62 / 99
二年目
イノセンスギフトの「Fresh gift radio」 1
しおりを挟むラジオの放送局に来た純は一人、控室に通された。打ち合わせの時間にはまだ早い。
学校の課題を進めながら、月子とメッセージアプリで連絡を取った。初めてのラジオ収録だと伝えたら、返信がすぐに来る。
『じゃあ緊張してる?』
『もちろん。未知の世界だもん』
今年から、イノセンスギフトの年下組によるラジオ番組が始まった。
八人いるグループの中で、上の年齢にいる四人がCool gift、下の年齢にいる四人がFresh gift。純は年下組のFresh giftだ。
ラジオは週替わりに二人ずつMCを務めることになっていた。この日の収録で、はじめて純が出演する。もう一人のМCである和田爽太と、彼を連れてくるはずの熊沢はまだ来ていない。
『そう気構えなくても大丈夫。ラジオのほうが気楽にできるって人、結構多いよ。純ちゃんもそうなんじゃない?』
『どうだろう? 和田くんがほとんどしゃべって終わりじゃないかな』
一向に、二人がくるようすはない。スマホと壁掛け時計の時間を確認する。
刻一刻と、打ち合わせの時間が迫っていた。学校の課題を片付けて、スタッフが来るのを待つ。
スマホでメッセージアプリのトーク画面を開いた。相手は熊沢だ。なんと文字を打とうか考えていると、ノックの音が聞こえた。
返事をするとラジオ番組のプロデューサーが顔を見せる。番組制作の責任者で、タレントとの打ち合わせも担当していた。
純はすぐに立ち上がり、頭を下げる。
「おはようございます、星乃純です」
プロデューサーは中のようすに、怪訝な表情を浮かべていた。
「えっと……一人だけですか?」
テーブルに置いていた、純のスマホが震える。画面には、熊沢からのメッセージが表示されていた。読んだ純は、プロデューサーに頭を下げる。
「すみません! 二人とも、打ち合わせの時間には間に合わないみたいで……」
「えぇ?」
プロデューサーはこれ見よがしにため息をついた。イノセンスギフトの印象が悪くなったのは言わずもがなだ。
「しょうがない。先に星乃くんだけでも打ち合わせ進めておきましょう」
「本当にもうしわけありません」
ぺこぺこと頭を下げる純に、プロデューサーはもういいよと苦笑する。
「……あのマネージャーさんにも困ったもんだよね」
純はあえて、聞こえていないふりをした。
二人でテーブルをはさみ、進行表を見ながら打ち合わせを進めていく。純は進行表にペンで書き込みながら、話に相づちを打っていた。
「大体の流れはわかります?」
「ああ、はい。まだ不安なところも多いですけど」
「真面目だなぁ、星乃くんは。最初は緊張するかもしれないけど、表どおりにちゃんと進めていけば大丈夫ですから」
爽太とマネージャーが遅刻しているという点をのぞけば、打ち合わせは和気あいあいとしていた。
「お父さんのラジオって聞いたことあります? あの人ってラジオもおもしろいじゃないですか?」
「はい」
「星乃くんにはプレッシャーなんでしょうけど、最初からあそこを目指そうだなんて考えなくてもいいですから。がちがちにならず、気楽にいきましょう。きみ、すっごい真面目みたいだし」
「はい。お気遣いありがとうございます」
ふと、プロデューサーは腕時計を確認する。
「まだ来ないみたいですね?」
「すみません……」
「ああ、いやいや大丈夫ですよ。星乃くんが謝ることじゃないので」
不快な感情を隠しながら、純相手にあっけらかんと笑っている。大人だな、と純は感心しつつ、申し訳なさでいっぱいだった。
「あの……ラジオブースの中を見てもいいですか? 収録の前に少し確認しておきたくて」
「ああ、初めてですもんね。いいですよ、行きましょう」
純はプロデューサーにつれられて、ラジオブースに足を踏み入れる。副操作室では、すでに他のスタッフたちが待機していた。
二人が遅刻していることをすでに把握しているらしい。不穏な空気をひしひしと感じ取る。
純は心の中で謝罪しながら、ブースでプロデューサーの説明に耳を傾けていた。
「このレバーがマイクのオンオフになってます。タイミングは進行表にもかいてあると思うんですけど、曲が流れるときは基本的に切っておいて……」
純は真剣な表情で、相づちを打つ。ひととおり話を終えたプロデューサーは腕時計を見て、副操作室に顔を向けた。
副操作室のピリピリとした空気。収録開始の時間が迫っている。
「……すみません……ほんとうに」
「いやいや。星乃くんが悪いんじゃないですから。とりあえず、もう座って準備しててくれますか?」
「はい……」
純は言われたとおり、席に座る。進行表で流れを確認する中、副操作室のほうから流れてくる不快気な感情が、肌を刺してきた。
不安、焦燥、不信。とにかくいい空気ではない。
爽太不在でリハーサルを終え、しかたなく収録を始めようと、純がヘッドフォンを装着したときだった。
副操作室のほうが一段と騒がしくなる。爽太とマネージャーがようやく入ってきたのだ。二人とも顔面蒼白で、憔悴しきった表情を浮かべている。
「申し訳、ありませんでした!」
あの熊沢が、プロデューサーやスタッフに深々と頭を下げている。隣にいた爽太も、同じように頭を下げた。
爽太は純と同い年の高校一年生。同じ年下組というだけで、あまり接点はない。名前のとおり爽やかで、品のいい顔立ちをしている。近所で人気者の優しそうなお兄さん、といった印象だ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる