50 / 99
二年目
純の居場所
しおりを挟む純が通う輝優館高等学校は、偏差値七十越えの超難関私立高校だ。
生徒の高い学力を求める一方で、学校行事に関する規定や校則はないようなものだった。
遅刻や欠席、早退に寛容で、純の芸能活動による授業時間の短縮も認められている。しかしそれはタレントコースの高校とは違い、あくまでも学力が備わっていれば、の話だ。
「はい、これ。ありがとう」
制服に身を包んだ純は、廊下でクラスメイトの男子にノートを差し出す。もう片方の手で、同じようなノートを何冊も抱えていた。
「どういたしまして。返すの大変そうだな。手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。自分で返したいんだ」
純はじゃあ、とその場を離れ、自分のクラスに入る。教室の隅で、分厚い参考書を読むメガネ男子に、ノートを渡した。
「勉強中ごめんね。これ、ありがとう」
声をかけられて驚いているメガネ男子に、純はにっこりと笑う。メガネ男子はノートを受け取るとぎこちなく声を出した。
「ご、ごめん。お、おれ、自分にわかるようにまとめてるから、見にくかったよな」
「全然! すごく細かくてわかりやすかった。俺、理系の授業苦手だから助かったよ」
メガネ男子は嬉しそうに笑うものの、目を合わせようとはしない。律も無理に合わせようとはしなかった。
「わ、わからないところがあったら、教えてあげるよ。あ、あげるっていうのはよくないよな、でもその」
「ほんとう? ありがとう! 化学でわからないところがあったらききにいくね! じゃあ、他の人にも返さなきゃいけないから」
純は自分の席に向かうまで、借りたノートを返して回る。同時に、さまざまな生徒から声をかけられた。
「純くん! 今日あたしのノート貸してあげる! 机にいれとくから!」
「星乃、今日の体育俺とペア組もうぜ」
「今日の化学、白衣使うって。持ってきた?」
純は笑顔で丁寧に対応していた。
平均より高い身長に、異質な赤髪。芸能界では目立たない純も、一般の世界ではひときわ違う雰囲気を放つ。
輝優館では髪形や制服の規定が比較的ゆるく、指導が入ることもない。校内を歩けば、必ず好奇の視線を向けられる。
自分の席につくと、また、当然のように声をかけられた。
「おはよう、星乃」
声をかけてきた男子生徒は、長髪を後ろにまとめている。いかにも優等生といった雰囲気で、物腰が柔らかい。
「おはよう。どうしたの?」
「いや、調子はどうかなと思って。学校の勉強ちゃんとできてる?」
「うん! みんなのおかげでなんとかなってるよ」
「それはよかった」
純についてクラスで話し合いが行われたのは、入学してすぐのころだった。
どのように協力しあえば、学びを共有することができるのか。担任と生徒たちで積極的に意見が出された。ここではだれもが平等で、誰も純の立場に不満を持つことはない。
話し合いの結果、純は、ホームルームの不参加、特例の欠席、特別課題とテストによる評価の調整が認められた。
連絡事項はクラスメイトがメッセージアプリに流し、欠席した日の授業のノートを教科ごとに交代で貸す。おかげで、純は難なく学校生活になじめていた。
「星乃は人当たりがいいし、もともと誰とでも仲良くなれるタイプみたいだから、心配いらなかったね」
純は苦笑しながら返す。
「そんなことないよ。集団生活も得意なほうじゃないし」
「え? そうは見えないけど? いろんな人と話せてるじゃん」
「みんなとかかわる時間が少ないぶん、たくさん話しかけるようにしてるから、そう見えるのかも」
「そう思ってちゃんとできてるのがすごいんだよ。それって簡単にできることじゃないだろ?」
優しい言葉に、純はぎこちなくはにかんだ。
「ただでさえみんなに迷惑かけてるし、俺がみんなにできることなんて何もないから。優しくしてくれたぶん、優しさで返したいだけ。せめて俺の言動で、嫌な思いはさせたくないから」
「だから、そういうとこだよね。そういう星乃だからこそ、俺たちも協力しようって気持ちになるんだよ」
イノセンスギフトとは違って、ここには純の居場所がちゃんと用意されている。
なにより、純を小ばかにする人はいない。純のできないことを、責め立てるような人もいない。怒鳴る人もいなければ、冷たい視線を向ける人もいなかった。
「星乃はすごいよ。……仕事もやって、学校にも通って、成績も維持してる。俺だったらどっちかを手ぇ抜いちゃうもん」
「全然すごくないよ。アイドルっていっても大した知名度はないから……」
「そうかな? みんなに気配りできて、どんな相手とも仲良く話せるって、アイドルとしてかなり大事な部分じゃない? 星乃のこと、見てくれてる人は絶対いると思うけど?」
くすぐったくなるくらいの誉め言葉だ。純は素直に受け取れないでいた。
「おれなんて全然……」
「まあ、俺たちみたいな一般人にはわからないような世界だから、きっといろいろあるよね。でも星乃はもっと、自信もっていいと思うよ」
純は返事をせず、眉尻を下げながらほほ笑んだ。
「あ、そうだ。……星乃とめっちゃ語りたいことがあったんだ」
「なに?」
「新しく始まるドラマの渡辺月子について」
真面目に言い放つクラスメイトに、純は目をぱちくりとさせた。真剣な声で月子の名を出すことがなんだかおかしくて、吹き出しながらうなずく。
「いいよ、聞く聞く」
クラスメイトは前の席に横向きで座り、純の机によりかかる。
周囲を気にしながら、真剣に討論するかのような表情で声を潜めた。
「あのさ、あれ、どうなってんの? あの衣装はないだろ!」
「ゴスロリの衣装?」
「そう! 絶対月子がゴスロリで曲出した影響でしかないだろ! それで注目させようみたいな製作陣の魂胆が見え透いてんだよな!」
「いや、あれはそもそも原作があって、月子ちゃんのキャラがそもそもゴスロリで」
「わかってる! わかってるよ! でもさ、ゴスロリで選ばなくてもいいじゃん。演技力だけで言ったらさ、月子に向いてる役他にもあったじゃん。もっと仕事選べるだろ、月子なら」
「あはは。ガチ勢だねぇ」
純は柔らかく笑いながら、うんうんと聞いていく。
「星乃はさ、渡辺月子と会ったことないの?」
「……あるよ」
「へえ、どうなの? やさしい?」
「みんながイメージしてるとおりの人。真面目で、軸があって、ブレない人。どちらかというと物静かなイメージだね」
学校での純は、アイドルでいるときよりも笑顔で過ごせている。純の周りにいる生徒からは、悪い感情を一切感じない。
自分で選んだ高校は、非常に居心地のいい場所だった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる