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本編
今日、嫁ぐ日に ~ヴェッケンベルグの心意気~
しおりを挟む「辺境伯をお呼びしてちょうだい」
侍女は「かしこまりました」と頭を下げて下がる。ほどなく扉が開けられ目を真っ赤にしたカルーフが入ってくる。
「一番きれいだ」
アマーリエの姿をとくと見つめて涙に掠れた声で一言。
簡潔なセリフは父らしい。簡潔なセリフに父の思いがこもっている。
「お父さま、お母さま、今日まで愛情深く育ててくださりありがとうございました。二人の幸せな娘でいさせてくださって、本当に幸せでした。お父さまとお母さまみたいな、愛情と信頼で結ばれた夫婦になれるように頑張ります。フリードリヒさまと幸せになれるように励みます」
涙が出そうになるが、以前イルムヒルデに言われた『化粧をしているときに泣くものではありません』『化粧をしたときの女は強くなければならない』を思い出して辛うじて堪える。
ぽろぽろと父は涙を流してアマーリエを抱きしめる。ドレスをぐしゃぐしゃにしないためだろう、腕の力は随分と手加減されている。
「辛くなったら……帰ってきていい」
「っ……お父さまぁ」
一言に父の切ない思いが詰まっていた。思いを抱きしめてくれた丸太のような腕からも感じ取って、アマーリエもつられて泣いてしまった。しかし、イルムヒルデから叱咤されることはなかった。イルムヒルデも涙ぐんでいたからだった。
化粧を直す前に、兄三人と義姉を呼んだ。元々涙ぐんでいた兄三人は、アマーリエのドレス姿を見た時から号泣してしまった。思ったより激しい反応にアマーリエはちょっとおろおろしてしまった。
ヴェローニカも涙ぐんでいたが、比較的落ち着いていた。ギュンターをよしよしと撫でてから、アマーリエにふわりと微笑んだ。
「おめでとう、アマーリエ。幸せになってね。もし結婚して辛いことがあったら、私でも誰でもいいからちゃんと教えてね。そうそう、社交界でいじめられても言うのですよ。とっても意地悪な子もいるのでしょう? アマーリエの敵は私の敵! 私とギイさまでやっつけてやるわ!」
胸を張って可愛らしく拳を握った。小柄な義姉がやると本当に可愛らしい。
(そんなに困ったことにはならなさそうだけど……ヴェラ義姉さままで心配して励ましてくださっているのね)
アマーリエも微笑みを返す。
「ええ。でも辛いことがあっても私は自分で戦うわ。ヴェッケンベルグの心は常にあるもの。でも……ヴェラ義姉さま、困ったら相談させてもらってもいいですか?」
実家に泣きつかなければいけないようなことは想像もつかないけれど、この優しくも温かい義姉の気持ちを蔑ろにはできない。
「もちろんです! 良くない気持ちを抱え込んだら駄目です。アマーリエにはアンナ・ファーゼン子爵を始め、お友達もたくさんいますもの。沢山の人の協力を得て、まずは敵の情報収集とアマーリエの心のケアを同時に適材適所でこなして、敵にいずれ目に物見せてやるを見せてやるのです!」
力強く言い切った。小さな体とは思えないほど生命力に満ち溢れている。何と頼もしい義姉なのだろうとアマーリエは感動を覚えた。
「素晴らしいよ、ヴェラ。さすがは私の女神」
「さすがです、義姉上」
「感服いたしました、義姉上」
ギュンターの賛辞につづいて、グレゴールとギルベルトが唱和するように続く。
「頼りにしているわ、ヴェラ義姉さま、お兄さま方」
くすくすとアマーリエは笑って言ったが、兄たち三人は再び子供のように涙を流し始めた。
********************
ヴェローニカは順調にヴェッケンベルグ辺境伯家に馴染んでます。
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