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一年目
気の抜けない記者会見 1
しおりを挟む純がスカウトされてから一カ月弱。
某大手放送局のホールで、イノセンスギフトのデビュー会見がもうすぐ始まろうとしていた。
マイクを持った芸能記者に、一眼レフカメラを調整する雑誌記者、業務用のカメラを抱えるテレビカメラマン、ニュース番組から派遣されたアナウンサー。
無人のステージの周囲を、腕章をつけたたくさんの大人たちが囲んでいる。
会見は、早ければ夜のニュースに取り上げられ、明日の朝のニュースにも流れる予定だ。
アイドルのデビュー会見にここまで取材陣が集まる状況は、事務所の影響力の強さを大いに物語っている。
「たいへんお待たせいたしました」
マイクを通した女性司会者の声が響き渡る。
「ただいまより、フローリアミュージックプロダクションが手掛けたアイドルグループ、イノセンスギフトのデビュー会見を始めます。それではみなさんに出てきてもらいましょう」
盛大な拍手が続いた。
デビュー曲が流れる中、イノセンスギフトがステージ横から登場し、用意されたひな壇に立ち並ぶ。純の位置は下の段の端だ。
白い生地に金色の装飾がついた派手な衣装。プロにスタイリングされたヘアセット。みんな、いつもの倍は輝いている。
司会者が自己紹介をうながし、最年長からはじめていった。全員が自己紹介を終わらせ、最後に声を合わせる。
「僕たち八人がイノセンスギフトです。よろしくお願いします」
笑顔の八人を撮るために、一斉にフラッシュがたかれた。強い刺激に笑顔が崩れないよう、純はぐっと我慢する。
しばらくすると司会に指示され、全員着席した。このあとは質疑応答だ。
「坂口君にいいですか? 」
「もうすでにドラマの主演が決まっていますね……」
「坂口くん、今後の抱負を……」
千晶に対する記者の興奮は尋常ではない。大人たちの視線が、すべて千晶に向いている。
どんな質問にも、千晶は美しい笑みで真摯に答えていた。金色のまぶしいオーラは他のメンバーと格が違う。くぎ付けになるなというほうが無理な話だ。
端で大人しくしている純は、千晶以外のメンバーが笑みを保ちつつ、いたたまれない気持ちでいるのを感じ取っていた。
カメラのフラッシュより、背後やとなりからのしかかる嫉妬、イラ立ちのほうが苦痛だ。
本来であれば純も同じように、うらやましいなり不快感なり、複雑な感情を持つべきなのだろう。しかし純はこのとき、別のことを考えて気を紛らわせていた。
この会見はいつ終わるのだろう、ダンスの自主練の時間はあるか、学校の宿題や受験勉強はどうしようか――。
純が注目されているわけではないため、わざわざ力む必要がない。純一人だけ、明後日の方向を見つめている。
そう。このときの純は、思い切り気が抜けていた。
「ジャパンTV、ニュースアウトの赤元です。星乃くんに質問いいですか?」
「ふえ?」
いきなりの指名に、変な声が出た。記者たちはくすくすと笑いながら、純にカメラと視線を向けなおしている。
純は苦笑しながら、名前を出した記者に目を向けた。
爽やかにスーツで決めているその男性は、朝のニュース番組でよく見かけるアナウンサーだ。
「星乃くんのお父さまはあの星乃恵さんで、お母さまは美浜妃さんだとお聞きしているんですが」
「はい、そうです」
取材陣がざわめきたった。純の両親に関する情報を、事務所はすでに広めていたらしい。
このとき、純は両親のことをすっかり忘れていた。とはいえ聞かれないはずがないのだ。純の両親はテレビを見る人ならだれでも知っている、大物芸能人なのだから。
「今回のデビューに関して、ご両親はどういった反応をされてましたか? 」
「……えっと」
記者たちの顔を見渡す。誰もが、期待と好意に満ちた目を向けていた。
純はキツネ目を細める。少なくともスタッフやメンバーには見せたことのない、穏やかな笑みだ。
息をのむ取材陣。母親のような妖艶さもなく、父親のような快活さもない。しかし二人とは違う、柔らかな魅力を感じさせた。
「両親は、心配してました」
「心配ですか? 」
「特に父が……」
その瞬間、記者たちの目の色が変わった。純は頭をフル回転させ、おちゃめに笑う。
「おまえは俺に似てダンス下手だからやめときなって」
どっと笑いが起こる。カメラマンですら歯を見せていた。
これで正解のようだ。
「確かに、お父さまも苦手にされてますもんね」
星乃恵はダンスが苦手。アイドル時代が黒歴史でネタ扱い。バラエティの罰ゲーム内容にダンスがあがるほどだ。
テレビを見ていれば誰もがわかる情報だった。
いまだに笑っている男性アナウンサーが返す。
「星乃くんのダンスはお父さま譲りってことですか?」
「そうみたいです。よく言われます。おまえは父親のダメなところばっか似たなって」
「いや~、これはダンスを見るのが楽しみですね~」
会見の場は和やかなムードに包まれる。
良い手ごたえだ。記者たちの心はつかんだ。積極的に質問したいと、先ほどよりも手を上げる記者が増える。
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