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二年目

アイドルバラエティ「ティーンエイジャー・アイドル!」 1

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 この日、純はテレビ局の楽屋にいた。千晶と一緒だ。同じ空間にいても、二人が会話をすることはない。

 純がテーブルで高校の課題を進める一方、千晶は鏡の前で入念にヘアセットをしてもらっている。純は赤毛をキレイにとかしただけだったが、千晶は編み込みやカールをつけて、と手が込んでいた。

 今日の仕事はトーク番組の収録だ。フローリアミュージックプロダクションに所属するアイドルグループのうち、十代のアイドルが数人ずつ出演する。イノセンスギフトは今回、年下組のみの出演だ。

 衣装の制服を着た歩夢と爽太が楽屋に戻ってくる。爽太が純に向かって声をかけた。

「星乃くん、日野先輩にあいさつしてきたら? 今なら楽屋にいらっしゃるから」

 なんてことない言葉だが、トゲがあった。明らかに、今のは千晶を除外している。

 顔を向けた純は、とりあえずうなずいた。爽太の意地の悪さをかすかに感じ取ったが、この場でどうこうしようとは思わない。

 爽太のとなりにいる歩夢も不穏を察したのだろう。ぎこちなく千晶をフォローする。

「あ、えっと、千晶も一緒に行ってきなよ、ね?」

 ちょうどヘアセットが終わった千晶は、二人に顔を向けた。爽太が後付けでなにか言うこともなければ、千晶が文句を言うこともない。

 しかし楽屋は、誰もが声を出せないほどに冷え込んでいく。この状況に、純が口を出すことはない。

 課題を片付けながら席を立つ純に合わせ、千晶も立ち上がった。

 一緒に廊下へ出た瞬間、千晶が純に向かって口を開く。

「あのさ」

「あ、イノギフの千晶くんだ~」

 女性の甲高い声に遮られた。ブレザーの女子生徒に扮した女性アイドルが二人、近づいてくる。同じ事務所のアイドルグループ「Arcana Secretアルカナ シークレット」のメンバーで、イノセンスギフトよりも先輩だ。

「もしかして日野さんにあいさつ行くの? 一緒に行こうよ~」

「千晶くん、収録にはもう慣れた~?」

 純のことは見えていないかのように、千晶の体をなれなれしく触っている。

 下心が丸見えだ。これがアイドルで大丈夫なのかと、純が心配するほどだった。

 千晶は困惑しながらも、笑みを浮かべて対応している。助け舟を出そうとしたときだった。

「何してるの?」

 女性アイドルたちとは逆の方向から、月子が近づいてくる。こちらもブレザーの制服を着ていた。

 髪型はさらさらのストレートだ。女性アイドルたちの派手なヘアアレンジに比べれば、落ち着いている。

「日野さんにあいさつするの、まだでしょ? 一緒に行く? お兄ちゃんも……」

 女性アイドルに絡まれている千晶を見て、鼻を鳴らした。愛想のない顔を純に向ける。

「私たちは先に行きましょ」

「え、あ……うん」

 千晶のようすを気にしつつ、純は月子についていく。今、純が一緒にいるべきなのは月子だ。

 たとえ千晶が困っていようと、千晶には味方が多いはずだ。純の助けは必要ない。

「中学生のくせに、もう男に色目使ってるんだよ」

「早熟すぎて怖いよね」

「千晶くんのほうが演技も歌もうまいのにね~」

 後ろからぼそぼそと悪口が聞こえた。耳のいい純には丸聞こえだ。女性同士でも、いろいろあるのだと悟る。

 前を歩く月子は、以前会ったとき以上に静かで、元気がない。まったく話そうとせず、表情も乏しい。ふれるとケガをしそうな近寄りがたさを、隠そうともしていない。

 月子は立ち止まり、すぐそばのドアに手を向けた。

「ここが日野さんの楽屋。イメージどおり優しい人だから安心して。……って、もしかしたら純ちゃんは会ったことあるのかもね」

「えっと……」

 答えに詰まる純に、月子はそれ以上追及することなくドアをノックした。やはりいつもより冷たい。

 中から返事が返ってくると、ドアを開ける。

「おはようございます、日野さん」

 月子のあいさつに、純が頭を下げて続ける。

「おはようございます」

 テーブルに座っていた日野が立ち上がり、二人のもとへ来る。

「おはよう、今日はよろしくね」

 日野ひの聡一郎そういちろうは、若木海斗や星乃恵に比べると、素朴な顔立ちをしていた。派手さはなく、アナウンサーのような清潔さが前面に出ている。

 身にまとう空気は穏やかで、ほんわかとしていた。

「純くんのことは若木さんから聞いてるよ。がんばってね」

「はい。精いっぱいがんばります」

「あんまり気負いしなくて大丈夫だよ。なにかあったらフォローするから。好きにやってごらん」

「はい。よろしくおねがいします」

 あいさつを手短に済ませ、楽屋をあとにする。短い時間で、日野の人となりがすべてわかった。

「……あの人、俺の前で父親の名前出さなかった」

 小さいつぶやきだったが、月子が顔を向ける。

「そうね。日野さんは、星乃さんと仲いいのにね」

 そのとおりだ。若木と同じく、日野も星乃恵と親しい関係にある。当然、純も幼いころに何度も顔を合わせていた。

「でも、あえて言わなかったんでしょ。純ちゃんが気にしてると思って」

「うん、そうなんだろうね」

 純の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。

 父親の名前を出されることは苦ではない。それでも、父親を出さないという優しさと気遣いは、温かくて心地いい。

「純ちゃん」

「なに?」

「私も、触れないほうがいい?」

 目をぱちくりとさせる純に、月子は腕を組んで続けた。

「恵さんのこと。番組で」

「ああ……えっと」

 正直どちらでもいい。それが自分に求められていることなら構わない。

「前、恵さんと共演したときは、純ちゃんのこと話すのだめだったの。だから純ちゃんもそうなのかなって」

 月子なりの、気遣いだ。冷やかで不愛想だが、その優しさは十分に伝わっていた。

「大丈夫だよ。バラエティの先輩たちに、任せる」

「……そう?」

 今だ。今しかない。月子の心を、少しでも軽くするチャンスだ。

「月子ちゃんは、大丈夫?」

 この聞き方ではまずい。すぐに続ける。

「つらいこととか、ない?」

 月子の硬い表情は、一切変わらなかった。

「別になにも」

「ほんとに?」

 まっすぐに見つめる純から、月子は目をそらす。

「純ちゃんが、気にすることじゃない」

 月子は、純が出会ったときからそうだった。

 大人びて、強くて、真面目で、勉強家。弱みを絶対に見せようとしない。その気高さに、純は何度も救われたのだ。

 月子の全身から黒いもやがにじんでいるのを、放っておけるはずもない。

「たまには、休んで、月子ちゃん。嫌な感情にさらされるなら、家にこもってもいいし。友達と一緒にカフェに行くのも、気分転換になると思うし」

「休んでまでそんな時間はいらない」

 月子は顔をゆがめた。その表情を純に見せるのは珍しい。
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