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二年目
意欲と義務 2
しおりを挟む「ほんとうはマネージャーから伝えてもらうはずだったんだけど、今千晶の仕事についてもらってるから。わたしから直接、ね」
「ありがとうございます! がんばります!」
喜ぶ飛鳥を横目に、純は口元にこぶしを当てながら考え込む。それに気づいた社長が口を開いた。
「飛鳥は演技の経験もあるから大丈夫よ。そうでしょう?」
純は視線を社長に移し、穏やかにうなずいた。
「……そうですね」
パソコンの画面に視線を戻す。
経歴書を見る限り、確かに谷本飛鳥は幼少期から演技の仕事をこなしている。とはいえ、不良や問題児といった役の経験はない。
飛鳥に向かってほほ笑み、優しい声を出す。
「おめでとうございます、谷本君。頑張ってくださいね」
「ありがとう」
今の飛鳥の顔にはさまざまな感情があらわれている。仕事が決まったという喜びと、不良の役といった戸惑い。自分でいいのかという疑問に、自分にできるのかという不安。
事務所としては、経験のある俳優業に幅を持たせたいのだ。やったことのない役をさせることで、実力を伸ばそうとも思っている。
たとえ純が、この役で評価されている飛鳥の未来が見えなかったとしても、わざわざ口に出すのは野暮というものだ。
「……ところで」
社長の声が穏やかに響く。
「純ちゃんはグループでどんな感じなのかしら」
「え?」
飛鳥の顔がひきつった。それに気づきながらも社長は続ける。
「わたしのスカウトだから気になってるの。ちゃんとうまくやっていけてるのかなって」
「えっと……それが……」
「今のところ、誰が純ちゃんと一番仲がいいのかしら? 同い年の爽太? それともセンターの千晶? ああ、社交的な空とも仲がよさそうね」
飛鳥は何と答えようか迷っている。当たりさわりなく言うこともできず、事実を言うこともできない。
本人がいる前でわざわざ聞かなくてもいいだろうに、と純は助け舟を出すことにした。
「俺は歴も浅いですし、知らないことのほうが多いので、迷惑かけてばかりですよ。仲良くなるなんてとてもとても……」
眉尻を下げてほほ笑む。
「わかってて聞いたんでしょ? 社長がそんなに意地悪だなんて思いませんでした。谷本くんが答えにくい質問をしないでください」
社長は息をつきながら、背をもたれた。
「そうは言ってもねぇ。心配なのよ」
試すような視線を純に向け、笑う。
「スタッフの、純ちゃんに対する苦情が多いの。あの会議以降ね」
「それを俺の前で言うんですか?」
「私があなたを傷つけたいから言ってるんじゃないってことは、わかってるでしょ? 私が彼らの言うことを信じてないってこともね」
もちろんだ。純はほほ笑んでうなずく。
「なんというか、純ちゃんの人間性への批判が強くてね。ダンスと歌が下手なのはまあ、しょうがないことだと思うの。でも協調性がないとか態度が悪いとか礼儀がなってないとか、そういうのは」
「それは違います!」
飛鳥が声を上げた。真剣な表情で社長をまっすぐ見据える。
その姿に、純は感心していた。主張のなさそうな飛鳥でも、ちゃんと反論できるのだと。
「純くんはすごく頑張ってます。入所したてに比べると明らかにダンスも向上しました。カメラの前での振る舞いは、下手したら俺たちよりうまいかもしれません」
飛鳥は眉尻を下げながら笑い、純を見た。
「こんなこと他のメンバーの前で言ったら怒られるかもしれませんけど」
飛鳥の言葉にウソはないようだ。純への同情が少し滲んでいる。
「純くんは事務所に入っていきなりデビューしたわけですし、わからないことが多いだけだと思うんです。少なくとも、俺は星乃くんに協調性や礼儀がないとは思っていません」
「そうなの? じゃあ、スタッフが誇張して言ってるってこと?」
「それは、俺のほうからはなんとも……」
純は小さくため息をつき、真剣な顔を社長に向けた。
「グループの足手まといにならないよう頑張ってるつもりですが、まだまだのようです。スタッフのみなさんには迷惑をかけてばかりで、ほんとうに申し訳ないと思ってます。もっと、頑張ります」
「違うよ! 純くん」
飛鳥は顔をしかめ、感情的な声を出す。
「純くんは悪くない、絶対に。ほんとうは俺たちがいろいろ教えなきゃいけないんだ。でも、俺たちもスタッフも余裕がなくて見てあげられないだけ」
純は飛鳥を見すえ、ほほ笑む。純にしては固く、ぎこちない笑みだった。
「なにかあったら気軽に声かけてね。嫌なことがあったら相談して。みんな、純くんと一緒にアイドル続けたいって思ってるから」
笑みを浮かべるだけで、返事をすることはしなかった。
飛鳥の話と純の態度で、ただならぬ関係性を感じ取ったのだろう。社長は空気を変えるよう、柔らかい声を出した。
「そういえば、純ちゃん。月子のものは用意しなくてよかったの?」
「え?」
変化した話題に、純は目をぱちくりとさせる。
「だって、あなたこないだ、月子のこと言ってたじゃない。お友達なんでしょ? 知っておきたくないの?」
ようは、メンバーの履歴書だけではなく、月子の履歴書も見ておきたくはないのか? ということだ。
「ああ、そうですね。でも、別に必要ないので」
純はパソコンの画面に視線を移す。今度は社長が、目を見開く番だった。月子に対する純の態度と、イノセンスギフトに対する態度が違うのは言うまでもない。
ここまで来るとさすがに社長は気づいた。今のイノセンスギフトの状況では、純の能力発揮にかなりのハンデがあるのだ、ということを。
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