30 / 99
一年目
純の努力、ファンの自由
しおりを挟む純の生活サイクルは、普通の受験生のそれに変わった。
学校のあとは塾に直行。とにかく勉強漬けの日々だ。
イノセンスギフトとして生活していたときとは何もかもが違う。
「うん。星乃くんの実力なら、どこにでも行ける」
デスクに座る女性講師が、模試の採点結果を見て満足げにうなずいた。そばに立つ純は、喜びに満ちた笑みを浮かべる。
「星乃くんはもともと自頭がいいんだろうね。勉強が好きなタチでしょ? 集中力もあるしわからないことも自分で調べられる力があるし」
塾は大手の、個人授業に力を入れているところに決めた。勉強に関してはのみこみが早く、学力はめきめきと上昇していく。基礎と応用を確実に身に着け、偏差値もぐんぐんのびていった。
「今の調子で引き続きがんばろう。あとは、精神的な問題だったり、生活習慣だったり……天候とか体調に気を付けなくちゃね。受験はなにが起こるかわからないんだから」
「ありがとうございます」
講師との話を終えた後、純は塾で解放されている勉強スペースへ向かう。ここでは受験生がそれぞれの席で、静かに勉強していた。
余計なしゃべり声は聞こえず、みな集中している。純も同じように座って道具を広げ、勉強に集中し始めた。一人で机に向かって作業をすることは、純にとって苦ではない。
むしろ居心地がいい。
お互いがお互いを意識することなく、自分の将来のことだけを見すえている。同じ空間にいるのに、それぞれが個室にいるかのようだ。
塾が閉まるギリギリまで勉強を進め、帰路につく。まだ人通りの多い街中を、イヤホンで英語のリスニングを聞きながら歩いた。
家も学校も塾も、怒鳴り声や悪口が向けられることは一切ない。それどころか、成績が上がるにつれて、適切に評価してくれる。
頑張った分認められればモチベーションが上がる。純は、受験勉強の優先が間違いではなかったことを実感していた。
†
帰宅途中、純はコーヒーチェーン店に寄る。ここ最近、カフェラテを飲みながら家に帰るのが日課となっていた。
「いらっしゃいませ~」
いつも同じ女性が注文を取ってくれる。注文すると慣れた手つきでレジを打ち、純と目を合わせてほほ笑んだ。店員も純の顔を覚えているらしい。
純は支払いを済ませ、受取場所で待つ。
だれも、純の存在には気づかない。一人でいることを誰も責めたりしない。嫌な視線も感じない。
事務所にいるときと比べれば、ずいぶんと軽やかな情緒でいられた。
「見て見て~。スマホの壁紙千晶にした~」
声のしたほうを見ると、奥の席で女子高生が二人、きゃっきゃと騒いでいる。
「かっこいいよね~。中二でもう顔ができ上がってんの」
「完璧だよね~。将来有望って感じ」
「ドラマ見た? 」
「見た~。超かっこいい~」
「ね~。イノギフとか、千晶以外は論外だから。なんでソロとして出さなかったんだろ」
女子の甲高い声は、純の耳に強く入り込んでくる。
この流れはまずい。女子高生たちに背を向け、受取口のほうを向いた。それでも、女子特有の高い声は、嫌でも純の耳に届く。
「最近さぁ、イノギフ七人になってない? 八人だったよね? 」
「あー、あいつがいないんでしょ。二世。星乃恵の。あの目細いヤツ」
「あ、それだそれ」
「公式の写真は八人だからただ休んでるだけじゃない? 知らんけど。ってか絶対にあれは親のコネでしょ。ダンス見た? めっちゃひどかったから」
「見た見た。あれでデビューできるとかやばいよね」
「いないほうがいいって絶対。まじで。千晶の足引っ張ってんじゃねえよって感じ」
「メンバーも絶対思ってるよねぇ、コネで入ったお荷物だって」
「むしろあのレベルで一緒にいるとか本人にとっても地獄じゃない? 自分でそう思わないのかな? 」
握りつぶされるかのように心臓は痛み、指先はどうしようもないくらい震えている。おなかの前で指を組み、肩を上下しながら呼吸を整えた。
「お客様? カフェラテのお客様? 」
店員の声でわれに返る。にこやかな店員から、にこやかにカフェラテを受け取って、すみやかに店を出た。
純に関心のない人たちが行きかう外は、居心地がいい。だれにも気づかれない中、堂々と歩いていく。
カフェラテに、口をつけた。
すぐに離し、カップを見る。そこには、「fight!!」の文字。
純の口角が、上がる。
口をつけるたびに、カフェオレの匂いが鼻孔をくすぐった。飲み進めていくうちに、落ち着いてくる。心臓の痛みも、指の震えも、もうおさまっていた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
無敵のイエスマン
春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる