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二年目
はじめてのお手紙
しおりを挟むイノセンスギフトは会議室に通される。床にはたくさんの段ボール箱、テーブルにはいくつかのケースが置かれていた。段ボール箱もケースも、中身はさまざまな形をした封筒だ。
「全部イノギフ宛のファンレターだ。もっと前に見せたかったんだが、忙しくて今日になっちゃったよ。」
熊沢の声は機嫌がいい。テーブルのクリアケースを指さし、続けた。
「これは、個人あてのファンレター。ケースに名前がはってあるから。それぞれ取って読んでみろ」
部屋中を見渡すメンバーの表情は、明るくなる。それぞれ、グループや個人のファンレターに手を付け始めた。
純は背を向けてドアに向かう。このあとに仕事は何もないので帰っても問題はない。
自分にあてられたファンレターがないことはわかっている。アイドルとして二年目の純には、なんの実力も魅力もそなわっていないのだから。ダンスも歌も容姿も、メンバーにかなうものは一つもない。
それに今は、自分たちのことよりも月子のことが気になって仕方なかった。
歩夢が誰も触っていないケースに気づき、手に取る。ドアを開けて出ようとする純に、顔を向けた。
「純くんのぶんもあるよ!」
「え?」
「ほら!」
歩夢が笑顔でケースをふってみせる。そこには、封筒がいくつか入っていた。純は怪訝な顔で近づき、受け取る。
確かに、ケースには純の名前が貼ってあった。純にとってはこれが初めてのファンレターだ。
一番上にある封筒を手に取ると、きちんと星乃純様と書かれている。封はとっくに切られていた。
フローリアミュージックプロダクションでは、スタッフが事前にファンレターの中身を確認している。食べ物や凶器の類が入っていないかはもちろんのこと、タレントを傷つけるような手紙を事前に取り除くためだ。
ふと視線を感じ、顔を向ける。熊沢が純を見て、ニヤついていた。とたんに、純の胸がざわつき始める。
嫌な予感がしながらも、純は封筒から手紙を取り出し、読んでみることにした。
†
星乃純さんへ
私たちイノギフファンは、あなたのことが大嫌いです。嫌悪しかありません。
アイドルとしてデビューするのにふさわしい人は他にいたんじゃないですか?
あなたがイノギフの足を引っ張ってることはわかってますよね? イノギフのためにいなくなってください。
消えたほうがイノギフはもっと売れると思います。
あなたが消えたところで誰も悲しみません。
――イノセンスギフトのファン一同より
†
言葉そのものよりも、その字体にダメージを受けた。鉛筆で、でかでかと、力強く書かれた文字。相当な恨みと嫌悪が感じ取れる。
心臓が激しく脈を打つ。指先が震えながらも、他の封筒も確認した。
†
――親の名前で楽にアイドルになれていいですね。他のメンバーは努力してやっとなったっていうのに――
――だからダンスをミスしても平気な顔でテレビに出れちゃうんですね――
†
――顔と声が不快です。イノギフで一番人気ないんじゃないですか? 全然かっこよくないしやめたほうがいいですよ――
――ご両親のすねをかじってるだけだって、はやく気づいてください――
†
純は手紙をキレイに折りたたみ、封筒に入れる。ファンレターに喜ぶメンバーたちの前で読むのは、みじめだった。
熊沢はわざと、この手紙を読ませたのだ。
「気に入ったものがあれば持って帰ってもいいからな!」
メンバーたちに、熊沢が明るく声をかける。
「……どうした、星乃~?」
わざとらしく茶化す嫌みな口調に、視線を向けた。
「おまえももっと喜べよ。数少ないファンレターだぞ」
この男は両親をけなしたことも、純を殴った件もなかったことにして、まだこんなことを続けるらしい。
「そうですね」
純はにっこりと笑う。その反応に、熊沢は眉をひそめた。
ケースの手紙をすべて取り出した純は、大事に胸にあててみせた。
「とっても嬉しいです。嬉しすぎて持って帰りたいくらい。家に帰ってパパと一緒に読んでもいいですかあ?」
「えっ」
「あ、そうだ。はじめてファンレターもらったよって社長にも報告して見せなきゃ!」
純の反応が予想と違ったのだろう。熊沢はたじろぎ、答えにつまっている。二人のようすに、メンバーたちが顔を向けた。
純は穏やかな笑みで鼻を鳴らす。熊沢を見つめるその目は一瞬つり上がり、「覚悟もないならこんなことするな」と、警告していた。
「冗談ですよ。俺はもう帰りますから。俺のぶんは処分していただいて結構です」
手紙をケースに放り入れる。背を向けた純に声が放たれた。
「なんで? 持って帰ればいいじゃん」
千晶の声だった。振り向くと、千晶はあのキレイな顔で、純を見すえている。
「ファンレターって嬉しいだろ? 最初にもらったやつは持って帰ってとっとけば? 今後のモチベーションにもなるし」
その顔も声も、嫌みのようなものは感じられなかった。純粋な疑問と、人気者としての助言だ。
熊沢を見ると、千晶に対して余計なことを言うなと、目で訴えている。純はほほ笑むだけで何も言わず、静かに会議室を出ていった。
その瞬間、千晶の顔がゆがむ。握りこぶしでテーブルをたたいた。
「ほんとなんなんだよあいつ……。ファンを大事にしようっていう気持ちがないわけ? 俺がわざわざ話してやったのに……っ」
何と思われようと、純は居心地の悪い会議室から離れていく。
純は理解した。あのグループに、自分がなじめる日が来ることはない、と。それでも自分が我慢すれば、平和なグループであるようには見せられる。
自分は彼らと同じようなアイドルにはなれない。そんなことはアイドルになる前からわかっていたことだ。
何もできない自分はグループの中で、決して目立たず、ひっそりと息をしていればいい。イノセンスギフトのファンにとって目障りにならず、邪魔な存在にならないように。
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