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二年目
するな。しろ。しなくていい。 1
しおりを挟む撮影に使うセットが変更されていくようすを、純はじっと見つめていた。清潔感のある真っ白な衣装に身を包んで。
この日は撮影スタジオで、新曲のミュージックビデオを撮っていた。場面の変更に伴い、スタッフが機材や背景を設置しなおしている。
そのあいだ、メンバーは壁際にひかえ、会話したりヘアセットを直してもらったりと、思い思いに過ごしていた。
純は目立たないようメンバーとは離れた場所にたたずみ、口元に握りこぶしを当てる。頭の中は、月子のことでいっぱいだ。
月子が出ているメディアはおおむね把握し、時間が許す限りチェックしている。活躍を見る限り、仕事はちゃんとこなせているようだ。
ドラマや番組の感想を送ると、時間がかかっても必ず返事をしてくれた。とはいえ、純の中でくすぶる不安はぬぐえない。
純がメッセージを通してできることは限られている。直接会って話さない限り、月子の状態を完全に把握することはできなかった。
純はため息をつきながら、メンバーを見渡す。要が一人、振付師とフリを確認している。それに混ぜてもらおうと、一歩踏み出した。
「純くん」
呼ぶ声に顔を向けると、最年長の飛鳥と沢辺伊織が近づいてきた。飛鳥は穏やかに笑う。
「ダンスのフリ、ちゃんと覚えてる? よかったら一緒に確認しない?」
「あ……えっと」
飛鳥は社長室でのことがずっと気になっていたのだろう。純を気にかけ、なんとかグループになじませようとしている。
純は、向かおうとしていた要のほうをちらりと見た。
最年長の二人が教えてくれるというなら、もう一人増えてもいいはずだ。メンバー同士の関係性を築くいい機会でもある。
「じゃあ……ひか」
「だから言っただろ、飛鳥。星乃くん、俺たちと一緒にはいたくないみたいだけど?」
伊織のこれ見よがしなため息には、不快感がにじんでいた。
凛々しい顔つきに、口からのぞく八重歯。つり上がっている目つきから、純への嫌悪が伝わってくる。
飛鳥が静かに言い返した。
「純くんはそんなこと言ってないだろ」
「どう考えてもそういう態度だろ。なあ?」
伊織の鋭い視線が、ずっと純に突き刺さっている。もともと目つきが悪いのもあって、怖い印象に拍車をかけていた。
「ず~っとそういう態度だよな、おまえ。一番後輩のくせして、メンバーと関わろうとはしないみたいだし? 自分が一番特別だとでも思ってんの?」
高圧的な声だった。
「この一年おまえがやってきたことなんて、先輩やスタッフに気を遣わせるようなことだけだろ? もっと自分が気を遣わないと。芸歴が一番下なら、自分から先輩たちのために動くべきなんじゃねえの?」
「……すみません」
言っていることが正しいだけに、何も言い返せない
伊織が放つ感情が、重くのしかかってくる。向けられる感情のすべてを、吸収してしまう。
「何度もそうやって謝ってるけど、謝ってるだけだろ? 謝れば許されるとでも思ってんの?」
「伊織……」
飛鳥が静かにたしなめるも、伊織はやめようとしない。
「ちゃんと反省して行動で示してくれないと、こっちも困るわけ。ずっとそんな態度でいられたらグループの評価が下がるじゃん」
純の心に、ひときわ強く突き刺さる。グループの評価を上げるために入った純にとって、その言葉はダメージが大きい。
鼓動が早くなり、呼吸が苦しくなる。唇と指先が震えてきた。
「芸能界って学校とか普通の社会とは全然違うんだからさ。遊びで来られても困るんだけど?」
純は目を伏せ、腹部の前で手を組む。伊織の威圧的な目と自身の目を、合わせられない。
「それどこ見てんの? 俺の話聞いてる? 人がしゃべってんだから相手の顔見るべきだろ」
「あ……」
謝ろうと口を開くが、さっき言われたことが枷となって、言葉が出てこない。
「飛鳥が話しかけたときも、なに考えてるかわかんない顔でぼ~っとしてさ。もっとハキハキ声出して行動すれば? ずっと上の空で集中できないんじゃ、そりゃあ身につくもんも身につかないよね?」
伊織の声は辺りに響き、スタジオ内に不穏な空気が広がっていく。メンバーはもちろん、技術スタッフまで、二人に何事かと注目していた。
「せっかくこっちは、歌もダンスもできない新人を受け入れてやってるのに、なに? 二世のお坊ちゃんは俺たちと一緒にされたくないってわけ?」
「伊織! もうやめろ! 言いすぎだ!」
飛鳥が肩に手を置いて止めようとするも、伊織は鼻を鳴らした。
「よかったね~、飛鳥が優しくて。みんながみんな優しいとは限らない世界だから。事務所入っていきなりデビューできた新人には、わからないだろうけど」
純は委縮していた。この環境のすべてに。
「なんか言えよ? そうやって黙ってたら逃げられるとでも思ってる?」
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