チトセティック・ヒロイズム

makase

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 着替え終わったあたしたちは、髪の毛もきちんと乾かして、今度は一世さんに連れられて学院を案内してもらうことになった。一世さん曰く、深雪ちゃんに案内を任せてたら永遠に終わりそうにないので、だそうだ。確かにその通りかもしれない。
 授業中だから、廊下を歩いても誰かとすれ違うことはなかった。ちなみに今日は土曜日だから、決まったクラスだけ授業があるらしい。深雪ちゃんのクラスはお休みなんだそうだ。
 埃やチリのひとつもない、綺麗な廊下。ワックスで磨き上げられたピカピカでツルツルの廊下は、もし勢いよく走ったらそのまますっ転んでしまうかもしれない。
 窓枠の木目模様をぼんやりと眺めていると、窓の向こうでビュンビュンと何かが飛び交うのが見えた。大きなドローンかな、と思ったけれど、よくよく見ればそれは同い年くらいの子供たちだった。
 さっき見かけた、赤石くんのように、翼を生やした子供たちが空を自由に飛んでいる。のびのびと朗らかに笑って、すごく楽しそうだ。よく見れば子供たちはボールを投げ合っていた。ドッヂボールのような遊びをしているみたいだ。

「ちょうど飛行クラスの授業中ですね。飛行クラスは割とああやって、遊びを兼ねた特訓をする授業が多いです」
「能力ごとにクラスが別れてるんですね」
「ええ。三つのクラスに分かれています。飛行クラス、陸上クラス、後は深雪様のいらっしゃる遊泳クラスですね」

 生徒たちの生えている羽の色はみんな異なっていた。カラスみたいに真っ黒色の子もいれば、茶色っぽい子もいる。かと思えば、鳥の羽とは思えないものを生やした子もいた。よくよく見れば、蝶等の虫類の羽を生やした子もいる。

「みんな特徴が違うんですね」
「せやで。ざっくり鳥だとか、魚だとか、そういう類じゃなくて、しっかり特徴が出てくる。さっきのいけすかない男いたやろ。あいつはミサゴっちゅう鳥やねん」
「ミサゴ?」
「主に魚を主食とする猛禽類です。水中に向かって急落下するハンティングを得意としています。なので彼は時々、
遊泳クラスで使っているプールを使わせてもらっているようですよ」

 なるほど、あの急な飛び込みは、赤石くんの特訓だったのだ。彼にとっては勉強のつもりで、なのにあたしたちが邪魔した形になっちゃったわけで。そりゃああんなに怒るのも分からなくはない。この学院で一生懸命勉強している赤石くんのことを思うと、途端に申し訳ない気持ちになった。

「このように、特殊技能を伸ばす授業を、専門科目ですとか、省略して専科と呼んでおりますが、それだけではなく、もちろん一般の学生として学習する内容も、この学院では習います。こちらは普通科目と呼ばれます。生徒たちはスケジュールを組んで、どちらの授業にも参加する形をとっております」
「大変ですね……」
「毎年入学してくるのは二十から三十名ほどです。普通科目は一学年全員で授業を受け、専門科目は割り振られた相応しいクラスごとに、全学年合同で受講します」

 あたしは、しばらくの間普通科目の授業を受けさせてもらえることになっていた。その話を聞いた時はありがたいなと思ったけれど、今こうして学院内を歩いて想像してみると、ちょっと躊躇っている自分がいた。
 あの赤石くんという男の子の言うことはもっともだ。あたしはエコひいきで学院の授業を受けることになる。この学院のことは秘密になっているはずなのに、深雪ちゃんの従姉妹というだけて特別待遇で授業を受けさせてもらえる。そういった目で見られるかもしれない。
 別棟の食堂を案内されながら、あたしが不安で顔を曇らせたのが、分かったからもしれない。一世さんは優しく声をかけてきた。

「ちとせさん。気になさることはございません。木曽学院長はそうそう生ぬるいことをする人ではないことは、生徒たち自身は身を以て知っているのです。ですから誰もエコひいきなどと思いませんよ」
「せやで。全校生徒一同、一年に一回お爺様と面談するからな」
「学院長って、一番偉い立場の人ですよね。そんな方が一人一人と面談するんですか」
「な。すごいやろ。で、そこで少しでも勉強に手ぇ抜いてると見抜かれたらむっちゃ怒られるねん。うちも例外やないで、というかうちなんて孫やからエコひいきせえへんように、公の場でしょっちゅう怒られとるし」

 それはそれでどうなんだろうと思ったが、だとすれば心配も無用かもしれない。

「さ、ちとせ! 食堂案内すんで! ちょっと早いブランチにしようや。ここの食事めーっちゃ美味いんやで……」

 いつの間にか深雪ちゃんは、一世さんから案内の主導権を奪い返していた。

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