子のマネージャーを続けたいと思っているので。……月子は拒絶するかもしれませんけど」

「それについては大丈夫よ。あの子が勝手に月子を説得してくれるんじゃない? ……ほんと、イノギフの状況とは全然違うわ」

 瞬間、社長は目に悲哀を乗せ、顔を伏せる。ため息をつき、静かな声を出した。

「ねえ。ちょっと教えてくれる? 月子のマネージャーであるあなたの目には、イノセンスギフトってどう映ってるの?」

 突然の質問に、平山はとまどいながら首をかしげる。とはいえ、聞かれた以上は答えるしかない。背筋を伸ばし、しっかりと答える。

「少なくとも、渡辺月子の敵ではありません」

 自信を持った顔つきの平山に、社長は満足げにうなずいた。

「マネージャーはそうでなくちゃね。……じゃあ、この質問にはちゃんと正確に答えてくれる? あなたから見て、事務所での星乃純の立ち位置って、どう見えるのかしら」

 平山は一瞬ためらいを見せたものの、自分の思うままに回答する。

 事務所の社員の間で、星乃純を知らない者はいない。陰で『二世の劣等生』と呼ばれるほど、評価が悪かった。

 当然、マネージャーや周囲のスタッフに不遇な扱いを受けていることも知っている。が、それをとがめる者はいない。できない者に対する扱いは、それが当たり前だからだ。

 平山は純の立場と状況を、一言一句丁寧に告げる。社長は顔色を変えることなく、真剣に聞いていた。

「ですが正直、僕は、言われているような劣等生だとは思えなくて……。やはり、会長や社長の見込むものが何かしらあるのだろうと思っています」

「私たちの判断を信じるってことね?」

 社長は試すような視線で平山を見すえる。

「あなたは、彼が、磨けば光る原石だと思う? 彼自身が、アイドルとして、売れると思う?」

「今はまだ、なんとも言えませんが……環境の調整で彼の才能はどうとでもなると思います。ただ、今の状況では……」

 平山はそれ以上の回答に困り、口をつぐむ。

 これでは、イノセンスギフトのデビューに直接かかわった社長を、批判しているようなものだ。

 平山の予想に反し、社長は穏やかな口調で返す。

「確かに、そのとおりね。……どんなに価値のある宝石でも、ただ磨けばいいわけじゃない。光の反射や形を考えることで輝きが増すものだもの。彼の能力も、才能も、それと同じ」

 社長は自身の指にはまった指輪を見つめた。さまざまな形状にカットされた大きい宝石たちが、ギラギラと光を放っている。

「もし、僕が彼のマネージャーだったら。もっと彼に歩み寄ったマネジメントをすると思います。グループの中で一番賢いようですから、当事者としてしっかりとした意見も言えるでしょうし……」

 言ったあとで、後悔する。これこそ社長に怒られても仕方のない言葉だ。

「……言い切るなんてよっぽどの自信ね」

「あ、いや、だからといって月子のマネージャーを辞めるつもりはなくてですねっ」

 慌てる平山に、社長はほほ笑みながら息をつく。

「そう。正直に答えてくれてありがとう。……もう帰っていいわよ」

「……はい」

 平山は立ち上がり、社長に頭を下げ、すみやかに部屋を出ていく。

 静かになった部屋で、社長はテーブルにあった写真を一枚持ち上げた。それは台本に落書きしている女性のようすを、上からうつしたものだ。
 書いている女子は後頭部が写り、顔は見えない。しかし落書きする手元はよく映っていた。

 制服の袖に、独特なラインと「T・A・I」の刺繍ししゅうが入っている。

「バカなことをしたものだわ。……きっと、もう炎上してるわね。あの子に嫌われたら、ただではいられないはずだもの」

 はらりと投げ捨て、立ち上がる。奥にあるデスクに座りなおし、固定電話の受話器を取りあげ、どこかへとつないだ。

「……ああ。私よ。ちょっと問題が発生してね。……ええ。弁護士を呼んできてちょうだい」

 電話中、マウスに手を置くと、デスクトップパソコンの画面がつく。そこにはメールが一通、開かれたままになっていた。来客の予定を伝える旨のメールだ。最後の一文にはこう書かれている。



 ――今日中に来客がなければ、こちらからデータをお送りいたします。     星乃純



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