星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

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一年目

まだ耐えられる、大丈夫 1

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 スタジオで撮影を終えたイノセンスギフトは、全員で控室に戻っていた。先頭を歩く熊沢が振り返り、みんなの後ろを追う純に声を放つ。

「おまえだけ浮いてんだよ、星乃!」

「すみません……」

「みんなが笑ってたらおまえも笑う。ポージングも合わせる! なんでおまえ一人だけぎこちないんだよ」

 熊沢が抱く不快感が、純に深く突き刺さる。言っていることは正しいため、素直に聞き入れるしかない。

「おまえがみんなに合わせてもらうんじゃなくて、おまえが合わせろ!」

 純たちの前方から、同じ事務所の先輩が向かってくるのに気づいた。しかし熊沢は相変わらず純に顔を向け、怒声を上げている。

「そうやって空気読めないからおまえは仕事先でミスするんだぞ。対応するこっちの身にもなってくれよ。ほんとおまえはそういう気配りもできないんだもんな」

「すみません……」

 近づいてきた先輩は、イノセンスギフトに圧倒されて立ち止まり、目立たないよう避けて通り過ぎようとする。純の横にまで来たとき、目が合った。

「聞いてんのか星乃!」

 純は先輩と目を合わせたまま、立ち止まる。

「おはようございます、茂木さん」

 メンバーも、熊沢も立ち止まる。誰もが怪訝けげんな表情を浮かべている中、純と同い年のメンバー、和田わだ爽太そうたがみなに伝えた。

「ほら……プラネットの茂木さんだよ」

 われに返ったように、熊沢もメンバーも頭を下げる。

「おはようございます!」

 勢いに押され、茂木は軽く会釈をするだけだ。

 バンドグループ「プラネット」は、明るく陽気なメンバーぞろい。その中でも、キーボードの茂木だけは大人しく、影が薄かった。気づかれないことはしょっちゅうだ。

 茂木は純を見て、口を開く。

「がんばってるんだな、純。

 その言葉は、純に重くのしかかってきた。同時に黒い感情が流れ込み、未来の映像が頭に映し出される。

 ただ茂木を見つめることしかできない純に、茂木は手を上げて立ち去っていった。純も、熊沢たちと一緒に控室へと歩き始める。

 先ほど見えた未来が引っかかる純は、背中を丸め、暗い顔を伏せていた。

「プラネットのメンバーと、仲がいいんだ?」

 いつのまにか隣にいる爽太が尋ねてきた。

 千晶のような派手顔とは違い、品のある穏やかな顔立ちをしている。近所に住む憧れの優しいお兄さん、といった印象だ。

 純は見えた未来をいったん頭のすみに追いやって、笑みを浮かべる。

「あ、うん。子どものころからよくお会いしてて」

「まあ、星乃恵の息子だもんね」

 嫌みな言い方だ。

「じゃあ、顔見知りの先輩はたくさんいるわけだ?」

「そうだね。パパと仲がいい人がたくさんいるから、それなりに」

「ふうん……」

 爽太は前を見すえ、冷たく吐き捨てる。

「やっぱりコネ、か」

 その言葉に、純が反応を返すことはなかった。



          †



「ほんと、おまえは先輩にびを売るのがうまいよな。俺たちにはなにもできないポンコツのくせによ」

 控室に戻ってもなお、熊沢の小言は続いた。純の正面から、こんこんと、圧のある言葉が降り注ぐ。

「勝手な行動してるのはおまえだろ。なのになんで俺たちができないように見られなきゃいけないんだよ。なあ? 俺がなにか間違ったこと言ってるか? ……返事もできないのか、おまえはよ」

「すみません……」

 他のメンバーは、嫌みを言われる純を気にしながら、先に着替えはじめている。熊沢の小言に、純は着替えるタイミングを失った。みんなが先に着替え終えたころ、マネージャーは意地悪く笑う。

「……おい、なんでおまえまだ着替えてねぇんだよ。先輩たち待たせてんじゃねえよ。ほら五秒で支度しろ。ちゃんとみんなで見といてやるからよ」

 結局、マネージャーにいびられながら着替える羽目になった。メンバーは気を使って視線をそらしていたが、マネージャーは着替える間ずっと目を離そうとしない。

「おまえ、腹に肉がついてんだよ、肉が! 体が重いからダンスできないんじゃないか? タレントなら体型管理もしっかりするべきだろ~?」

 男同士、気にすることでもないのだろうが、気分がいいものではなかった。着替え終わっても、熊沢の小言は続く。

「部屋が散らかってるな。おまえが一番下なんだから片付けて来いよ」

 楽屋は椅子が乱雑に開かれ、紙コップやケータリングのお菓子の包装紙が散らかっている。

 純は言われたとおりに椅子を机の中に入れはじめた。その姿を不愛想な表情で見ていた爽太は、一歩近づき、口を開く。

「俺も」

「おまえたちは来い! もう送迎がきてんだから!」

 先に楽屋を出ていく熊沢に、メンバーが続いていく。爽太も、部屋に残される純を気にかけながら出ていった。

 純が机の上のチリを拾っていたとき、ノックの音が響く。返事を待たず、ドアが開いた。

「おいおい、純。おまえ大丈夫なのか?」

「……角田さん?」

 純は目を見開く。そこにはバンドグループ「プラネット」のドラム担当、角田がいた。今日も派手な柄シャツで、遊び人の空気を放っている。

「他の部屋で取材受けててよ。イノセンスギフトがいるって聞いたから、もし休憩もらえたら顔見せに行こうと思ってたんだけど……」

 角田はグループのメンバーが歩いて行った方向に顔を向ける。もうすでにメンバーの姿は見えない。

「おまえめっちゃしごかれてんな、かわいそうに」

 純は集めたごみをごみ箱に捨て、ほほ笑む。

「俺が一番下っ端ですから、しょうがないですよ」

「いや、そうは言ってもよ……」
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