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二年目
一緒にいてあげる
しおりを挟む夏休みに入って間もなく、ライブコンサートが開幕した。稽古やリハを重ねてきたパフォーマンスを、ここぞとばかりに披露する。
東京の会場も、大阪の会場も満員御礼。全公演、大盛況だ。観客のほとんどがイノギフと同世代の中高生だった。
響く音楽と歓声。ペンライトで輝く客席。舞い上がる紙吹雪に、まぶしいスポットライト。
純には、刺激が強すぎた。リハーサルのときからすでに苦しかった。
音、光、感情がすべて純に突き刺さる。観客の多さに、下手すれば酔いそうになる。それに加え、絶対にミスしてはいけないというプレッシャーで押しつぶされそうだ。
そんな中、純は笑顔を貼り付け、緊張を隠し、着実に楽曲をこなしていった。致命的な大きいミスをすることもない。初めてのライブコンサートにしては頑張ったほうだ。
楽曲やパフォーマンスの中盤に、MCが挟まれる。この場では笑いも起き、アイドルとして十分なトーク内容だった。
「ほんとうにびっくりした」
「急だったもんね~」
純はこの時間が一番苦手だ。この環境の中、ミスなくダンスを踊ることに精いっぱいで、トークに頭を使う余裕はない。トークに盛り上がる脇で、ただただニコニコとしている。
「……で、純はどうだったの? アイドルとしてデビューするってきいたとき」
空のフリで、メンバーが一斉に顔を向ける。とてつもない圧だ。
純の予想どおり、客席からはなんの期待も感じない。ほほ笑んで、短く答える。
「うん、すごいびっくりした」
「それだけ?」
「それだけ。社長から説明されたけど、アイドルについてよくわかってなかった」
「なんだよ、それ。でもね。この一年で彼は成長しまくってますからねー」
純の話題は適当に流れていく。少しの会話だけで、疲労がずっしりとたまっていた。
他のメンバーがしゃべっているうちに、純は観客を見渡す。チカチカと光るペンライトと一緒に、うちわを持っているファンが多い。
目を凝らしてみると、千晶の名前や写真を張ったうちわが圧倒的に多かった。他のメンバーのものもちらほらと見える。
当然、純のものはなかった。期待もしていなかった。
「……改めて、こんなにたくさんのかたが来てくださって、本当に嬉しいです!」
千晶の言葉に、観客の黄色い声が響き渡る。誰も、純には気持ちが向いていない。キレイな笑顔で手を振るメンバーと、純は違う。
――虚しい。ここに、居場所はない。
それでも純はグループの一人として、最後までパフォーマンスに徹していた。
†
予定されていた公演がすべて無事に終わり、ライブコンサートは幕を下ろした。舞台の裏側に回ったイノセンスギフトは、スタッフとともに成功を喜びあう。
「お疲れさまでしたー!」
「みんな、よくがんばったね!」
みんな、の中に自分はいない。
純は集まっているメンバーやスタッフを素通りして、控室へ真っ先に向かう。
部屋に置いてあったペットボトルの水を、コップに入れた。
そこまではうまくできた。
喉が渇いているはずなのに、口をつけてもなぜか飲み込めない。コップを持つ手は震えていた。
緊張の糸が切れ、呼吸が乱れる。体の節々が痛む。もう誰とも話す余裕がないくらい、頭の回転が鈍くなっていた。目立たないよう控室の隅に座りこみ、水をちびちびと飲む。
「あれ? 星乃は?」
ドアの向こうから、スタッフたちの声が聞こえる。
「なんか一人でどっか行ったみたいっすね」
「え~また~? ほんと協調性ないよね」
「ってか、すごいっすね。俺、今までいなかったことにも気づかなかったっすよ」
スタッフたちのとがった声と、小ばかにする笑い声が純の耳に突き刺さる。
「あの態度じゃ、マネージャーが殴る気持ちもわかるっすよね」
「ばかばか。それは言っちゃダメなやつ」
「でもダンスも歌も才能ないくせに、態度だけはいっちょ前じゃないすか?」
「二世だからって調子乗ってんだよ。才能ないんだから大人しくはいはい言ってろって感じ」
純の体はまったく動かなかった。つくづく、自分はこの仕事に向いていないのだと、痛感する。
去年、月子の舞台を見に行ったときのことが、頭の中で鮮明によみがえってきた。月子はその存在だけで、その才能を使って、人々を感動に導いていた。
純には、そんな才能はない。月子のように華々しく影響を与えるような、そんな存在にはなれない。
純の目から、涙が一粒、流れ落ちた。
控室のドアが開く。入ってきたのは歩夢だ。ライブ終わりの衣装のまま、かわいらしい顔でため息をつく。
「あ」
部屋の隅にしゃがんでいた純に気づいた。純は水の入ったコップを持ったまま膝を抱き、顔を伏せている。
「どうしたの? 純くん」
「……その声は竜胆くんか」
低く、小さい声だった。
歩夢はゆっくりと近づいていく。純の体は、小さく震えていた。
「大丈夫?」
「大丈夫。だから今は、放っておいて」
歩夢は眉尻を下げ、隣にしゃがむ。純を見すえ、その頭に手を置いた。純の体がひときわ震える。
歩夢はほほ笑み、セットされた硬い髪をなでた。
「疲れたよね。ライブ、がんばったもんね」
中学生にしては幼く、優しい声だった。
「ぼくたち、かっこよかったよね!」
純は返事をしない。歩夢は手を引っ込め、そのまま純を見すえた。
お互いに話さず、静かな時間が流れていく。対して廊下からの声は騒がしかった。
「行ったほうが、いいんじゃない?」
純の声に、歩夢はあっけらかんと笑う。
「僕はトイレに行くって言ってあるから。……しばらくは、純くんと一緒にいてあげる」
「……いいよ、別に」
純はゆっくりと立ち上がる。歩夢に見向きもせず、コップの水を飲み干し、机に置いた。
自身の荷物の前で、静かに着替え始めた。
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