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一年目
ほんの少しでもよくなるように
しおりを挟むエレベーターは混んでいるタイミングのようで、到着にしばらく時間がかかりそうだ。純は一階に向けて階段を降りていく。
足音をリズムよく響かせながら、先ほどの面談について考え込んだ。
社長は純の能力を全面的に信頼している。能力をいかすためなら、ある程度の頼み事は聞いてくれるはずだ。
とはいえ、何かをしてもらうためには、こちらからも何かを貢献しなければならない。なにもできていない状態で、これ以上社長に借りを作ることは避けたかった。
途中のフロアに足を付けたとたん、見知った顔と鉢合わせる。
「お、純! 」
派手な柄シャツ姿の角田が、豪快な笑みを浮かべて純の肩をたたいた。
「あ……角田さん?」
顔をこわばらせた純に、角田は眉尻を下げる。
「ああ、わりいわりい。そんなに強くしたつもりはなかったんだけどな。で? なにしてたんだ?」
「あ、えっと……高校に合格したのを社長に報告したところです」
「まじで! おめでとう! ちょっと待ってろ」
ズボンのポケットから財布を取り出し、万札を数枚取り出す。それを三つ折りにして純の制服の胸ポケットに入れた。
「いや、だめですよ、もらえませんから!」
返そうとして胸ポケットにやった手を、角田はたたく。
「だああああ、いいっていいって。お祝いなんだから」
「……すみません。ありがとうございます」
「そうやって素直にお礼いっときゃいいんだよ。ほんとは恵さんに渡すのが一番いいんだろうけど、なんか最近会えなくてさ」
「ああ……そう、ですか……」
角田の言葉も、笑顔も、全身から漂うオーラも、ウソは一つもない。いつだって彼は明るく、あっけらかんとしている。
「少ない額でごめんな。んじゃ、いくわ」
角田は純の肩を優しくたたき、階段を数歩のぼっていく。
「あの、角田さん」
「ん? なに?」
立ち止まって振り返る角田に、純の声はひっこんだ。感情と理性が、純の中でせめぎあう。
言ったところでどうにもならない。だからといってこのまま見過ごすのか。父親に影響が出ても困る。しかし、今彼とむきあっているのは自分だ。この場で父親は関係ないはずだ。
「純?どうした?」
このまま無視を決め込んで、本当に後悔しないのか。
純は角田を見すえ、胸ポケットに手を当てる。万札が数枚入っている中身を指先で感じ取った。
――してもらった優しさは、ちゃんと返さないと。
「あの!」
角田を見すえ、はっきりと告げる。
「きっと近いうちに 大変なことが起こります」
角田は腕を組み、困惑した顔で見返していた。
「まずはみなさんでしっかりと、話し合ってください。やってしまったことを、取り消すことはできないから。皆さんなら、きっと見捨てることはしないでしょうから」
純にできるのは、助言をすることだけ。彼らの未来が、少しでも報われるのなら伝える価値はある。今は、気がふれたと思われても構わない。
「話し合ったあとは、今後のことをちゃんとまとめて、しっかりとファンに伝えてあげてください。これからも音楽活動ができるかは、わからないけど……」
角田はずっと、頭にハテナを浮かべた顔で話を聞いていた。それでも純を茶化すことはしない。
「……うん。わかったよ。じゃあな」
人懐っこい笑みを浮かべながら手を振り、階段をのぼっていく。
今は、信じなくてもいい。のちに、嫌でも純の言葉を思い出すことになるのだから。
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