星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

文字の大きさ
上 下
78 / 99
二年目

妹と兄のひと悶着、再び 1

しおりを挟む


 ミュージックビデオの撮影を終えたイノセンスギフトは、バスで事務所に戻ってきた。

 最後に純がバスから降りたとき、焦りを含んだ声が近づいてくることに気づく。

 月子が平山とともに裏口に出てきた。声の正体は、平山のものだった。

「ねえ、聞いてる? 月子ちゃん! そりゃ僕だって、いろいろと配慮が足りなかったとは思うよ!」

 声が響き渡る中、先を歩く月子は無言を貫いている。まるで平山の声など聞こえていないかのようだ。

 イノセンスギフトには眼中もなく、乗り場へと向かっていく。迎えの車はまだ来ていない。乗り場の前で、月子は姿勢よく立ち止まる。

「でも僕は本気で心配してたんだ、月子ちゃんのこと」

 二人の姿に、熊沢やメンバーは腫れものを見るような目を向けていた。月子が起こした事件は、この場にいる全員、すでに耳にしている。

「言いたいことがあるなら言ってよ! そこがきみの悪いところだよ! なんできみはきみの価値が下がるようなことを平然とするくせに主張はしないんだよ!」 

 月子はただ、車道を見すえるだけだ。その横顔を、純は見すえる。

 以前、異変を感じ取ったときよりも、月子の瞳はどす黒い。顔色も青白く、唇も血色が悪かった。

 背中側に回している左手首には包帯がまかれ、痛々しい。

「ねえ、月子ちゃん。僕、月子ちゃんに対してそんなに悪いことした?」

 返事も反応もない月子に、平山は深い息をつく。先ほどよりも落ち着いた声で続けた。

「僕たち、コミュニケーションが不足してるんだと思う。だって、僕、月子ちゃんがなにに不満を持っているのかわかんないし……。月子ちゃんは自分の気持ち、話してくれないし」

 月子はすでに、平山に対して壁を作っていた。なにを言おうと、月子が平山に顔を向けることはない。

「月子ちゃん……」

 すでに月子は、誰にも心を許す状態にはなかった。そもそも、あのプライドの高い月子が、誰かになんでもかんでも話すことなど困難だ。

 不穏な空気が広がる中、純は空気に逆らうように歩き出した。

「やっぱり、月子ちゃんだ。元気? これから撮影? 俺は今終わったとこ」

 いつもどおりの笑みを浮かべて、いつもどおりの穏やかな声をだす。先日、台本を渡したときのことなど、なかったかのように。

 月子は近づいてきた純に、顔を向けた。とはいえ、その表情は硬い。

「聞いたよ、月子ちゃん。大変だったね」

 ここで放っておけば、本当に手遅れになる。渡辺月子という女優は、終わる。

「腕、大丈夫だった?」

 周囲は凍り付く。それでも、純は笑顔で続けた。

「すごく、痛かったんじゃない?」

 月子の目つきは、純のことですら突き放そうとしていた。世界のすべてが敵だとでも言いたげにつり上がっている。

「別に。こんなの大したことないから」

 言葉にも、とげとげしさをはっきりと感じさせた。しかし完全に無視をするほどではない。

「うん、でも、月子ちゃんが無事でよかった」

 眉をひそめた月子に、純は眉尻を下げて続ける。

「ごめんね。俺が追い打ち、かけちゃったのかな。本当は月子ちゃんが困ってるってわかってたんだけど……。俺は結局、なにもしてあげられなかったから」

「違う。純ちゃんの、せいじゃない……」

 月子の目が、潤んだ。純を拒絶するように手を上げる。体を震わせながら、顔をゆがめ、涙をこらえるように声を出した。

「私のことは、大丈夫だから、もう気にしないで。別に、大変じゃないし。純ちゃんには関係のないことだから」

 自分で引き起こしたこの騒動に、巻き込ませたくないのだ。純のことを。

 自分が傷ついてもなお、月子なりに純を守ろうとしている。

「でも、友達だもん。言ったでしょ? 俺はなにがあっても味方だって……」

「いいからもうほっといて!」

 月子の大声が、裏口に反響する。

 メンバーたちがハラハラしながら見守っている視線を、純は背中で感じ取っていた。

「やめてよ! わたしはあんたとは違うの!」

 わめく一方、その目から、涙が零れ落ちていく。

「あんたみたいなかわいそうな人間じゃないの! 一緒にしないで!」

 流れ落ちる涙をそのままに、月子は肩で息をする。純は面食らいながらも、安心してほほ笑む。

「うん、そうだよね。月子ちゃんは俺と比べ物にならないくらいすごい人だもんね」

「あんたはいいわよ! ダンスも歌もできないし仕事もないくせに! いっつもへらへらしちゃって! 恥ずかしいと思わないの? スタッフからもファンからも馬鹿にされ続けるなんて。私だったらそんな人生惨めすぎて死ぬほうがマシ!」

 わめく月子に引いている周囲に対し、真正面で受け止めている純はほほ笑んだままだ。

 月子ももう、自分では止められないのだ。無理に止める必要はない。吐き出して落ち着くのなら、吐いたほうがいい。

「ファンとスタッフにびうってりゃなんとかなるのにあんたってそんなこともできないの? イノセンスギフトなんてしょせん売れ残りの寄せ集め! その程度のアイドルなの! 媚びうってさえいればなんとでもなるのよ!」

 純は笑みを浮かべたまま反論しない。月子から、悪意は一切感じなかった。

 月子としては、純がこれ以上近づかなければそれでいいのだ。ヒステリックな月子が理不尽にわめけば、純を不憫ふびんに思う存在が出始めるはずだから。

 純を思う月子の声はとにかく悲痛で、胸に抱える苦しみが一緒に伝わってくる。

「あんたみたいになんの努力もしてないようなやつ……何の結果も残してないようなやつに……」

「うん、そうだね。俺よりも月子ちゃんはがんばってるもんね。つらくても、お仕事が好きだから、がんばってきたんだもんね」

 それでも、ついに限界が来た。心の平穏を、保てなくなった。

「あんたみたいなのに私の気持ちがわかるわけないでしょ! わかられてたまるか! わたしよりも売れてないあんたなんかに、理解できるわけないから!」

 月子のどうにもならない怒りや悲しみが、ずっと純の中に流れ込んでくる。気を緩めれば、純も泣いてしまいそうだ。

「わかるわけないだろ、おまえみたいに自分勝手なヤツ!」

 純はふりむいた。声の主は千晶だ。月子を指さしながら、月子に負けないくらいにわめく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...