星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

ネットモラルと偶然の産物

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「……ただいま」

 家に帰っても、誰もいない。いつものことだ。両親ともに大物で忙しいのだからしかたない。

 純は一人でご飯を食べながら、両親や月子が出ている番組をチェックする。入浴を済ませ、勉強に打ち込み、ベッドに入るまで、ずっと一人だ。

 あの手紙に傷ついた純のことを慰めてくれる人は、誰もいない。

 目をつむっても寝付けなかった。頭の中で手紙の内容がずっと回っている。

 純はゆっくりと目を開き、枕まわりをたたいていく。そばで充電していたスマホを手に取り、画面を点けた。

 開いたのはSNSだ。

 こういうことはしたくない。自分が傷つくことになるだけだから。

 わかっていながらも自分の名前を検索にかける。とたんに心臓がぎゅうっと締め付けられた。スマホを持つ手の指先が震えだす。

「あ~……」

 顔をゆがめ、悲痛な声を出しながらも、画面をスクロールしていく。

『超ブスじゃん』

『イノギフの足手まとい草』

『こいつうつさなくていいから。もっと千晶うつせよ』

『実際メンバー皆嫌ってるらしいよ』

『なじめなくてすぐやめるだろ、こういうタイプは』

『親の名前でしか有名になれないやつ』

『顔も声も気持ち悪い。しゃべんな』

『テレビに出てくんなや』

 これだからネットは苦手だ。文字を通していろんな感情が脳に入り込んでくる。嫌な言葉の一つ一つが、純をまっすぐ刺してくる。
 世界中の人間に後ろ指をさされ、攻撃されているかのような気分だ。逃げ場はないし、誰も助けてはくれない。

 だから純は、よほどのことがない限り、エゴサーチはしないようにしていた。

 純はスクロールをやめ、父親の名前を検索する。

『楽曲が神。アイドルぶった他のアーティストと一緒にすんな』

『トークも歌もうまいって天才か』

『あの星乃恵さんの番組にゲストで出してもらいました! 実際見た恵さんめちゃくちゃかっこよかったです!』

『人生初ライブ~! 絶対目が合った!』

 おおむね高評価だ。純はうんうんとうなずきながらスクロールしていく。やはり父親が褒められるのは気分がいい。

 次は母親について調べてみる。あまりいい予感はしない。

 検索を押すと、出るわ出るわ。ファンらしき男性の投稿と、妃のグラビア写真。

『胸がでかすぎる。ドラマのあの胸ゆれシーンはヤッてるようにしか見えん』

『もっと胸を出せ胸を』

『この画像だけで何回もヌケるわ』

『でも星乃恵の女だからな』

 純は顔をしかめた。息子の立場にしてみれば、不快でしかない。

 母親がそういう目で見られているのも、そういう発言をされるのも気持ち悪い。むしろ母親は平気なのか心配になった。

 ふと、純の頭に月子のことが思い浮かぶ。再びスマホを見つめ、月子の名前で検索した。

『ゴスロリ着てる月子が尊い……』

『月子信者が調子乗ってうざいんだけど』

『最近しんどかったけど月子がテレビ出てるからがんばれる』

『中学生のくせにいい体してんじゃん。ハアハア』

 ファンの投稿と嫌な投稿が半々といったところだ。

「え? これって……」

 その中に、そこそこ拡散されている投稿があった。

 制服姿の女の子がうつむきがちに歩いている写真をのせたものだ。写真はぼけており、顔ははっきりと認識できない。しかし純は、月子がその制服を着ていたところを何度も目にしている。

『週刊誌に持ってったけど売れなかったわ』

 その画像を投稿したアカウントを追ってみると、授業中に隠し撮りしたような写真ものせられている。学校の住所をさらした投稿や、月子の私物の写真をのせた投稿もあった。

「なにこれ……どういうこと……?」

 投稿のリプ欄には、本人かどうか半信半疑のコメントが多く、盗撮について注意する書き込みもあった。

 純にはわかる。写っているのはすべて、本物だ。



 ――渡辺さんって、思ったより価値がないんだね。



 写真を見つめる純の頭に、ドラマの一幕のような光景が浮かび上がる。



 ――なんで学校きてるの? 来る必要ある?

 ――なんか言えよ。テレビ出てるからってスカしてんの? きも。



 映像の中の月子は、机に座ったまま台本を読んでいた。



 ――なにあいつ。見せつけてんじゃねえよ。

 ――どうせ自分だけが特別だとでも思ってんだろ。



 違う画像を見ると、頭の中の場面も切り替わる。



 ――正解だ。渡辺は偉いな。仕事で忙しいだろうに勉強もちゃんとやってるんだから。おまえらも見習えよ。


 授業中の風景だ。

 返事をする生徒たちは、悪意を乗せた目をちらちらと月子に向ける。そのうちの一人は月子を隠し撮りし、別の一人は教科書に落書きをし、別の一人は上靴をごみ箱に捨てていた。



 ――渡辺。それは少なすぎないか?



 給食時、月子によそわれたご飯はすべて、底が見えるほどの量しかつがれていなかった。



 ――だって、芸能人だもんね!

 ――あんまり食べ過ぎると仕事に響くんだって~!

 ――にしてもこれは少なすぎだろう。



 心配する教師と、にやにやと嫌な笑みを向ける周囲の生徒たち。月子はそれでも落ち着き、静かに返す。



 ――そう。食べ過ぎるのはよくないんです。

 ――ほら~。

 ――それに、わたし、このあとバラエティ番組の収録でご当地料理を食べるんですよね。有名店のお弁当も用意されているので今日の給食はむしろいらないんです。私が食べない分の給食はみなさんでどうぞ。



 素っ気なく吐き捨てる月子に、周囲は顔をゆがめ、教師は不快感のある目を向けていた。



 そこまでで、純は吹き出した。月子らしい振る舞いだ。事務所にいるときと何も変わらない。とはいえ、学校という集団生活の場では悪目立ちしかしないだろう。

 純は再びスマホの画面を見すえる。

 月子の写真を載せているアカウントは一つだけでなく、複数存在していた。

 別のアカウントの投稿をさかのぼっていくと、落書きされた机や、上靴、破られた教科書やノートなどがのせられている。どれもこれも、若干炎上していた。投稿主を特定しようと動いているようだ。

 ふと、台本の写真が目に入った。素人目に見ても、それがドラマの台本だとわかるように写されている。他にも、折れたペンや破損しているポーチなどの写真が目にとまる。

 再び、純の頭に映像が浮かび上がる。



 ぶちまけられたカバンの中身。壊された私物。それを冷淡に見下ろす、月子の姿。



 純は、月子にかんして投稿されたものを徹底的に調べていった。

 青白い画面を見つめる純の表情は、誰も見たことがないほど冷ややかだ。無言でスクリーンショットの撮影を繰り返していく。

 純の頭の中は今、月子を助けること以外、なにもなかった。

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