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二年目
正しい使い方 1
しおりを挟むこの日も、社長室の中は押しつぶされそうなほどに空気が重かった。
ソファに座る社長の顔には、冷ややかな笑みが浮かんでいる。その全身から放たれる、どっしりとした威厳。
「で? 今日はどういった用件なの?」
社長の正面に座る平山は、息をのむ。緊張に引き締まる顔で口を開いた。
「こちらに、目を通していただきたくて」
純からもらった封筒を開き、中身をテーブルに置いていく。
丁寧に一枚ずつ置くのは、SNSの投稿をプリントアウトしたものだ。月子と思わしき人物が映る写真を、次々に見せていく。
学校で授業を受けているときの写真。給食を食べているときの写真。登下校中の写真。テレビ局の廊下を歩いている写真。控え室でチョコレートを食べている写真。
写真を投稿したSNSのコメントや、アカウントのスクリーンショットも置いた。
「これが、ネットにあがっているみたいなんです。……私も、星乃くんからこれをもらうまで気づきませんでした」
「……そう。純ちゃんが」
平山は社長の反応をうかがう。社長の顔は笑みが消え、冷ややかに写真を見下ろしていた。
「鮮明には映っていませんが、見る人が見れば本人だとわかるようなものばかりです」
「そのようね。盗撮? わざわざこんなことするなんて、暇なのね」
社長はテーブルに広げられたうちの一枚を手に取る。写っているのは、更衣室で着替える月子の後ろ姿だ。服を脱ぎ掛け、インナーが見えている。
「これ、うちの更衣室よね?」
「はい」
「うちの誰かが撮って、ネットにのせたってことよね」
「そういうことになりますね」
社長は宝石で光る手を口元に添えた。
「これをのせてるのが誰かは特定できてるの?」
「いいえ。ですが、すぐに見つかるかと。……大体の見当もついていますから」
「そう」
社長は持っていた写真をテーブルに置き、別の用紙に視線をうつす。それは写真と一緒に投稿されたコメントと返信欄だった。
――台本 油性ペンで塗りつぶしたった。草。#これ誰の台本だと思う?――
――いやマジ無理――
――これはアウトでしょ――
――ネタ? 釣り? だとしても全然おもしろくねえから――
――もし本物だとしたら事務所が黙ってなくね? アクアだぞ?――
社長は背もたれにのしかかる。腕を組み、足を組んで、天井を見上げた。組んだ腕にかかる指が、とんとんとリズムを刻んでいる。
「……そうね。さすがに黙っているわけにもいかないわね。早急に対応しましょう。きっと会長でもそうしたでしょうから」
「かかわったタレントには、どのような処置を考えておいでですか?」
社長の視線が平山に向いた。平山の顔は、以前ここにいたときよりも真剣で、熱量がある。
しかし社長は、あくまでも冷静だった。
「結論を出すには早いわ。まだ犯人がタレントかどうかもわからないのに。……でも、そうね。当人の反省次第よ。場合に寄っては、契約解除も考える」
安堵のため息が、平山の口からもれる。
平山の知っていることなど、一部でしかない。月子は平山の想像以上のことに耐えながら、仕事をこなしてきた。月子を苦しめてきた者たちに、軽い処罰では納得がいかない。
「この件は全部こちらで対応するわ。こないだの事件と合わせてね。あなたは今までどおり、月子の仕事を管理してちょうだい。月子は仕事をしたがるだろうから、学校よりも仕事を優先してあげて」
「はい……ですが」
一度、口を閉じる。神妙な顔で、目を伏せながら、たどたどしく続けた。
「仕事に逃げる状況になってしまって、いいんでしょうか……?」
「それのなにが悪いの?」
平然と言ってのける社長に身じろぎながらも、平山はしっかりと返した。
「月子にとって、根本的な解決にならないような気がします。まだ未熟なこの時期に、学校に通うからこそ得られるものだってあるはずなので」
「本気で言ってる? あの子にとって、学校も敵しかいない状況なのに?」
身を乗り出した社長は、学校で隠し撮りされた写真をコンコンとたたいてみせる。
平山は目をつぶり、言葉を必死に選びながら答えた。
「僕は、僕のせいでこうなったんじゃないかとも思うんです。月子が求めるまま仕事を入れたことで、学校での居場所を奪ってしまったんじゃないかって……」
社長は平山を見すえ、ため息をついた。
「もう少し学校に通わせていたら、クラスにもなじんで楽しく過ごせていたって?」
「そうです。少なくとももう少し……」
「あなた、全然わかってないじゃない。そんなだから月子にしてやられるのよ?」
平山は目をぱちくりとさせる。社長の落ち着いた声が続いた。
「あの子は普通じゃないの。特別な子なの。才能があって、努力もして、経験も積んできたの。私を使ってあんたを陥れようとするあの子が、そもそも普通の学校生活になじめるはずがないでしょ」
「ですが……もう少し月子に余裕ができれば、癇癪を起こすようなこともないでしょうし」
社長の表情はますます曇っていく。
「やっぱり、月子のマネージャーは辞めさせたほうがいいのかしら? さすがにクビにはしないけど。癇癪を起こさず普通に学校へ行けて、普通に仕事をこなしていくタレントに担当変えましょうか?」
平山は口を閉じる。月子のためを思っているだけで、辞めたいわけではないのだ。
月子の光り輝く才能を、誰よりも知っているという自負があるのだから。
「あなたね、芸能事務所の人間だってこと忘れてない? 教育者でも保護者でもないのよ? 本人が仕事を優先したいなら、そうするべきでしょ」
その言葉に、平山は思い出す。
月子が裏口で暴走したあの日、純も同じように言っていたことを。
社長のあきれたため息が、平山の耳に突き刺さった。
「私としては、学校生活に慣れ親しんで、とがった才能が丸くなるほうがごめんよ。マネージャーなら、この世界に自分で居場所を築き上げたあの子のこと、もっと信じるべきでしょう」
平山はぎこちなくうなずく。ようやく、月子の本心を理解できたような気がした。
平山は、月子のことを考えるあまり、からまわっていたのだ。仕事に追われ、学校に通えない月子を、勝手に、哀れんでいた。それが月子のプライドをへし折ることになるとも気付かず。
「ですが……勉強はさせてあげたいんです。たぶん本人もしたがってると思うので。自頭がいいし、テストの成績も優秀ですから」
「ええ。わたしもそう思うわ。あの子、『仕事をしてるから勉強できない』って評価されるのも嫌がるでしょ。あの子自身が学校を優先したがるようなら、それを邪険にするつもりはないわ」
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