上 下
37 / 99
一年目

ほんの少しでもよくなるように

しおりを挟む



 エレベーターは混んでいるタイミングのようで、到着にしばらく時間がかかりそうだ。純は一階に向けて階段を降りていく。

 足音をリズムよく響かせながら、先ほどの面談について考え込んだ。

 社長は純の能力を全面的に信頼している。能力をいかすためなら、ある程度の頼み事は聞いてくれるはずだ。

 とはいえ、何かをしてもらうためには、こちらからも何かを貢献しなければならない。なにもできていない状態で、これ以上社長に借りを作ることは避けたかった。

 途中のフロアに足を付けたとたん、見知った顔と鉢合わせる。

「お、純! 」

 派手な柄シャツ姿の角田が、豪快な笑みを浮かべて純の肩をたたいた。

「あ……角田さん?」

 顔をこわばらせた純に、角田は眉尻を下げる。

「ああ、わりいわりい。そんなに強くしたつもりはなかったんだけどな。で? なにしてたんだ?」

「あ、えっと……高校に合格したのを社長に報告したところです」

「まじで! おめでとう! ちょっと待ってろ」

 ズボンのポケットから財布を取り出し、万札を数枚取り出す。それを三つ折りにして純の制服の胸ポケットに入れた。

「いや、だめですよ、もらえませんから!」

 返そうとして胸ポケットにやった手を、角田はたたく。

「だああああ、いいっていいって。お祝いなんだから」

「……すみません。ありがとうございます」

「そうやって素直にお礼いっときゃいいんだよ。ほんとは恵さんに渡すのが一番いいんだろうけど、なんか最近会えなくてさ」

「ああ……そう、ですか……」

 角田の言葉も、笑顔も、全身から漂うオーラも、ウソは一つもない。いつだって彼は明るく、あっけらかんとしている。

「少ない額でごめんな。んじゃ、いくわ」

 角田は純の肩を優しくたたき、階段を数歩のぼっていく。

「あの、角田さん」

「ん? なに?」

 立ち止まって振り返る角田に、純の声はひっこんだ。感情と理性が、純の中でせめぎあう。

 言ったところでどうにもならない。だからといってこのまま見過ごすのか。父親に影響が出ても困る。しかし、今彼とむきあっているのは自分だ。この場で父親は関係ないはずだ。

「純?どうした?」

 このまま無視を決め込んで、本当に後悔しないのか。

 純は角田を見すえ、胸ポケットに手を当てる。万札が数枚入っている中身を指先で感じ取った。

 ――してもらった優しさは、ちゃんと返さないと。

「あの!」

 角田を見すえ、はっきりと告げる。

「きっと近いうちに 大変なことが起こります」

 角田は腕を組み、困惑した顔で見返していた。

「まずはみなさんでしっかりと、話し合ってください。やってしまったことを、取り消すことはできないから。皆さんなら、きっと見捨てることはしないでしょうから」

 純にできるのは、助言をすることだけ。彼らの未来が、少しでも報われるのなら伝える価値はある。今は、気がふれたと思われても構わない。

「話し合ったあとは、今後のことをちゃんとまとめて、しっかりとファンに伝えてあげてください。これからも音楽活動ができるかは、わからないけど……」

 角田はずっと、頭にハテナを浮かべた顔で話を聞いていた。それでも純を茶化すことはしない。

「……うん。わかったよ。じゃあな」

 人懐っこい笑みを浮かべながら手を振り、階段をのぼっていく。

 今は、信じなくてもいい。のちに、嫌でも純の言葉を思い出すことになるのだから。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。

夜兎ましろ
青春
 高校入学から約半年が経ったある日。  俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。 (2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。 女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。 彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。 高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。 「一人で走るのは寂しいな」 「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」 孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。 そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。 陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。 待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。 彼女達にもまた『駆ける理由』がある。 想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。 陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。 それなのに何故! どうして! 陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか! というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。 嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。 ということで、書き始めました。 陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。 表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

これからの僕の非日常な生活

喜望の岬
青春
何の変哲もない高校2年生、佐野佑(たすく)。 そんな彼の平凡な生活に終止符を打つかのような出来事が起きる……!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...