チトセティック・ヒロイズム

makase

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 やっぱりだった。走ってたどり着いた体育館の上空を見つめると、赤石くんは水晶と対面していた。

「赤石くん」

 あたしは上に向かって叫んだ。あたしが追いかけてきたことがよほど驚いたのか、赤石くんは目を見開いてあたしを見下ろした。

「わかったんです。いえ、確信は持ててないんですけど、おそらく。水晶の取り外し方が。赤石くんと、深雪ちゃんの協力が必要で」
「いや……もう試している余裕はない。無理やり引き剥がせないか、何回でも試行した方がマシだ」
「!」

 聞く耳を持たないで意固地になってる。あたしはもっともっと声を張り上げた。

「新たな打開策を試すより、効果のない解決策を試し続ける方がいいっていうんですか」
「俺一人でいい。一人でなんとかする」
「一人じゃダメなんですよ、三人で一つの班でしょう?」

 あたしが逃げずに、一歩も引かずに赤石くんを睨むと、赤石くんはまたもや、わざとらしく大きなため息をついた。それから、緩やかにこちらに向かって下降する。あたしの前にぴたりと着陸した赤石くんは、あたしをぎろりと睨みつけた。

「協力することが前提じゃない。そもそも、木曽だってこの場にいないじゃないか。お前たち二人も仲違いしたのか?」
「違います。深雪ちゃんは深雪ちゃんで、多分考えてくれてるんだと思います。だからあたしもあたしなりに考えて出した結論を……」
「いい、いらない。話してる時間も勿体無い」

 赤石くんはあたしが詰め寄れば詰め寄るほど、耳を塞いでしまうようだった。こういうの、なんて言うんだっけ? 押してダメなら引いてみろ? じゃあ、ここであたしが一歩引いて、もうちょっと萎らしく訴えかけてみれば、耳を傾けてくれるようになる?
赤石くんはあたしに有無を言わせず、飛び立とうと地面を蹴った。
 あたしは自分でも自分が何をしているのかわからなかった。けど、衝動的にここで止めなくちゃと体が勝手に動いてしまった。

「なっ、おい! 危ない、離れろ!」
「いやです。離しません」
「離れろ! 振り落とすぞ!」
「振り落としてくれて構いません。落っこちても、何度も何度も赤石くんのこと、追いかけますから!」

 気づけば、地面から数センチ浮いた赤石くんの片足に、あたしは縋りついていた。懸命に両腕いっぱいでしっかりと腿を抱きしめる。あたしの足も数センチ浮いてしまっているけれど、そんなことどうでもいい。何が引いてみろ、だ。引いたってどうにもなるわけないんだから。時間だってない。あたしはあたしなりに突っ走るしかないんだ。

「赤石くん、顔色悪いですよ。ずっとあの水晶と格闘してたんじゃないですか」
「だったら悪いか。俺だって俺なりに」
「その努力を否定するつもりはありません。手を組んでるからとか、そういうのじゃないです。もっと単純に、普通に友達として、心配です」

 あたしを見下ろした赤石くんは、グッと唇を噛み締めた。カッと頬に一瞬にして朱が射した。
 なんて言われるのか、わかってるんだから、あたし。
 だからあたしもあらかじめ反論を準備しておいた。

「俺は、俺はお前と友達になんかなったつもりはない!」
「あたしはあります! いえ、まだなってないといえば確かにそうなので、これからなります!」

 ギョッとした赤石くんは、頑なに強く羽ばたいていた翼を、やがて静かな動かし方に変え、そして地上に降り立った。あたしは衝撃でころんと地面に柔らかく転がってしまった。慌てて立ち上がり、制服についた砂埃をはたき落とす。

「話を聞いてほしい。あたしと話してほしいです」

 苦虫を噛み潰したような赤石くんは、俯いて翼を地面につけるくらいに力無く肩を落としていた。

「どうして……そこまで必死になるんだよ。これ、専科の試練だぞ。ぶっちゃければ、お前は試練に受からなかったとしても、追試も補修も、なんの咎めもない」
「ないですね。でも二人は落第するじゃないですか。あたしはそれは嫌です。ただ、一緒に頑張りたいって思うことに、理屈とか要りますか?」

 赤石くんは俯いていた顔をやがてゆっくりとあげた。笑いたいけど笑えないような、眉を下げて困り果てて、諦めのような、困惑と根負けの入り混じった複雑な顔を見たとき、あたしは完全に「勝った」と思った。

「……とんだ、お人よしだな。お前」
「はい」
「で? なにをすればいいんだ?」

 あたしは先ほど起こった出来事と、仮設を掻い摘んで伝えた。赤石くんはあたしの身に起こった出来事にも少し驚いて、さらにあたしの掲げた端末にも酷く驚いたみたいだった。

「赤石くん?」
「……あ、いや。そんな機械だったんだな、それ。たいしたことないもんかと」
「発信機的なものかと思いましたよね」

 さて、とあたしたちは改めて向かい合った。今から向かうところはただひとつ。深雪ちゃんが恐らく頭を冷やしていると思われる、裏庭の池。あたしたちは示し合わせるでもなく、互いに声を掛け合うでもなく、一斉に走り出した。
 なんだか今日は一日中走ってばっかりだ。それでも今日が一番走っていて爽快感がある。体力は限界で、息苦しくて仕方がないはずなのに、ランナーズハイのように胸は高まっていた。
 池のほとりでうなだれて、びしょ濡れになった深雪ちゃんに、あたしは駆け寄った。

「深雪ちゃん! わかりましたよ!」
「へ?」

 なんのこと、と首を傾げた深雪ちゃんだったけれど、赤石くんと目が合って、慌てて目を逸らした。そこには怒りとか苛立ちの感情とかは無くて、持て余しちゃった感情をどうすればいいのか分からないから、意地張って逸らしちゃったみたいだった。
 あたしは間髪入れずに赤石くんの手首を取って、もう一方の手で深雪ちゃんの手首をつかんだ。二人の手と手を無理やり合わせて、握手させる。

「仲直り、ですよね。ふたりとも」

 ね、と念を押すと、二人は渋々手を握り合い、頭を下げた。

「う……ごめん。うち、かっとなりすぎた」
「こっちも……言葉が強かった自覚はある。悪い」

 おずおずと目を合わせた深雪ちゃんと、そんな深雪ちゃんと目を合わせたあと、軽く頭を下げた赤石くん。あたしは、仕切り直しのつもりで大きく掌をぱちっと叩いた。

「はい。これで仲直りということで、時間はないです! 深雪ちゃん、やってみたいことがあるんですけれども!」
「やってみたいこと?」

 あたしは、さっき赤石くんに説明した仮説を、深雪ちゃんに説明し直した。深雪ちゃんはあたしの謎の能力の目覚めにも、先生たちの話し声の内容も、まじめに聞き入ってくれた。

「つまり、今ここで試してみるのが早いんやな。池の底に、赤石と二人で潜って触ってみれば話は早いんやろ」
「そういうことだ」
「んー……結構水深あるけど、あんたいけるん? ミサゴは水には強い思うけど」
「さすがにミサゴでも底までは沈めない。だからいつもの要領で俺は飛び込むから、その勢いのままオマエが底まで俺を引っ張ってくれ」
「わかった」

 言うが早いが、赤石くんはあたしから端末の入ったショルダーバッグを受け取ると、さっと上空高く飛び上がった。深雪ちゃんもざぶんと池に飛び込むと、中央付近までふよふよと漂い、そのまますっと頭を水の中に潜らせた。
 あたしはただの傍観者だ。この仮説が間違っていたとしたら、二人に余計な負担をかけて終わり。情けないことこの上ない。でも、あたしを信じて試してくれるなら、あたしもよく分からない自分の中にある能力を信じてみたい。
 一呼吸おいて、赤石くんはひゅっと勢いよく真下に落下していく。ぐんぐんスピードを上げ、やがてばしゃん、と大きな水しぶきを上げて水中に潜り込んだ。
 あたしはしばらく、大きな波紋が広がり続ける水面をただ眺めていた。じっと、ただじっと、食い入るように水面を眺め続けた。願いと祈りの入り混じった思いを込めて。
 そして水面から波紋が消えて、穏やかな表面を取り戻しそうになった時、水面から二つの頭が勢いよく飛び出した。深雪ちゃんと、深雪ちゃんに抱えられた赤石くんだ。ぐったりとした赤石くんは、能力解放状態ではなく、人の姿に戻っている。たぶん、水中だとそっちのほうが負担が少ないのだろう。

「ちとせ!」

 あたしが声をかけるよりも早く、深雪ちゃんは尾ひれを水面から見せびらかした。
 尾ひれには、深い青色を宿した水晶がしっかりと握りしめられていた。
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