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本編
妹至上主義(シスコン) 2
しおりを挟む応接室のテーブルをはさんで長椅子に腰かけて向かい合ったまま、ギュンターは優雅に茶を飲んで苦笑を浮かべる。
「おやおや、妹を愛する心を持ち合わせていないことがお前の唯一の欠点だね」
「多分一生直らんよ。うちの妹はアマーリエ程可愛くない」
「アマーリエの可愛さは特別なものがあるが、それをさておいても自分の妹を慈しめないのがよくわからないんだがね……不思議だと思われませんか?」
と、ギュンターは一人がけのソファーに座ったアレックスに話題をふる。
「アレックスもお前のいう異端者だぞ」
妹が可愛くないと割と小さいころから言っていた筋金入りだ。
「いや、実妹が可愛くないのは相変わらずなんだけど、エレナとセレナと出会ってから、「存在が可愛い」「存在が尊い」がわかってきたんだ」
真面目な顔でアレックスは言い、フリードリッヒは閉口した。
エレナとセレナはアンナの妹で、アンナによく似た外見をしている上に、無邪気にアレックスを慕っていると里帰りに同行したローマンから聞いていた。
「お前……」
(そこまで……)
お前に続く言葉を努力してなんとか飲み込んだ。
「いや、ホント可愛くて、無邪気に慕ってくれて……アンナそっくりなだけでもヤバイのに、二人とも可愛すぎてホントマジヤバイ……「存在が可愛い」とか「存在が尊い」としか言えない」
(言葉遣いがヤバイな……)
アレックスのことは小さいころから知っているが、アレックスはアンナを好きになって性格が変わった。良い方向に変わったと思ったが、ここに来て弊害が出てきたのだろう。乳兄弟にすら「大分痛んでます」と言われる程度には変わってしまった。今も少しきりっとした表情がどこか痛々しく感じられる。
フリードリッヒの白い目に気付いたのだろう、取り繕うようにアレックスは続ける。
「いや、だって、本当に可愛いんだ。レゴさんの言葉を借りれば「肖像画からでも可愛さが溢れている」状態なんだって。初めて聞いたときはレゴさん真面目な顔して何言ってんだろうって本気で思ってたけど、やっとレゴさんの言ってたことがわかったんだ。エレナもセレナも肖像画からでも可愛さが溢れてて、本物はさらに溢れる可愛さで頬緩むし、心が洗われるような感じになって、正にこれが「存在が可愛」くて「存在が尊い」んだなって実感したんだ」
だんだん言葉に熱がこもっていく。熱く語るアレックスを信じられない思いで眺めやって
(〝痛んだ〟とはよく言ったものだな……)
「レゴさん」というのはアマーリエの二番目の兄グレゴールのことだ。元第十騎士団に所属で、アレックスの先輩騎士だった。生真面目で寡黙な男で、辺境伯に一番似ているだろう物静かで寛厚な性質だった。そんな男もやはり訥々と妹至上主義を語ったのか……。容易に想像できるのが自分でも何とも言えない気持ちになった。
多分三男ギルベルトも同じように妹至上主義のすばらしさを語った事もあったのだろうと誰かに聞かなくてもわかる。
(しかし、逸話……いや伝説に事欠かない兄弟だ)
ギュンターはかつて、妹のお茶会デビューだからと休みを申請していそいそと町屋敷へ帰っていって、目を真っ赤にしてすごい形相で帰ってきた。比較的温厚なヴェッケンベルグ一族をあそこまで怒らせて、血を見るのではないかと周囲はざわついていた。当時同期と一緒に飲みに連れ出して一晩中気持ちを聞いてやったことを思いだした。
三兄弟にとっては愛しい妹であり、また辺境伯夫婦にとっては一人娘――特に辺境伯にとっては目にいれても痛くないほど溺愛している――大切な娘のお茶会デビューを潰され、一家で怒り心頭だった。
これは現在に至るまで持続しているらしく、アマーリエにいじめを行った子供の家とはきっぱりと付き合いを断っており、ヴェッケンベルグを敵に回したと疎遠にされたりしている家も多いとルートヴィッヒから聞いた。
ギュンターは特に主犯のケッテラー侯爵令嬢ドロテアのことを相当憎んでいる。『アレを伴侶に選ぶなら絶交だ』とギュンターに言われたが、言われるまでもなく我が侭な令嬢には嫌気がさしているため、「四要件」を満たそうが何だろうが選びはしない。あんまりがつがつと寄ってくる令嬢は情けない話だが気が引ける。あれなら武器を携帯した盗人相手のほうが楽な気持ちになれる。
「……お前もそちらに行ったか……絶対にないと思っていたのだがな」
「素晴らしいことです。ちゃんとお心を取り戻されて何よりです。レゴも報われることでしょう」
あきれ顔のフリードリッヒとは対照的に、ギュンターは手放しの笑顔でのたまう。
ギュンターは少しだけ表情を引き締めて静かにフリードリッヒに言う。
「ちなみに、父は今回のことは知らない。アマーリエが君の相手をしたことも含めて知らないよ。師団長閣下のご配慮もあって両親ともに伝えていない」
「そうか……」
「両親……特に父はね、とても過保護なんだ。父にとっては護衛としてデビューした姿に涙するくらい、愛しい娘なんだ。知れば寝込んでしまう。どこかの団長と踊ったのはともかく、最後にキスしたことにもショックを受けてしまったんだ。外見と違って、娘のこととなると繊細なんだよね」
最後はしみじみと、他人事のように言うギュンターにフリードリッヒは感情を抑えて告げる。
「……お前も涙ぐんでいたな」
正確に言うと、三兄弟そろって涙ぐんでいた。大きな図体をした男たちが涙ぐんでいる図は不審者同然だが、不思議と邪魔にはならなかった。きっとイルムヒルデ夫人は近くにてハンカチを渡しつつ、人の邪魔にならない位置に移動するように指示していたのだろう。
「愛しい妹のハレの姿に感動を覚えて涙があふれる。人として自然な姿だよ。本当、アマーリエが可愛いんだ」
「知っている」
ギュンターがアマーリエを愛してやまないということに関してはなんら疑問はない。
「護衛デビューの日をずっと待ち望んでいたんだ。……どこかの堅物が外に出してくれないからねぇ。やきもきしていたよ」
「アマーリエは、社交界に苦手意識があるだろう…あのわがまま娘の守りなどさせたくはない」
やんわりとした口調での明らかな当てこすりに、フリードリッヒは理由を述べる。
アマーリエの前では大人しかったが、カタリーナは基本は我が強くてわがままだ。いや、カタリーナだけでなく、王家の三番目~末姫まで誰もかれも我が強くて気が強い。第一は寛厚で第二王女はやや内向的だったこともあり、余計に気が強く見える。
所作だけでなく、何事も緊張しすぎず自信をもって挑めるようになるまでアマーリエをデビューさせたくはなかった。薔薇の滴の件で余計に出したくなかったが、これ以上は余計自信なくすからとマティアスに説得されてだしたのだった。
「お前は過保護だね。まあ、アマーリエのために挨拶周りなんかをしてくれたのは感謝しているよ」
なぜ挨拶周りの事まで知っているのかはさておき、いささか疑問がある。
「逆にお前は意外と過保護ではないな。なぜ止めなかった?」
少なくとも、ギュンターはアマーリエが何かしようとしていたことに気付いていた。逆にフリードリッヒがアマーリエを止めることを止められてしまった。
「ヴェッケンベルグの家訓ゆえ。退くにも一定の理由がいる。知っているだろう?」
あっさりとギュンターは家訓であるという。
常に戦うことを是とするヴェッケンベルグの心根の苛烈さは、ギュンターとの十年以上の付き合いで感じていた。ヴェッケンベルグの信条は当然アマーリエにも受け継がれている。懸命に物事に立ち向かうさまは美しいが、同時に心配にもなる。
アマーリエはもう少し守られていてもいい。騎士であると同時に女性でもある。双方切り離せないアマーリエの要素だ。どちらも大切にしようとしたら、できることは心配してやることと、フォロー体制を作ってやることくらいだろう。
「お前の部屋に飾ってあったお前の妹アマーリエの肖像画を見たときから、お前は相当な妹至上主義で、妹に甘すぎるくらい甘いのかと思ったがな」
「ヴェッケンベルグの家訓だよ。一人前の騎士にするために……私も腸が千切れそうな思いで見守っているんだ。本当なら、ヴェッケンベルグの奥でお嫁に行くまでヴェッケンベルグの至宝として大切に守っていたかった。でもあの子は守られるだけの存在であることを厭う。ああ、さすが私の最愛の妹。気高く頑張り屋さんだ。そんなアマーリエの頑張りを見守ってやるのは兄の務め。助けを乞われたら即座に敵から守ってやるのは兄の務め。嗜みというものだ」
途中しんみりと告げたかと思うと段々熱がこもり、目がらんらんと輝き始めた。妹を語るときのギュンターは大抵そのような顔をする。
「わかります。俺も、頑張り屋さんのエレナとセレナを見守ってやりたい。アンナと一緒に」
ギュンターと同じような表情をして、アレックスは拳を握る。
「アレックス……」
フリードリッヒはついて行けずに閉口する。
「アンナたち三姉妹は紫系の瞳なんだ。茶色のまっすぐな髪も紫系の眼も母上譲りらしいんだ。アンナは紫に黄色が混じった綺麗なアメトリンだろ。エレナはラベンダーの色にミルクを混ぜたような優しい色のラベンダーヒスイで、セレナは落ち着いた青紫色だからアイオライトだよね。それぞれ輝く大切な宝石なんだ。だから、アンナだけじゃなく、あの子たちまで守ってあげられるように、勉強と経営頑張ってるんだ」
「素晴らしいお心がけです。……フリードリッヒ、君も見習うべきだ」
「……こうはなれんよ」
本当に以前のアレックスと違いすぎる。
十回くらい聞いた話にげんなりしつつ答えた。
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