49 / 81
本編
ヴェッケンベルグの家訓 2
しおりを挟む「それでね、ここに置いてあるアクセサリーとドレスの確認をしようと思って帰ってきたの」
「あら、ドレスの仕立てはしないの? せっかくの夜会なのよ」
「ううん、それは本当のデビューまで取っておきたいわ。お母さまともじっくり相談して作りたいの」
社交界デビューのときのドレスは白と決まっているが、プレデビューは決まっていない。ただ若年ということもあってパステル系の色か、原色でも愛らしいデザインのドレスが多い。
「そうだね、母上もお喜びになると思うよ」
「そうね。デビューの衣装を考えるのは毎回とっても楽しかったってお姉さまたちは言っていたわ。もちろん、私もレースを選んだり楽しかったわ。じっくり選んだ方がいいわね」
ヴェローニカは母親を小さいころに亡くしている。ヴェローニカの一番上の姉がデビューの手伝いをしてくれたのだろう。
ヴェローニカは「そうだわ」と嬉し気に手をたたく。
「じゃあ、既製服は? 既製服の手直しだったら十日から二週間あれば手元に届くわ」
「そうなの? ヴェラ義姉さま」
裁縫が得意な母親を持ち、なおかつ裁縫王国であるヴォルティエ王国が近かったため、アマーリエにとって服というものはすべて母親がいつの間にか用意してくれるものだった。たまにサイズを測った記憶しかない。
基本的に既製服を着たことがなかったので選択肢に入れてなかったが、思えばフリードリッヒが贈ってくれた最初のドレスは既製品手直しだった。数時間で直してくれたが、職人はさぞ大変だったのだろうと今更に思った。
「ええ。だからね、今から仕立て屋を呼びましょう。見本をいくつか持ってきてくれるし、カタログもあるのよ。一緒に選びましょう。選んでたら義母さまもお戻りになるわ」
「ではそうするわ、ヴェラ義姉さま」
仕立て屋のカタログや見本から選んだことはあるし、助言ももらえるからアマーリエでも選べるだろう。さらにヴェローニカも一緒に選んでくれるなら変なドレスは選ばずに済む。
「アクセサリーはフリードリッヒさまからいただいたものがあるのでしょうけど、私とおそろいのバレッタを選びましょう。夜会向けのバレッタは持っているみたいだから、普段に使いやすいものがいいわ」
「はい、ヴェラ義姉さま」
(何だか本当に姉妹のようだわ)
男兄弟の中で育ったことには何の不満もないが、姉妹らしい行為にあこがれがあった。アンナが妹たちとおそろいのブレスレットを持っているそうだが、そういう姉妹でおそろいの品を持つのは素敵だなと思っていた。
夜会向けのバレッタはフリードリッヒがくれたものだ。デビューのお祝いにと贈ってくれた。
(フリードリッヒさま……)
フリードリッヒのことを思うと少し胸が痛む。辛い気持ちに押し流されないように小さく頭を振った。
「ヴェラ、アマーリエと一緒に選ぶのもいいけど、君からアマーリエに贈るドレスを選んでおくれ」
「あら、ギイさまもアマーリエを彩る素敵なドレスを選びましょう。妹を彩るドレスも選べない男は、愛する女性を彩るドレスの一つも選ぶ資格がないことと同じですわ」
ヴェローニカはうふふと笑って続ける。
「ドレスを贈るのは真心を贈るのと同じですもの。妹への真心を忘れては駄目よ、ギイさま」
ヴェローニカの言葉にギュンターは逞しい肩を震わせる。
「すばらしいよ、ヴェラ。……真心を忘れてはいけない、か。兄として大切なことだね。さすが私のヴェラだ。いつも君に助けてもらっている」
「だって、ギイさまの奥さんですもの」
ぎゅっと抱き合う二人をアマーリエは羨ましく思って見ていた。
(仲良しでいいなあ。……私は、フリードリッヒさまとはこういう感じにはなれないけど……結婚したらいつかしてみたいなぁ)
恋人や配偶者の膝に乗る、膝に乗せるのは定番である。愛する二人の当然の定番行為であるため、憧れがある。
自然に定番の格好になれる二人の仲の良さに、アマーリエは頬を綻ばせて茶で喉を潤した。
******
イルムヒルデが帰宅したあと、プレデビューしたいことと、ヴェローニカと選んだドレスやギュンターが選んだドレスを購入する旨伝えると涙ぐんで喜んでくれた。
本当の目的は違うので胸が痛む。
しかし、痛みにつられて俯かないようにしながら久々の町屋敷での会話を楽しんだ。
久々の町屋敷なので、誘われるがままにそのまま食事をしていくことになった。イルムヒルデと兄夫婦と楽しくおしゃべりをして遅くなってしまった。一人で帰るのは危ないと反対されてしまったので、帰りはギュンターが馬車で送ってくれることになった。
「今日はありがとう、ギイお兄さま。お母さまと話せてよかったし、ヴェラ義姉さまと一緒にドレスや小物も選べて楽しかったわ」
向かい合って座ったギュンターに告げると「それは良かった。また帰っておいで」と穏やかな笑顔で言ったあと、少しだけ表情を引き締める。
「ヴェッケンベルグの家訓は常に戦うことだ。戦いから逃げないことだ」
穏やかな声音は崩さず、少しだけ口調を引き締める。
「戦うためには考えなければいけない。有事だけではない、日常においても常に考えて進退を決めなければいけない。思い考えて、肌で感じる。人生において大切なことだけど、時にお前を傷つけることもあるかもしれない。でもね、お前を成長させてくれる糧にもなりうるんだよ」
穏やかな表情は真剣なものへと変わっている。ただ真剣な表情はアマーリエを慮ってくれているようだ。
ギュンターは馬車の中で跪いてアマーリエの手を取る。守るように手を包み込んでギュンターは続ける。
「だからね、傷つくことを恐れてはいけないよ。お前を愛しているよ、アマーリエ。お兄さまはお前を見守っている。胸を張りなさい。前を向きなさい。いいね、我が愛しき妹よ」
「ギイお兄さま……」
吹っ切って前向きに臨んでいたつもりだったが、アマーリエの態度から、何かしらを察したのだろうか。
ギュンターは本当にアマーリエをよく見てくれていて、愛してくれているのだと感じた。
「ありがとう、ギイお兄さま。大好きよ」
せり上がってきた感情に声が詰まってしまったが、それだけ言うと、ギュンターはアマーリエを黙って抱き寄せてくれた。
0
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる