チトセティック・ヒロイズム

makase

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 深雪ちゃんが受け取った用紙を、改めて読んでみることにした。陸水空。やっぱり、地上、水中、空中に何かがあるって検討は間違ってはいないと思う。その後の文言が、少し違和感を感じる。「三人で取得して」だ。三人で協力してね、とも受け取れるけど、だとしたらわざわざこんなこと書くだろうか? だって三人ひと組になる前提でこの課題は作り出されてる分けだし、三人でって言う必要ないんじゃないの。
 ひゅうううと、秋風があたしを揶揄うように吹きさすぶっていく。どれくらい時間が経っただろうか。泥臭く足で稼ぐよりも、この紙からヒントを読み取ろうとうんうん唸りながら考え込んでいたあたしは、突如として足を空中に浮かすこととなった。
 と言うよりあたし背中を掴まれてる!? なにこれ!

「おい……今の今までずっとそこにいたのか」
「赤石くん!?」

 あたしが背中を赤石くんに掴まれていることにようやく気がついたのは、遥かかなた上空に到達してからだった。見上げればピンと両翼を広げたミサゴの翼が青空に生えている。そこで、ん? と疑問が湧いた。今、赤石くんは両腕が羽に変化しているはずなのに、あたしは今どんな状態で持ち上げられてるんだ?

「あ、ああ赤石くん。あの、あたしのことどうやって掴んでますか?」
「は? 足でだけど」
「足!?」

 あ、なるほど。頭の中に猛禽類が獲物を捕獲する映像が浮かび上がった。てことは赤石くんのような鳥類の人たちは、足も鳥の足のように変化するのか。で、あたしは今獲物の要領で持ち上げられてるのか……。

「いいだろなんでも。それよりとにかく、ついてこい」
「待ってください。深雪ちゃんが帰ってきてないんですよ」
「あいつはほっといていいだろ。とにかく行くぞ」
「行くぞって声かけてくれてますけど、あたしに拒否権なんてないですよね!?」

 あたしの反論は絶対聞こえてるのに、まるで聞こえてないふりをして赤石くんはすいすいと空を羽ばたいていく。ふりなんかじゃない。そもそもあたしの意見なんて聞き入れる気なんてこれっぽっちもないのだ。

「ついたぞ。あれだ」

 あたしがもうどうにでもなれ、とやけっぱちになりながら地面を見つめて数分、赤石くんの羽ばたきがぴたりと止まった。

「赤石くんって、翼を羽ばたかせてないのに空中で立ち止まれるんですね」
「ホバリングだ。ミサゴは得意だから」
「へえ~」
「それは今関係ない。早く正面を見ろ」

 強く促されて、はいはいと顔を上げると、そこには空中に浮いたキラキラ輝く水晶があった。磨かれた状態ではなく、原石の状態だ。これってどうやって空中に浮かしてるんだろ?  と疑問が浮かんだ。これもまたハイテクノロジーだ。

「あったじゃないですか。きっとこれですよね。なんで取らなかったんですか」
「……取らなかったんじゃない、取れなかったんだ」
「どういうことですか」

 試しに取ってみろ、と命令されて不服ながらにあたしは手を伸ばした。難なく手で掴める。けど、水晶は空中に縫い付けられたかのように一ミリも動いてくれない。グッと握りしめて腕に力を入れてみても、まるで空中に浮いているとは思えないほど硬く硬くその場に留まっていた。

「俺も引っ張ってみるから、そのまま手に力を入れてろ」
「ぐえっ」

 要は二人がかりなら取れるんじゃないか、と赤石くんはあたしを掴んだまま後ろ向きに羽ばたき、あたしはそのまま頑張って水晶を掴んだままでいたけど、やっぱり水晶は動かない。

「ちょ、ちょちょ待って。あたしが、千切れます!」
「無理か……」
「絶対無理だってわかっててやりましたよね!?」
「そんなことはない」

 ほんとかなあ。疑い深くなるけど、今さらに追求してムードが険悪になっても、良いことはない。

「あっ……だからあの紙の内容なんですね」
「どういうことだ」
「気になってたんですよ。どうして『三人』で取得せよって命令文なのかなぁって。つまりこれ、三人で力を入れないと取れないんじゃないですか」
「……俺たち二人に、木曽が加わったところで、このびくともしない水晶が動かせるのか?」
「それは……うーん。力の問題じゃないのかもしれません。この学院ってハイテクノロジーがわんさかですから。三人で力を込めること自体に意味があるのかもしれません」

 というわけで一旦下ろしてもらえますか、のあたしの提案は無事飲んでもらえて、あたしは地上に足をつけることができた。はあ、と大きくため息を吐く。空中に浮くのってドキドキだ。地に足がつかない飛行体験なんてしたことがないからだろうか、妙に胸がバクバクしている。しばらく収まりそうにないなと、大きく息を吸って、吐いた。

「ちぃとぉせぇー!!」

 遠くから深雪ちゃんが大きな声であたしに向かって呼びかけている。深雪ちゃんは白いプラチナカラーの髪の毛を揺らしながら、全速力でこちらに向かってきた。なんだかデジャブというか、深雪ちゃんがこれからなにを話そうとしているのか、手に取るようにわかる。

「あんな、裏庭にある池の中央、その深くにあったんや。それっぽい水晶が! でもぜんっぜん動かへんねん。あたしが目一杯力入れてもびくともせえへん。そりゃ、うちのの腕力なんてたかが知れてるかもしれんけど」

 身振り手振りでその時の様子を大きなジェスチャーで伝えてくる深雪ちゃんに、あたしは黙って上空を指差した。つられて深雪ちゃんも空を見上げる。あっ、と小さく驚いた声が、あたしが言わんとしていることを察したことを伝えてくれた。
 あたしはそのまま、さっき赤石くんに伝えたことを深雪ちゃんにも伝えた。なるほどなあ、と腕を組む深雪ちゃんと、眉間の皺を深くする赤石くん。そう、解決方法に検討がついたからといって、そこまで単純な話ではないのだ。

「赤石くんはあたしと深雪ちゃん、二人を抱えて飛び立てないと思いますし、深雪ちゃんみたいにあたしたちは水底まで潜水できません」
「力の問題じゃないと仮定するなら、恐らくやけどロープかなんかで括って三人で引っ張ったところで、無意味なんやろな」
「そんな単純なら、試練に苦戦する生徒が多発する訳がない」

 なるほど。これは試練と呼ぶにふさわしい試験内容かも知れない。けど、これはテストなんだ。答えのない試験を出す訳がない。あたしというお荷物を背負ってなお、このチームであればクリアできると踏んでいるのであれば、正しく答えを導き出せる、はず。

「ひとまず、まだ見つかっていない陸の水晶を探していませんか? もしかしたらそれが何かのきっかけになるかも知れません」
「それは、ありやな」
「けどどうする。陸だぞ。『空』と『水』よりも、探す面積が途方もなく多い」

 確かにその通りだ。広いといえど一面を見渡せる空と、学院にある限られた水辺を探せばある程度の時間で見つけることのできる水の水晶。それに比べて陸は、学院の建物の中かも知れないし、グラウンドのような校舎外かも知れない。下手すれば時間内に見つかるかもわからない。

「けど、そんな無謀な置き方をするでしょうか。先生方ってあたしたちに試練に落ちて欲しい、振り落としたいって訳じゃないんですよね」
「ああ――なるほど。じゃあ、配置に意味があるんじゃないかってことか」
「せやったら、すぐに見つかる二つの水晶の置き方に意味を見出せば、残り一個も見つけられるんちゃう」

 深雪ちゃんはどこかから木の枝を持ってくると、ガリガリと地面に校舎の簡略化した見取り図を書き出した。さすがというか、そらで学院の見取り図を描けるのは深雪ちゃんならではの知識力かも知れない。

「うちが見つけた水晶が、この裏庭の池ん中。空の水晶がこの体育館の上空。この場所」

 水晶を見つけた箇所を、深雪ちゃんは点を置くようにグリグリと掘った。地図上に二点を置いてみるも、それだけではなんの繋がりも見えてこない。

「普通、三点を綺麗に配置するなら正三角形だな」
「ほんなら、最後の点が置かれるのは……ここやな」

 深雪ちゃんはちょうど正三角形が描ける場所にグリグリと穴を掘った。それから三点を線で結ぶ。確かに綺麗な三角形だ。

「ええと、ここは正門前? 校舎前の噴水広場ですか?」

 とりあえず一縷の望みをかけて、あたしたちは校舎前に向かうことにした。ちょうど一時間を過ぎたころかな。まだ時間は十分にある。校舎前と絞り込んで探すのであれば、さすがに地面の上といえども探すのはだいぶ簡単になるはずだ。
 たどり着いたのは、白亜の美しい石像が目を引く、正門と校舎正面の間に設置された噴水広場だ。広場周りにはベンチが等間隔で置かれていて、あたしは外でお昼を食べたい時や読書するときにちょっと使わせてもらったりもする。また、周りは綺麗な植え込みで囲われていて、いかにもお金持ちの学校にありそうな施設だなあと初見で思ったことを思い出した。

「あ、あれちゃう!?」

 深雪ちゃんが早速何かを指差した。あたしたちは深雪ちゃんの指の先を視線で追う。確かに、キラッと太陽光を受けて何かが光り輝いていた。植物で作られた緑のアーチを潜り抜けると、これもまた噴水と同じような白亜の石材で作られた、生垣で囲われた東家の中に、紫色のアメジストのような水晶がキラキラ輝きながら置かれていた。
 あたしはそっと手を伸ばしてみる。引っ張ってもやっぱり動かない。それを見た深雪ちゃんはあたしと同じように水晶に手をかけ、赤石くんも一拍遅れて手を置いた。誰が何をいうでもなく、せえの、と三人で同時に声をかけて力を入れる。

「……何も起きひんな」
「びくとも動きませんね」

 あっけなくというか。拍子抜けするくらいというか。とにかくまるで縫い付けられていたような重みなんて嘘みたいに、簡単に取ることができるんじゃないかって、あたしは心のどこかで期待していた。なのに水晶はこれっぽっちも動いてくれない。あたしたちはきょとんと目を見合わせる。やっぱり推理は見当違いだったのかも。

「はあ……」

 赤石くんが一際大きなため息をついた。それに対して深雪ちゃんが敏感に反応する。 

「……なんやねんその大きなため息。まるでこっちが責められてるみたいやん」
「そんなつもりはない。そうやって深読みして突っかかってくるのはやめろ」
「否定したって、気分悪くなったのはほんまやねん。今は協力しなきゃいけん時ちゃうの?」
「だから協力してるだろ。してないならついてきてない。何でもかんでも逐一揚げ足を取るのはやめろ」
「とってない!」
「言わせてもらうが、そうやって大声で捲し立てるのだって、こっちが責められてる気分になる。不快だ」
「……何、それ」

 あああ。あたしが次の行動を考えようとしている隙に、二人の口論がどんどんヒートアップしてしまった。割り込んで仲裁するにはもう遅い。現に二人とも自分自身をコントロールできずに、怒りに身を任せて突撃しあってるみたいだ。

「ちょ、ちょっと二人とも。今はそんな喧嘩してる場合じゃ……」
「あかん。もう無理や。ちとせ、うちら二人で考えよう。時間の無駄や」
「それはこっちのセリフだ」

 赤石くんは言葉を吐き捨てると、翼を広げた。そしてそのまま疾風のごとく、天空に向かって飛び立ってしまった。ひらり、と。赤石くんの広げた翼から一本、太くて大きな羽が抜け落ちて、あたしたちの間に落ちた。それを拾い上げても、どうしようもないのだけれど。深雪ちゃんは腕を組んで、口を真一文字に結んでいる。
 分かり切っていたことではあるんだけど、深雪ちゃんと赤石くんは本当にソリが合わない。でもそれじゃダメなのだ。三人であることに必ず意味がある。このまま二人が試練をパスしなかったら、どう考えてもあたしの責任のような気がする。
 専科の先生たちがどうしてあたしたち三人を組ませたのかはわからないけれど、あたしがこの学院に来たからこそ、あたしたちはこの組み合わせになった。今の喧嘩だって、結果論かも知れないけれど、あたしがここに来なければ起こらなかった未来かも知れないのに。あたしは、自分の記憶がないことを言い訳にしちゃいけない。なんとかしなくっちゃ。

「あかん。うちイライラが治らへん。ちょっと頭冷やしてくるわ……ごめんな、ちとせ」
「ううん……」

 よろよろした足取りで深雪ちゃんはどこかへと消えていった。あれだけ啖呵を切ったのに、と思わなくもないけれど、怒るのってすごく体力を使うから、へとへとになるのも仕方ないかも知れない。
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