チトセティック・ヒロイズム

makase

文字の大きさ
上 下
20 / 23

19

しおりを挟む
「それで、これなんですけど」

 試練の日の翌日は休日になっていた。それはそうだ。みんなへとへとで、通常授業なんて受けられる体力は残っていなかった。そんな中、あたしは深雪ちゃんの部屋の天蓋付きベッドの上で寝っ転がっていた。深雪ちゃんに自分の耳が変化した様子を見せたかったからだ。赤石くんにも見せるつもりでいたんだけど、休日だってのに先生に呼び出されてなにやら用事があるらしい。赤石くんには後日見せることにして、深雪ちゃんに先行公開することにした。それに、パジャマでベッドの上で友人とごろごろする、ちょっとしたパジャマパーティみたいでちょっと楽しい。

「それで、先生たちの声が聞こえたん?」
「はっきりと、です。これやっぱり鹿じゃないですよね?」
「ううん……鹿も、耳はええとは思うけどなあ。けどそんな耳の形ちゃうよなあ」

 深雪ちゃんは腕を組んで首をひねった。あたしも、こんな動物は思いつかない。といっても世界は広い。あたしたちはこの世界に生きてる全部の動物を把握しているわけでもないし、もしかしたら世界のどこかにこんな特徴をもった動物が居てもおかしくない。

「あたしがなんの動物かって、詳細に分かる方法ってないんですか? というよりそもそも、皆さんはどうやってわかったんですか?」

 深雪ちゃんはもこもこした生地のパジャマの袖口を擦っている。毛玉一つないそれは、特別に仕立てられパジャマだと思う。そして今、あたしが貸してもらっているパジャマも極上の肌触りだ。普段着用している寮に用意してもらったパジャマに不満があるわけじゃないけど、一度これを着てしまったら元に戻れなさそうで怖い。

「方法は二つ。一つは、遺伝子テストで科学的に分析する。だけど、これをやるのは限りなく低い。ここ数十年起きてない」
「なんでですか?」
「完全に能力が開花するのは十二、十三くらいで、それを待たんと分析はできん。けど、それを待たなくても――わかるんや。これはもう、感覚的なもんなんなんやけど、十三歳に近づくにつれて、わかってくるんや。例えばやけど、うちやったら、水中が気持ちええなあ、水の生き物や、魚ではないな――で、ある日、自覚するんや。あたしはイルカやって」

 自覚した時、まるで自分の世界がすんごく広がったみたいに、光がいっぱいに満ち溢れた世界をみたような気分になるんよ、と深雪ちゃんは瞳を輝かせている。

「そうやって能力を自認して、能力を引き出せるようになることを『完全解放』っていうんや。これで、晴れて入学やな。入学までに間に合わんかったら、遺伝子テストを受けて、あなたは何々の動物です、とか宣告してもらうらしいんやけど」

 テラスからの光を柔らかく受け止めた、ベッドを覆う白いレースの天蓋を、心地よく風が揺らしている。

「今、ちとせは『自分は鹿のような何かなのかも』って自認してる程度やろ。やから、完全解放には至ってないんや。もし完全解放したいと思ったなら、手っ取り早いのは遺伝子テストやけど……」
「それをすると、あたしが能力持ちってばれちゃいますね」

 深雪ちゃんはこくりと頷いた。だからあたしは自分がなんなのか、やっぱり誰かに頼ることなく、自分自身で追求しなきゃいけないんだ。自分と向き合い続けながら、それを誰かにばれることなく続けなくちゃいけない。
 異世界のようなこの学院で、あたしは今、とても楽しく過ごしているけど、自分の昔と向き合い続けることをやめちゃいけないんだ。

「ま、そんな辛気臭い顔せんでや! もっと大事なことしたいねん、うち」
「大事なこと?」

 なに? とあたしがごくりと唾を飲み込むと、ふっふっふ、と深雪ちゃんは徐にベッドから立ち上がり、壁に掛けられていた大きな布を取っ払った。

「ちとせの私服バリエーション増やそうの会! とっておきから選んでや!」
 ……憧れのパジャマパーティは、あっという間にお着換えパーティに変化してしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火曜日に更新を予定しています。

【完結】引きこもり魔公爵は、召喚おひとり娘を手放せない!

文野さと@ぷんにゃご
恋愛
身寄りがなく、高卒で苦労しながらヘルパーをしていた美玲(みれい)は、ある日、倉庫の整理をしていたところ、誰かに呼ばれて異世界へ召喚されてしまった。 目が覚めた時に見たものは、絶世の美男、リュストレー。しかし、彼は偏屈、生活能力皆無、人間嫌いの引きこもり。 苦労人ゆえに、現実主義者の美玲は、元王太子のリュストレーに前向きになって、自分を現代日本へ返してもらおうとするが、彼には何か隠し事があるようで・・・。 正反対の二人。微妙に噛み合わない関わりの中から生まれるものは? 全39話。

碧落に君は消えゆく

藤橋峰妙
ファンタジー
 偉大な魔法師の一人と名高い〈白銀〉が、掟破りの魔法師として粛正された。  ――その事件から十二年の時を経て、この物語は、大陸東部に広がる「水の国」から始まる。  山奥の「書庫」で暮らす少年・アズサは、謎の獣に導かれ、奇妙な魔法の氷の中から一人の少女を助けた。  しかし、目覚めた少女・ユキは、その身体を蝕む呪いによって精神を病んでしまっていた。アズサの懸命な看病もあり、ユキは次第に心を開いていくが、呪いを抑える魔法を使ったことで、彼女は全くの別人となり果ててしまう。  それから数ヶ月後、穏やかな暮らしは一変。〈虚の狐〉と呼ばれる存在の襲撃を受け、アズサは自身の大きな秘密を知ることに。   そして、禁止魔法を扱う非道な〈狐〉の手と様々な思惑により、アズサとユキの二人は陰謀の渦巻く魔法の世界へと飛び込んでゆく――。 「僕は君と約束したんだ。君の『しあわせ』を探す約束を」 「あなたが望むなら、わたしはずっと、あなたの味方になる」  二人は世界に何をもたらし、また世界は二人に何をもたらすのか――。 ◇◇◇ *別サイトでも更新しています。公開済みの第二章までは、都度更新していく予定です。

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

僕と精霊〜The last magic〜

一般人
ファンタジー
 ジャン・バーン(17)と相棒の精霊カーバンクルのパンプ。2人の最後の戦いが今始まろうとしている。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...