星乃純は死んで消えたい

冷泉 伽夜

文字の大きさ
上 下
9 / 99
一年目

ここでは無能で出来損ない 1

しおりを挟む



「ほら、自己紹介して」

 稽古場で、純は社長に背中をたたかれた。

 目の前では、デビューが決まる七人と、厳しい顔つきをしているダンスの男性講師が並んでいる。

    歓迎する空気は、一切感じない。戸惑いと不審の感情がただよう中、メンバーの誰とも目を合わせることができなかった。

「星乃、純です。よろしくお願いします」

 純は頭を下げる。それぞれの視線が、頭頂部に突き刺さってきた。向けられるさまざまな感情に、酔いそうになる。

「星乃の息子なの。踊れないから、一から教えてあげて」

 頭を上げて、ダンスの講師をちらりと見る。

 腕を組んでこちらを見るその目から、嫌でも読み取れた。コネを疑い、才能を疑い、純に対する不快感を持ち合わせていることを。

 当然だ。メンバーを増やしたいのなら、ダンスや歌がうまい者をレッスン生から選べばいい。わざわざ、星乃恵の息子をいれる必要は、ない。

「星乃の息子だからっていうのもあるけど、彼は会長直々じきじきのスカウトよ。会長が取ろうとした人材を私が無理やり取ったの」

 社長は手を口元に当てる。宝石のはまる指輪がギラリと光った。

「……どういうことか、わかるわね?」

 社長なりの、下手なことはするなというけん制だ。守る、という約束は突き通してくれるらしい。

「じゃあ、よろしく頼むわね」

 社長は純の肩を優しくたたき、稽古場を出て行った。

 嫌な沈黙が続く中、ダンス講師は後ろを向く。壁際には、イノセンスギフトに携わるスタッフたちが並んでいた。そのうち、軽装の若い女性と目を合わせ、純を顎で指し示す。

 とにかく派手な女性だった。金髪で、色素の薄いカラコンを付けた、きつい顔の美人。数人いるダンス講師の中で、彼女が純の指導に選ばれた。

 近寄られた瞬間、純の肌はピリピリとした刺激を感じ取る。それだけでわかった。彼女は男性講師と同様、純に、良い感情を一つも持っていないということを。

 とはいえ、この人が嫌だとごねるほど、純は子どもではない。アイドルとして、まずはメンバーやスタッフに認められる必要がある。
 できて当たり前のことくらいは、頑張って身につけなければならない。

 能力を貢献するために入った純が、アイドルとして足を引っ張っては元も子もないのだ。

 すでに踊れるメンバーの邪魔にならないよう、純は稽古場の後ろで教わっていく。

「そうじゃない! ここでターン!」

「はい!」

 キビキビとうごく女性講師に、動きが硬い純。

 一つ一つ動きを教わっても、それまでにダンスの経験がない純は、フリをマネするだけで精いっぱいだ。

「はい、そこ間違えた!  違うって、ここは、こう! ……ああ、もう、だからさぁ」

 間違えるたびに、女性特有の高音が耳に刺さる。

「もう一回! 最初から!」

 教わった動きを一人でとおしていく。マネをするのはともかく、一人で最初から踊るとなると動きはガタガタ。

 ダンス講師からすれば初歩的なミスを、何度も繰り返す。

「違うっつってんだろ! ふざけんな! ちゃんとやれよ!」

 ひときわ強い怒鳴り声に、フリの途中で体が固まった。足がもつれ、前のめりに転倒する。

 派手な衝撃音は、練習していたメンバーが動きを止めて振り返るほどだった。

 痛みをこらえながら立ち上がり、女性講師に頭を下げる。

「すみません」

 女性講師は腕を組み、顔をゆがませていた。

「もしかしてわざとやってる? わざとだよねぇ? 社長のスカウトがこんなできないやつなわけないよね? ふざけてんだよね?」

 これ見よがしなため息。

 純の体は震え、顔を上げられない。

「ダンスの才能なさすぎ。父親のダメなとこが似たんだね」

「すみません……」

 講師の体から放たれる空気は、イラ立ちと、失望と、軽視。純に容赦なく突き刺さってくる。

 講師は前方で練習する七人をちらりと見た。七人は練習を再開し、アイドルらしいキラキラしたダンスを、いとも簡単に踊っている。

「わかる? あんたはね、あれくらいまで踊れなきゃいけないの。あんたが素人だから急遽きゅうきょ振り付け変えてんだよ! デビューまでもう時間がないのわかってる? 本気でやれよ!」

   強く突き刺さる高い声。心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が流れる。

「はい……。すみません」

 時間がないのはわかっている。覚えなければならないのはわかっている。

 わかっているのに、何度くり返し練習しても間違える。

「はやく覚えろよ! こんなんじゃ間に合わないんだって!」

 ちゃんと教わったとおりに動かなければ。講師の機嫌をそこなわないようにしなければ。

 そう思えば思うほど、動きはぎこちなくなっていく。覚えていたはずのステップまで、崩れてきた。

「あたしのこともしかしてバカにしてる? とろとろすんなよ!」

 向けられる怒声とため息に、体がどんどん硬くなる。ミスが増える。怒鳴られる。

 最悪の循環だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...