星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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二年目

忠告と要請 2

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 熊沢からの視線が痛かった。社長や重役、他の職員もいるこの場で、余計なことは言ってほしくないはずだ。

 純は中に入り、扉を閉める。

「……アイドル一年目のぺーぺーの意見など、参考にしようがないと思いますが」

「構わないわ。聞かせてちょうだい」

 熊沢は、出世欲が強い男だ。
 アイドルグループやタレントを出世の道具くらいにしか思っていない。タレントを売れさせれば売れさせるほどいいと考えている。他の部署に異動したとしても根本的な欲は変わらない。

 純は和やかな笑みを浮かべ、口を開いた。

「イノギフのマネージャーさんのことは、よくわかりません」

 熊沢の眉が、ピクリと動く。

「俺、アイドルとしてできないことが多くて、覚えることも多いので……。マネージャーさんの評価とかその、正直、よくわからなくて。……すみません」

 純の言葉に、ウソはない。とはいえ、熊沢のためになるようなことも、イノギフのためになるようなことも、意見するつもりはさらさらなかった。

「ですから、マネージャーさんのことについては、社長や社員の皆さんにお任せします」

 重役の社員やその他のマネージャーは、やれやれと肩をすくめた。しょせんは子どもの意見だと薄く笑っている。熊沢も例外ではない。しかし社長だけは神妙な顔で純を見ていた。

 正直、純は今、熊沢のことなどどうでもいいのだ。真剣な顔で、声を張る。

「そんなことよりも、今俺が気になっているのは、渡辺月子ちゃんのほうです」

 平山の目が見開き、社長は眉をひそめる。

「さきほど平山さんにもお伝えしましたけど、社長の耳にもお入れしたほうがいいと思いまして」

 社長は困惑している平山をちらりと見て、先を促した。

「……そう。月子が、どうしたの?」 

「月子ちゃんは今、とても不安定です。およそ半年から一年のあいだで、月子ちゃんは仕事ができない状態になります」

 会議室は静まり返る。高校生のアイドルごときが何を言っているのかと、社員たちはあきれていた。

 平山は戸惑う表情を浮かべるばかりだ。対して、社長は穏やかに笑っていた。

「平山よりも純ちゃんのほうが月子のマネージャーみたいねぇ。……で、仕事ができない状態って、どういう状態なの? もっと具体的に言ってくれないとわからないわ」

 社長は指輪だらけの手で頬づえをつく。

「具体的に言うことは可能ですが、俺は、月子ちゃんを辱めるようなことを言いたくないんです。……どうか、察していただければ」

 しんとしたままの会議室で、純の真剣な声は続く。

「今からでも十分間に合います。周囲のスタッフの行動で改善に向かうはずです。平山さんもすでに対策を立てているようですし」

「ふうん?」

 社長は意味深な目つきで平山を見る。

「それで……できれば、俺も対応しようと思ってるんです。イノセンスギフトの仕事を俺が抜けても支障は出ないでしょうから」

 社長は今度、熊沢をチラリと見る。

「少なくとも半年は、月子ちゃんのメンタルを立て直すために協力しようかと。月子ちゃんは、俺の、友達ですから」

「それは……困るわ。すっごい困る」

 純に視線を移した社長は、両ひじをつき、口元で手を組む。

「月子のことはよぉくわかったわ。私たちで何とかするからあなたはイノギフに集中してちょうだい」

「でも……。いえ、そうですか。わかりました」

 反論したところで社長が承諾することはない。

 素直に従った純を、社長は神妙な顔で見すえる。

「で、イノギフの状態はどうなの? あなたの目から見て」

 純は目を伏せ、しばらく考え込む。ウソをついたところでしょうがない。

 眉尻を下げつつ、正直に答えた。

「申し訳ありません。マネージャーさんの件と同じで、まだ、よく、わからないんです」

「どうして? 月子よりメンバーのほうが一緒にいる時間長いんじゃないの?」

「一緒にいても、意外と話す機会は少ないんですよ。学校も違いますし、ダンスや仕事に集中してますから……」

 社長はため息をつく。

 同時に見えた少しの失望。

「申し訳ありません。なにぶん、七人いるグループですから……。なにか進展があれば、こちらから連絡しても構いませんか?」

 高校生にしては丁寧な物言いに、社長は優しい笑みを浮かべた。

「もちろんよ。いつでも連絡してちょうだい。純ちゃんなら大歓迎よ。この場では言いにくいことも、あるでしょうし?」

 意味深に口角を上げる社長に、純もほほ笑んで返事をした。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、近いうちにまた連絡させていただきます。これで失礼いたします。お邪魔しました」

 純は姿勢を正し、深々と頭を下げる。部屋を出る一瞬、不快気ににらむ熊沢と目が合った。

 純はにこりともせず、冷ややかな目で見返すだけだ。それに対して熊沢がどう思おうと、今はどうでもいい。

 純が会議室を出たあと、社長の声が静かに響く。

「平山が名前呼びで、熊沢が肩書呼び、か。……信頼されてるからか、小ばかにされてるからか、どっちがどっちなのかしらね」

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