41 / 99
一年目
ついにそのときがやってきて 1
しおりを挟むこの日、純が到着したころから事務所全体が騒がしかった。行きかうスタッフの表情は硬く、不穏な空気をにじませている。
ついに起こったかと、純は悟った。当然、なにが起きたのか、純は知っている。
それでも何食わぬ顔で、バスが待つ裏口へと向かっていった。
「聞いた? プラネットの茂木さんが捕まったんだってよ」
「ああ、だから事務所のようすちょっとおかしかったんだ……」
イノセンスギフトの耳にそのニュースが届いたのは、スタジオの控室で撮影準備をしているときだった。
スタッフやメンバー同士のひそひそ声が、ヘアセット中の純の耳に届く。
「大麻やってたんだって」
歩夢の声だ。千晶の声が続く。
「ヤバいでしょ。あんなに売れてる人たちなのに。どうなんの?」
さまざまな感情をのせた、さまざまな人物の声が、控室に満ちていく。
「今年の活動全部取り消しだって」
「たしかライブ近かったんじゃなかったっけ」
「大丈夫かな」
「まさかあの茂木さんがやってたなんてね……」
「そんなようすなかったのに……」
「こないだも音楽番組の収録出てたよね? あれもカットだよね?」
純は話し声に反応することなく、鏡を向いたままだ。髪形が変わっていくようすをじっと見つめていた。
ヘアセットが終わると、メイクスタッフは純から離れ、別のスタッフと例の話に加わる。
茂木が大麻所持で捕まったというニュースは、誰もが口にしなければ気が済まないほどの、大事件だった。
気の毒だが、純が気付いた時点ではもうどうしようもない状態だった。今後は、他のメンバーがどうにか対応して、グループで芸能活動を続けていくことだろう。
――あのグループなら、大丈夫。誠実で、勇敢で、心根の優しい人たちだから。――
ふと、純は鏡に映る自分の姿に目を向ける。
セットされた赤髪がどうも跳ねすぎて不自然なように見えた。鏡を見ながら、固くなっている毛束をつまむ。
「なに自分の顔じろじろ見てんだ、ナルシスト気取りか?」
鏡の中で、純の隣に立つ熊沢と目が合った。とりあえず顔を向け、謝っておく。
この時点で、嫌な予感しかしなかった。熊沢は暑苦しい顔で、嫌みったらしい笑みを浮かべている。
「そういえば、おまえの父ちゃん、プラネットと仲が良かったよな」
控室の中は静まり返った。純の心臓が、激しく脈をうち始める。
熊沢が今からなにを言うのか嫌でもわかる。頭の中でやめてくれと悲鳴をあげる。
「おまえの父ちゃんもやってんじゃないの?」
「やってません」
自分でもびっくりするほどの、冷めた声だった。
「憶測でモノ言うのやめたほうがいいですよ」
純にしては攻撃的な口調だ。熊沢はさらに意地悪く口角を上げた。
「珍しく反論してくんじゃねえか。ってことはやってるな?」
「やってないって言ってますよね? なんで決めつけるんですか? どうせ本人に確認する勇気もないんでしょ?」
不快気に見つめ返す純にイラ立ったようで、熊沢はこれ見よがしに声を張る。
「たとえやってなかったとしても、プラネットの茂木が薬やってたことは知ってたんじゃねえか? そのうえで放置してたのかも」
純は眉を寄せ、熊沢をにらみつける。
――違う! 放置するよう言ったのは俺! パパは、なんとかしてあげたがってたのに! ――
そんな余計なことを熊沢に言ったところで、変に茶化されるだけだ。
「やっぱその反応はやってんなぁ」
熊沢は下卑た笑みで純を見下す。
「だって、誰も気づかないような影が薄い茂木をおまえが一番に気付いたんだもんな。それくらい仲がいいってことは知ってたとしてもおかしくねえだろ。で、どうなんだ? おまえの父ちゃんもやってるんじゃないのか?」
「してません!」
「やっぱりグループの中で浮いてるやつって何かあるんだよな。空気読めないくせに足だけは引っ張るお荷物だったんだよ、茂木も、おまえの父ちゃんも」
「だからやってませんってば!」
純の否定は、熊沢の威圧的な声にさえぎられる。
「それにおまえの父ちゃん、元ヤンだもんなぁ。社長も扱いにてこずったって聞くしよ。星乃恵の身なりじゃ薬やっててもなんもおかしくねえよな」
純はカウンターをたたき、立ち上がった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる