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二年目
モチベーション 1
しおりを挟む下校した純はそのまま事務所に向かう。稽古場にはいつも一番乗りだった。
ダンスウェアに着替えた純はこの日もそのつもりで、稽古場の扉を開ける。
予想に反し、すでに人がいた。要が一人で練習している。華奢な体で自然に体を動かす姿は、純の動きとは全然違っていた。
鏡の中で目が合うと、要の動きは止まる。
「おはようございます」
にこやかにあいさつする純に、要は返さなかった。鏡の前に立っていた要は、壁際へと向かう。
純は気にすることなく鏡の前に移動し、練習を始めた。ダンスの振り付けをはじめから確認していると、要のほうから声をかけてくる。
「いや……いやいやいや、ちょっと……。そこ間違えてるから」
純は振り向いた。
「え? どこですか?」
「さっきの。『みらい、みらい、これからずっと』の部分。……こうだから」
要は歌いながら踊って見せた。先ほど純が踊っていたものとは全然違う。すかさず純はマネをして、体に覚えさせていった。
「よかったね。そのまま稽古してたらまたどやされるところだったよ」
「はい! ありがとうございます!」
純は邪気のないキラキラした笑みを浮かべた。その姿に、要が前髪を耳にかけ、ぎこちなく声を出す。
「その……こないだはごめん」
要は謝罪しつつも、純から目をそらしていた。
「よくよく考えてみたら、あんなことした気持ちがわからなくもないし……。やり方がどうであれ、かばってくれたんだろ。たぶん。俺とマネがモメないように」
「なんのことですか?」
ほほ笑む純に、要は眉をひそめる。不快気にため息をついた。
「俺さ、おまえのそういうところがダメなんだよね」
少しだけ語気が強くなっているものの、嫌な感情は流れてこない。
「おまえがそんなだから、みんな調子にのるし、熊沢に付け込まれるんだろ」
「でも怒られるようなことをしてた俺も悪いですから」
純はにこやかに返す。要は再びため息をついて、冷静な口調で返した。
「……あのさ。その感じ、なんなの? 悪気がないのはわかるんだけどさ」
首をかしげる純に、要は言葉を選ぶように続ける。
「あー、俺もうまく説明できないんだけどさ。その……ずっと演技してるみたいな。ずっと部屋に閉じこもってる、みたいな? いいこちゃんぶって本心隠そうとしてる感じ」
「そう見えますか?」
純は悩まし気に眉尻を下げた。その姿もまた、要にとっては疑わしい。
「正直言ってさ……おまえ、俺たちの誰にも心を開いてないだろ」
否定はしない。純は困惑しながら、顔を伏せる。
「アイドルを辞めるつもりがないし、そのための努力をちゃんとしてるのはわかってるよ。でもさ、その割には俺たち全員と一線引いてる気がするんだよな」
「そんなこと……」
「おまえがそう思わなくても俺はそう思うわけ。別に熊沢の肩持つわけじゃないけど、あいつが言うのも一理あるっていうか」
要は怒っているわけではない。が、ここで話をそらそうとするのも逆効果だ。
反論もなく、じっとして聞いていた。
「みんなさ、おまえがちょくちょく楽屋から出ていくのを見てるし単独行動も多いから、俺はみんなとは違うって行動で言われてるような気分になるんだよ」
何と答えようか考え込む純を、要が指をさす。
「ほら、それ、そういうとこ、常に俺たちに対して正解探してるみたいな感じ。誰のことも信用してないし、誰の力も借りませんって感じがするんだよ。そのスカした感じが鼻につくんだよな」
「す、すみません……」
それ以外になにも言えなかった。否定しようが言い訳しようがこじれるだけだ。
意外にも、グループの中で一番、客観的に物事を見れるのが要だ。見た目以上に賢く、自身の立ち位置を瞬時に理解して行動できる。
だからこそ、必要以上に手を出されたり、踏み込まれるのを嫌っていた。要にとって手助けは邪魔でしかない。
相手の思考を読み取って先を視る純とは、相性が悪い。
「はー……なんからしくないこと言ってんな、俺。いつもはこんなんじゃないのに」
「すみません。今後は不快にさせないように、気を付けます」
「いやだから……」
要はそれ以上声に出さず、ため息をつく。
「まあいいや。おまえだけに原因があるわけじゃないだろうから」
二人きりだからか、要はいつもより話をしてくれている。
要のことを知るには今がチャンスだ。純は頭を回転させ、先日目にした経歴書の内容を思い出す。
「あの、氷川くんは、大学受験って考えてますか?」
「……なんで?」
「もし、大学に行くってなったら、今以上に大変だなって思って」
要の眉がぴくりと反応した。
「……星乃は、大学に行くつもりなの?」
「うーん、どうでしょう? まだ何も考えてなくて」
「星乃の学力で行かないってあり得ないだろ。……俺は、行くつもりだよ」
純はほほ笑んで要を見すえる。なんとなくそんな気はしていた。
「今のご時世、大学には行っとかないとね。……どうせおれは、イノセンスギフトの仕事も少ないし」
投げやりな口調だ。要はイノセンスギフトに将来性を見いだしていない。今の状況で、見いだすことはできない。
「もしかしたら辞める、かもしれないし」
現実的で論理的な要のことだ。そのような決断をいつかしてもおかしくない。
返事をせず見つめる純に、要は手を振る。
「あ、まだ辞めるつもりないよ、まだね。少なくとも大学に行って、卒業するまでは。それまでにアイドルとしてやれるって思えなかったら、辞めようかと思ってる」
自嘲気味に鼻を鳴らし、続けた。
「しょせん、俺たちなんて、ただの残りものの寄せ集めだろ? 社長が目をつけたからデビューできただけ。俺には、千晶の顔みたいに、優れてるものなんてないし」
荒んだ感情が、ひしひしと伝わってくる。
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