チトセティック・ヒロイズム

makase

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 陸上クラスは、他の飛行・遊泳クラスに比べて人数が少しだけ多い。そのため、クラスも二クラスに分断されて実施されることが多かった。
 今日の授業は四百メートルトラックを使用した授業だ。これだけ見ると普通の普通科目の体育の授業のようにも見えるけど、トラックを駆け抜けるスピードが段違いだ。授業を受けているのは、脚力に自慢のある陸上動物の能力持ちの生徒たち。耳と尻尾、髭を生やし、手足がピューマの足に変化した男子生徒は、四つ足になって凄まじいスピードでトラックを駆け抜けていった。サラブレッドの能力を持った馬の能力者である生徒は、本来ある二足の足が蹄のある馬の足になり、さらに腰の後ろから馬の胴体が生え、四つ足の状態になっていた。ケンタウロス、といえばいいのだろうか。能力の発現の仕方も生徒それぞれで、観察しているだけでも勉強になる。

「みんな早いでショ。そんなに必死で追ってたら目回しちゃうよ」

 声をかけてくれたのは陸上クラスの担任、宇和うわ先生だ。ダボダボの白衣にヨレヨレのジーンズ。マッドサイエンティストみたいな出立なのに、陸上クラスの科目主任を担当している。色の濃い灰色の猫っ毛をぐしゃぐしゃにして、生徒たちを熱心に指導するでもなく、特別難しい課題を出すわけでもなく、比較的自由にさせている。どうして他のクラスほど厳しくないのかと聞いたら、陸上クラスはあまりにも個性がバラバラすぎて、統一した課題を出すと不平等がでるんだよネ、と話してくれた。あと細かいことに気を使うのも面倒ダシ~、とも。後半の方が言葉に力が入っていたから、そちらの方が本音なのかもしれない、とこっそり思ったのは内緒だ。

「でも、勉強になります。みなさん自分の個性を自分で知り尽くしているというか」
「いやいやいや。高学年の子達はそうかもネ、けど低学年の子らはまだまだだよ。ワタシからしてみれば幼子のようなものだネ」
「そうですか……でもあたしと同級生のあのチーターの女の子とか、すごく早いですよ」
「早いだけじゃあ物足りない。自分に芽生えたもう一つの自分を使いこなせなきゃあ、卒業後も路頭に迷っちゃうからねェ」

 もしかして適当に見えて本当は先生、優しさに溢れているのかも、と思った時、しゃがみ込んであたしと話し込んでいた宇和先生はいきなり立ち上がった。無言でスタスタと、トラックの中央へと突き進んでいく。よくみれば、トラックの中央ではいつの間にか小競り合いのようなものが起きていて、さらにその中央の喧嘩を面白がるように、ギャラリーが輪になってやいのやいのと騒ぎ立てている。

「こっちのが早かった!」
「いーや、俺のほうがコンマ一秒早かったね! その軟弱な足で俺に勝った気でいたのか?」
「そのぶっとい足で無駄に地面を踏みつけるよりマシだろ!」

 どうやら三学年のライオンとヌーの先輩が、どっちが足が速いかで言い争っているみたいだ。ライオンの先輩は威嚇のために鋭い牙を剥き出しにしているし、ヌーの先輩も鼻息荒く睨みつけている。もしこのまま二人の熱が治らなければ、一触即発間違いなしだ。
 けれど宇和先生はずんずんとギャラリーをかき分けて、今まさに取っ組み合おうとした二人の拳と角を最も簡単に受け止めた。

「ワタシは授業は自由に、がモットーなんですヨ。けれど、自律心がない生徒ほど自由を与えてはナラナイ」

 大きな耳の生えたアフリカゾウ。灰色みを帯びている肌と、クタクタのスタイルからは想像できないほどの力強さに、今まさに喧嘩しようとしていた二人はぴくりとも動けず固まった。ライオンの生徒なんて肉食獣の王様と呼ばれるくらいなのに、先生を目の前にして硬直している。

「二人とも、放課後指導室に来なサイ。いいですネ」

 有無を言わせぬ、とはこのことだ。糸目をさらに細くして、二人を拘束していた宇和先生はぱっと投げ出すように二人から手を離した。二人とも無惨にも、地面に放り投げ出される。けれど、あれだけの熱がこもっていた二人はすぐに反省の色を見せて、歯向かう様子も見せずにすみませんでした、と深く頭を下げた。
 そうか。能力を発現しただけじゃイコール強さや賢さに繋がらない。もしかしたらあのライオンの生徒が、宇和先生よりも長い年月を過ごして特訓したら、すぐに形勢逆転できるほどになれるかもしれない。けれど正しく力を引き出せないから、宇和先生の前では素直に従うしかないってことか。
 やっぱり専科の授業は奥深いなあと、あたしは自分自身の頭を撫でた。
 あの時、生えてきた角。鹿のようで鹿じゃない、不思議な角。
 能力の発現は、能力者が強く願わなければ行われないと深雪ちゃんは言っていた。あれから、あたしは正体がバレるのが怖くて、一度も能力を発現させたりはしていない。
 あたしは何者なんだろう。そして、あたしの中にあるもう一つの〝あたし〟はなんなんだろう。
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