53 / 99
二年目
忠告と要請 2
しおりを挟む熊沢からの視線が痛かった。社長や重役、他の職員もいるこの場で、余計なことは言ってほしくないはずだ。
純は中に入り、扉を閉める。
「……アイドル一年目のぺーぺーの意見など、参考にしようがないと思いますが」
「構わないわ。聞かせてちょうだい」
熊沢は、出世欲が強い男だ。
アイドルグループやタレントを出世の道具くらいにしか思っていない。タレントを売れさせれば売れさせるほどいいと考えている。他の部署に異動したとしても根本的な欲は変わらない。
純は和やかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「イノギフのマネージャーさんのことは、よくわかりません」
熊沢の眉が、ピクリと動く。
「俺、アイドルとしてできないことが多くて、覚えることも多いので……。マネージャーさんの評価とかその、正直、よくわからなくて。……すみません」
純の言葉に、ウソはない。とはいえ、熊沢のためになるようなことも、イノギフのためになるようなことも、意見するつもりはさらさらなかった。
「ですから、マネージャーさんのことについては、社長や社員の皆さんにお任せします」
重役の社員やその他のマネージャーは、やれやれと肩をすくめた。しょせんは子どもの意見だと薄く笑っている。熊沢も例外ではない。しかし社長だけは神妙な顔で純を見ていた。
正直、純は今、熊沢のことなどどうでもいいのだ。真剣な顔で、声を張る。
「そんなことよりも、今俺が気になっているのは、渡辺月子ちゃんのほうです」
平山の目が見開き、社長は眉をひそめる。
「さきほど平山さんにもお伝えしましたけど、社長の耳にもお入れしたほうがいいと思いまして」
社長は困惑している平山をちらりと見て、先を促した。
「……そう。月子が、どうしたの?」
「月子ちゃんは今、とても不安定です。およそ半年から一年のあいだで、月子ちゃんは仕事ができない状態になります」
会議室は静まり返る。高校生のアイドルごときが何を言っているのかと、社員たちはあきれていた。
平山は戸惑う表情を浮かべるばかりだ。対して、社長は穏やかに笑っていた。
「平山よりも純ちゃんのほうが月子のマネージャーみたいねぇ。……で、仕事ができない状態って、どういう状態なの? もっと具体的に言ってくれないとわからないわ」
社長は指輪だらけの手で頬づえをつく。
「具体的に言うことは可能ですが、俺は、月子ちゃんを辱めるようなことを言いたくないんです。……どうか、察していただければ」
しんとしたままの会議室で、純の真剣な声は続く。
「今からでも十分間に合います。周囲のスタッフの行動で改善に向かうはずです。平山さんもすでに対策を立てているようですし」
「ふうん?」
社長は意味深な目つきで平山を見る。
「それで……できれば、俺も対応しようと思ってるんです。イノセンスギフトの仕事を俺が抜けても支障は出ないでしょうから」
社長は今度、熊沢をチラリと見る。
「少なくとも半年は、月子ちゃんのメンタルを立て直すために協力しようかと。月子ちゃんは、俺の、友達ですから」
「それは……困るわ。すっごい困る」
純に視線を移した社長は、両ひじをつき、口元で手を組む。
「月子のことはよぉくわかったわ。私たちで何とかするからあなたはイノギフに集中してちょうだい」
「でも……。いえ、そうですか。わかりました」
反論したところで社長が承諾することはない。
素直に従った純を、社長は神妙な顔で見すえる。
「で、イノギフの状態はどうなの? あなたの目から見て」
純は目を伏せ、しばらく考え込む。ウソをついたところでしょうがない。
眉尻を下げつつ、正直に答えた。
「申し訳ありません。マネージャーさんの件と同じで、まだ、よく、わからないんです」
「どうして? 月子よりメンバーのほうが一緒にいる時間長いんじゃないの?」
「一緒にいても、意外と話す機会は少ないんですよ。学校も違いますし、ダンスや仕事に集中してますから……」
社長はため息をつく。
同時に見えた少しの失望。
「申し訳ありません。なにぶん、七人いるグループですから……。なにか進展があれば、こちらから連絡しても構いませんか?」
高校生にしては丁寧な物言いに、社長は優しい笑みを浮かべた。
「もちろんよ。いつでも連絡してちょうだい。純ちゃんなら大歓迎よ。この場では言いにくいことも、あるでしょうし?」
意味深に口角を上げる社長に、純もほほ笑んで返事をした。
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、近いうちにまた連絡させていただきます。これで失礼いたします。お邪魔しました」
純は姿勢を正し、深々と頭を下げる。部屋を出る一瞬、不快気ににらむ熊沢と目が合った。
純はにこりともせず、冷ややかな目で見返すだけだ。それに対して熊沢がどう思おうと、今はどうでもいい。
純が会議室を出たあと、社長の声が静かに響く。
「平山が名前呼びで、熊沢が肩書呼び、か。……信頼されてるからか、小ばかにされてるからか、どっちがどっちなのかしらね」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる