星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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一年目

傷つけば傷つくほど

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 平日の昼間、純は制服姿で事務所のエントランスを横切る。

 ちょうどひらいていたエレベーターに駆け込み、行先のボタンを押した。

「そこは更衣室がある場所じゃないぞ」

 先に乗っていた熊沢が冷ややかに伝える。純はボタンの階数をチラリと見て、返事をした。

「はい。知ってます」

 扉が閉まり、エレベーターは上にのぼっていく。

「いいねえ、コネがあるやつはやっぱ違うわ」

 純が押した階には、社長室があった。社員もタレントも、その階で降りることはめったにない。

「おまえに社長室へ行く用ができるのか?」

 口調は落ち着いているが、純への侮蔑はいつものとおりだ。純はぎこちなく返す。

「はい。高校に合格していたので、その報告に来るよう言われました」

「ふーん……あ、そう。合格したんだ?」

 熊沢は面白くなさげに純を見据え、意地の悪い声を放つ。

「大丈夫なのか? 偏差値高いし定期テストも厳しいところなんだろ? 両立できそうなのか?」

「その点を、これから話し合うことになるかと」

「チっ……二世ごときが」

 熊沢の全身から黒い感情がにじみ、エレベーターにゆっくりと充満していく。

「親が有名だといいよなぁ。なんでもかんでも優遇してくれるから」

 二人きりで密閉された空間には、逃げ場がない。

 純の腹が痛くなる。心臓の動悸どうきが激しくなる。はやく熊沢の目的階につくよう願いながら、必死に耐えていた。

「勉強できてもアイドルとしての才能もないんじゃあな。会長も社長も、おまえがここまで何もできないとは思ってなかったんじゃねえか?」

 純の反応はない。熊沢が視線を向けると、腹部で手を組み、顔を伏せていた。

「なんとかいえよ! 返事もできないのかおまえは!」

「すみません……」

 ぎこちなく弱弱しい反応に、熊沢は満足げに笑みを浮かべる。

「ダンスを覚えるのが難しいなら、辞めたほうがいいんじゃないのか? アイドルとして当たり前のこともできないんだから、勉強と両立するなんて無理に決まってるだろ」

「……そうですね」

「メンバーみんな、優しくてよかったなぁ? ファンが一人もいないおまえを残したって意味ないのにな。おまえはもっと感謝するべきなんだよ。当然のように戻ってくるんじゃなくてよ」

「……はい。わかってます」

「おまえみたいなろくでなしなんて、普通干されておしまいなんだからな」

 エレベーターの扉が開く。熊沢は気がすんだとばかりに堂々と降りていった。

 純は、やっと解放される。扉が閉まると同時に目を閉じた。激しい胸の動悸どうきは、まだ続いている。手先の感覚がわからなくなるほど、指が震えていた。

 目的の階につくまで、気持ちを落ち着かせるよう、深呼吸を繰り返す。

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