星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

音楽バラエティ「うた×バラ」 2

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 純はわかっていた。先ほどの若木は、若木なりに緊張を和らげようとしていたのだと。結果的にプレッシャーを与えてしまったわけだが、若木は若木で新人に気を遣っている。

 純がそれを、熊沢やメンバーに伝えようとはしなかった。伝えたところで聞き入れてくれるとは思えない。親を出されて嫌みを言われるだけだ。

 周りを見れば、メンバーはあらためて台本を読みなおし、気持ちを落ち着かせるよう深呼吸をしている。純はテーブルのはしにあるイスに座り、自分たちが呼ばれるのをじっと待ち始めた。

 先行きに暗雲が立ち込める中、収録の時間が迫っていた。



          †



 メンバーの緊張が高まる中、収録が始まった。

 スタジオ中央にあるシンプルなひな壇。年上組は上、年下組は下という具合に座る。

 MCの二人は、ゲストの両脇にある司会席に座っていた。ひな壇下の端、若木に一番近い場所に座るのは、純だ。

 若木がいつもの調子で声を張り上げる。

「さあ、今回のゲストはイノセンスギフトでーす」

 スタッフに拍手される中、全員で頭を下げる。大物芸人が続いて声を発した。

「みんな若いねぇ。まだ中高生だっけ。若木は同じ事務所だけど絡みないの?」

「ないね!」

「えぇ?」

「おれ後輩のめんどうとか見ないタイプだもん。俺がさ、優しくて頼りがいのある先輩に見える? みぃんな恵兄さんのほういっちゃうんだから……」

 スタジオが笑いに包まれた。若木が試すような目で純を見る。

 純は普通の高校生らしくほほ笑んでいた。その姿がカメラで抜かれている。

 VTRでグループが紹介されたあと、最年長の飛鳥たちから順に話を振られていく。自己紹介を兼ねたアピールの場だ。

「へえ、じゃあきみがリーダー?」

「いや……」

「まあ、確かにきみじゃぁ頼りなさそうだもんね」

「はは……」

 緊張もあってか、メンバーはうまく立ち回れない。

「俺、街で若木さん見かけて声かけたことあるんですよ~」

「ふうん、ぜんっぜんおぼえてない」

 バラエティに慣れているメンバーのコメントでも、若木に刺さっていない。それは本人たちもわかっているようだ。

 とはいえ、大きなミスはない。ゲスト側のコメントにおもしろみがなくても、MCの腕によって盛り上がる。

 去年デビューした中高生アイドルにしては及第点だ。芸人ではないのだから笑いを取る必要もない。

「じゃあ、次!」

「はい! 坂口千晶、十四歳です。よろしくお願いします」

 ついに、純の隣に座る千晶の番が来た。若木がいじり始める。

「なんか、めちゃくちゃキレイな顔してんな」

「あ、ありがとうございます」

 千晶は緊張しながらも、仕事用の完璧な笑みを浮かべている。

 この瞬間に視聴率はかなり上がるだろうな、と純は予想を立てていた。

「最近よく見るよね。ドラマに結構出てるだろ?」

「そうですね」

「今、妹と一緒にドラマやってんじゃん? 他局で」

「あ……はい」

 千晶の顔が、わかりやすく引きつった。それに気づいたのか気づいていないのか、若木はもう一人のMCに告げる。

「この坂口の妹、あの子ですよ。あの~……あの子、え~と、渡辺月子! 名字違うけど」

「まじで! エスペランサ?」

 エスペランサとは、月子が去年演じ、一躍有名になった舞台の役名だ。

「そうそう! 歌めっちゃうまいあの子の、兄貴なんすよ」

「ああそうなんだ? 美人兄妹って感じだよね~。きみも歌得意なの?」

「そう……ですね」

 千晶は愛想のいい笑みを浮かべて、うなずくことしかできていなかった。

「そういや料理得意なんだって?」

 若木が資料を見ながら尋ねる。瞬間、千晶の顔が輝いた。

「はい!」

「何つくんの?」

「最近はスペイン料理にはまってて、アヒージョとかパエリアとか」

「ふうん。洒落てんね」

 若木からは、それだけだった。芸人MCが盛り上げる。

「すごいじゃん! 中学生でそんなのつくれんの? エスペランサにも食べさせてるわけだ?」

「そうですね。よく作って食べさせてます」

 芸人MCが盛り上げている中、若木はすでに興味を失い、次の資料に目を移している。

 千晶のアピールは純の目から見て悪くない。ファンも喜ぶような情報だ。ただ、これでは若木の興味は引けない。

 良くも悪くも回答がアイドルすぎたのだ。さまざまなゲストを見て来た若木にとって、この程度では生ぬるい。

「じゃあ最後!」

 そうこうしているうちに、純の番だ。

「はい。星乃純です。十五歳です。よろしくおねがいします」

 落ち着いて言い切った純を、若木はニマニマと見つめている。他のメンバーよりも、期待されていた。

「久しぶり。最後に会ったの小学生くらいだったっけ?」

「……いえ、もう中学生になってました」

「だよな? 恵兄さん、元気?」

 その一言で場がワッと盛り上がる。純も答えに戸惑うようにしながらも、笑っていた。

 若木が芸人のMCに顔を向ける。

「こいつ星乃恵の息子っす」

「俺が一番嫌いなやつじゃん!」

「こいつもひどいんすよ! さっき楽屋にあいさつしに来たとき、『あ、純だ』と思って話しかけようとしたら、なんか『あなたとは初対面です』みたいな顔して……」

 純は手を振って否定する。

「いや、あれはみんな一緒だったから……」

「何度も会ったことあるのにすっげえショックだったんだけど!」

 さらに現場は盛り上がった。芸人MCが前のめりになる。

「ってことはさぁ、きみのお母さん、美浜妃ちゃんってことだろ?」

「そうですね」

「だよね! きみ、どっちかっていうと妃ちゃん似だもんね」

「あ、よく言われます」

「うわ~……二人の子どもがもう高校生なのか~」

 アイドルらしく笑っておとなしくしている純に、若木が視線を向けている。ちらりと視線を向けると、一瞬で考えていることが伝わってきた。

 ――おまえはこんなもんじゃないだろ、と。

 メンバーの実力に合わせようとしている純にとってはプレッシャーだ。

 芸人MCのトークが続いている。

「妃ちゃんはね、俺の青春だったんだよ~! もともとアイドルグループのメンバーで、ソロで何枚もCD出してたの知ってる? あれ全部持ってんの」

 芸人MCが美浜みはまきさきの大ファンであることはよく知られている。星乃恵がゲストで来る際にも、自分がいかにファンだったか語り、いじりたおすくらいだ。

「妃ちゃん、いじめられてないかな~、あんな男に。俺はいまだに、妃ちゃんがあいつと結婚したこと受け入れられてないんだから!」

 散々いじりたおしたあと、決まって、恵が言い返すのだ。

「もう何年パパの奥さんやってると思ってるの? 諦めて」

 爆笑が巻き起こる。芸人MCは顔を伏せ、若木は手を叩きながら笑っていた。

「星乃親子には勝てないねぇ!」

 笑いが落ち着いてきた若木は、一転、真剣な表情を純に向けた。

「パパによろしく伝えておいてよ。若木さんめっちゃかっこよかったって。センスもあるしカリスマ性もあって天才だったって言っといて」

 スタッフたちの失笑に合わせて純も笑う。

「なに笑ってんだよ! おまえ、父親が強いからって俺のこと下に見てんな?」

 爆発的な笑いが続く。純は手を振りながら必死に否定する。

「いや、下に見てない~」

「下に見てないです! だろ!」

 芸人のMCが若木を指さして笑った。

「おまえも星乃親子に負けてんじゃねえか。だっせぇな」

 現場は盛り上がりながら、少し遅れつつも収録が進んでいく。

「……じゃあ最後に、告知があるんだっけ? 夏にライブするのかな?」

 最後の最後、夏に行われるライブの宣伝だ。しかし誰も口を開こうとしない。

 純が千晶を見ると、緊張しているのか、それとも単純に忘れているのか、固まっている。カンペに書いてある文章を読むのは千晶の仕事だ。

 これではラチが明かない。千晶の太ももを軽くたたいた。

「あ……」

「ねえ、今の見た?」

 若木が興奮した声を出す。

「純がさ、坂口の足、パアンってたたいたの見た?」

「いや、そんな強くたたいてないですよ」

「おまえすげえよ。多分坂口が告知を忘れてたんだよ。それをさ、目立たないようにパンってたたいてさ。そんときの純の顔がさ、めっちゃ怖かったんだよ。こんな……こんな顔してて」

 若木が一切感情のない表情をしてみせ、あたりは笑いが沸き起こる。

「いやいや、そんな怖い顔してなかったですから」

「おまえ、いいよ! おれ、おまえのことやっぱ好きだわ」

「それ喜んでいいんですか?」

 笑いに包まれながら、千晶が告知を終え、無事に撮影が終了した。

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