71 / 99
二年目
アイドルバラエティ「ティーンエイジャー・アイドル!」 1
しおりを挟むこの日、純はテレビ局の楽屋にいた。千晶と一緒だ。同じ空間にいても、二人が会話をすることはない。
純がテーブルで高校の課題を進める一方、千晶は鏡の前で入念にヘアセットをしてもらっている。純は赤毛をキレイにとかしただけだったが、千晶は編み込みやカールをつけて、と手が込んでいた。
今日の仕事はトーク番組の収録だ。フローリアミュージックプロダクションに所属するアイドルグループのうち、十代のアイドルが数人ずつ出演する。イノセンスギフトは今回、年下組のみの出演だ。
衣装の制服を着た歩夢と爽太が楽屋に戻ってくる。爽太が純に向かって声をかけた。
「星乃くん、日野先輩にあいさつしてきたら? 今なら楽屋にいらっしゃるから」
なんてことない言葉だが、トゲがあった。明らかに、今のは千晶を除外している。
顔を向けた純は、とりあえずうなずいた。爽太の意地の悪さをかすかに感じ取ったが、この場でどうこうしようとは思わない。
爽太のとなりにいる歩夢も不穏を察したのだろう。ぎこちなく千晶をフォローする。
「あ、えっと、千晶も一緒に行ってきなよ、ね?」
ちょうどヘアセットが終わった千晶は、二人に顔を向けた。爽太が後付けでなにか言うこともなければ、千晶が文句を言うこともない。
しかし楽屋は、誰もが声を出せないほどに冷え込んでいく。この状況に、純が口を出すことはない。
課題を片付けながら席を立つ純に合わせ、千晶も立ち上がった。
一緒に廊下へ出た瞬間、千晶が純に向かって口を開く。
「あのさ」
「あ、イノギフの千晶くんだ~」
女性の甲高い声に遮られた。ブレザーの女子生徒に扮した女性アイドルが二人、近づいてくる。同じ事務所のアイドルグループ「Arcana Secret」のメンバーで、イノセンスギフトよりも先輩だ。
「もしかして日野さんにあいさつ行くの? 一緒に行こうよ~」
「千晶くん、収録にはもう慣れた~?」
純のことは見えていないかのように、千晶の体をなれなれしく触っている。
下心が丸見えだ。これがアイドルで大丈夫なのかと、純が心配するほどだった。
千晶は困惑しながらも、笑みを浮かべて対応している。助け舟を出そうとしたときだった。
「何してるの?」
女性アイドルたちとは逆の方向から、月子が近づいてくる。こちらもブレザーの制服を着ていた。
髪型はさらさらのストレートだ。女性アイドルたちの派手なヘアアレンジに比べれば、落ち着いている。
「日野さんにあいさつするの、まだでしょ? 一緒に行く? お兄ちゃんも……」
女性アイドルに絡まれている千晶を見て、鼻を鳴らした。愛想のない顔を純に向ける。
「私たちは先に行きましょ」
「え、あ……うん」
千晶のようすを気にしつつ、純は月子についていく。今、純が一緒にいるべきなのは月子だ。
たとえ千晶が困っていようと、千晶には味方が多いはずだ。純の助けは必要ない。
「中学生のくせに、もう男に色目使ってるんだよ」
「早熟すぎて怖いよね」
「千晶くんのほうが演技も歌もうまいのにね~」
後ろからぼそぼそと悪口が聞こえた。耳のいい純には丸聞こえだ。女性同士でも、いろいろあるのだと悟る。
前を歩く月子は、以前会ったとき以上に静かで、元気がない。まったく話そうとせず、表情も乏しい。ふれるとケガをしそうな近寄りがたさを、隠そうともしていない。
月子は立ち止まり、すぐそばのドアに手を向けた。
「ここが日野さんの楽屋。イメージどおり優しい人だから安心して。……って、もしかしたら純ちゃんは会ったことあるのかもね」
「えっと……」
答えに詰まる純に、月子はそれ以上追及することなくドアをノックした。やはりいつもより冷たい。
中から返事が返ってくると、ドアを開ける。
「おはようございます、日野さん」
月子のあいさつに、純が頭を下げて続ける。
「おはようございます」
テーブルに座っていた日野が立ち上がり、二人のもとへ来る。
「おはよう、今日はよろしくね」
日野聡一郎は、若木海斗や星乃恵に比べると、素朴な顔立ちをしていた。派手さはなく、アナウンサーのような清潔さが前面に出ている。
身にまとう空気は穏やかで、ほんわかとしていた。
「純くんのことは若木さんから聞いてるよ。がんばってね」
「はい。精いっぱいがんばります」
「あんまり気負いしなくて大丈夫だよ。なにかあったらフォローするから。好きにやってごらん」
「はい。よろしくおねがいします」
あいさつを手短に済ませ、楽屋をあとにする。短い時間で、日野の人となりがすべてわかった。
「……あの人、俺の前で父親の名前出さなかった」
小さいつぶやきだったが、月子が顔を向ける。
「そうね。日野さんは、星乃さんと仲いいのにね」
そのとおりだ。若木と同じく、日野も星乃恵と親しい関係にある。当然、純も幼いころに何度も顔を合わせていた。
「でも、あえて言わなかったんでしょ。純ちゃんが気にしてると思って」
「うん、そうなんだろうね」
純の顔に、かすかな笑みが浮かぶ。
父親の名前を出されることは苦ではない。それでも、父親を出さないという優しさと気遣いは、温かくて心地いい。
「純ちゃん」
「なに?」
「私も、触れないほうがいい?」
目をぱちくりとさせる純に、月子は腕を組んで続けた。
「恵さんのこと。番組で」
「ああ……えっと」
正直どちらでもいい。それが自分に求められていることなら構わない。
「前、恵さんと共演したときは、純ちゃんのこと話すのだめだったの。だから純ちゃんもそうなのかなって」
月子なりの、気遣いだ。冷やかで不愛想だが、その優しさは十分に伝わっていた。
「大丈夫だよ。バラエティの先輩たちに、任せる」
「……そう?」
今だ。今しかない。月子の心を、少しでも軽くするチャンスだ。
「月子ちゃんは、大丈夫?」
この聞き方ではまずい。すぐに続ける。
「つらいこととか、ない?」
月子の硬い表情は、一切変わらなかった。
「別になにも」
「ほんとに?」
まっすぐに見つめる純から、月子は目をそらす。
「純ちゃんが、気にすることじゃない」
月子は、純が出会ったときからそうだった。
大人びて、強くて、真面目で、勉強家。弱みを絶対に見せようとしない。その気高さに、純は何度も救われたのだ。
月子の全身から黒いもやがにじんでいるのを、放っておけるはずもない。
「たまには、休んで、月子ちゃん。嫌な感情にさらされるなら、家にこもってもいいし。友達と一緒にカフェに行くのも、気分転換になると思うし」
「休んでまでそんな時間はいらない」
月子は顔をゆがめた。その表情を純に見せるのは珍しい。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。
夜兎ましろ
青春
高校入学から約半年が経ったある日。
俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
学園制圧
月白由紀人
青春
高校生の高月優也《たかつきゆうや》は、幼馴染で想い人の山名明莉《やまなあかり》とのごくありふれた学園生活を送っていた。だがある日、明莉を含む一党が学園を武力で占拠してしまう。そして生徒を人質にして、政府に仲間の『ナイトメア』たちを解放しろと要求したのだ。政府に対して反抗の狼煙を上げた明莉なのだが、ひょんな成り行きで優也はその明莉と行動を共にすることになる。これは、そんな明莉と優也の交流と恋を描いた、クライムサスペンスの皮をまとったジュブナイルファンタジー。1話で作風はつかめると思います。毎日更新予定!よろしければ、読んでみてください!!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる