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本編
後悔のあとは 2●
しおりを挟む「どうした?」
「いや、うちの家庭はさておき、アマーリエ嬢のことはどうするつもり?」
「どうとは?」
「フリードリッヒ、私も家庭に帰れば一人の父親だよ? 薬効を治めるために処女なのに三日三晩やるだけやって責任取らずに放置するとか、私の娘が同じ目にあわされたら、神と国王陛下に誓って必ず相手を八つ裂きにするよ」
「……マティアス。人聞きの悪い言い方をするな」
「でもね。側から見てるとそういうことでしょ。熊伯……もとい辺境伯も私と同じ感じじゃないかな、娘溺愛系の父親だしね。辺境伯まで話が行っているかは知らないけど。師団長判断だからどうなってるかは聞いてみればいい」
ルートヴィッヒと熊伯ことカルーフは騎士団での同期にあたる。カルーフが退団した後も二人の友情は続いており、カルーフは「頭が良くて真面目で誠実な信頼できる親友」とルートヴィッヒを高く評価している。一周回った嫌味や冗談ではなく本気だというところに、カルーフの純粋さを感じた。
「正直何と詫びたらいいのかわからない」
詫びの言葉はともかく、その後の行動をどうすればいいのか迷う。母親や祖母や感情表現することに苦手感があるということを差っ引いても、マティアスの指摘通りフリードリッヒの行動は不誠実だろう。
「行動に移すことで、アマーリエの夢を捨てさせる結果になってはいけない」
「婚約期間を長めに設けてはいけないのか? 私は婚約期間中に副長昇格の打診を受けて結局二年近くも婚約してたぞ。恋人期間が長くて楽しかったといえば楽しかったがな」
「まあ、それも有と思ったのだが……母よりも祖母がもたないだろう。今でさえ早く結婚しろと涙ながらに寿命を盾に迫ってきている状態だ。王大后に下手に動かれたら王命と取られてしまうかもしれない。私は騎士でありたいというアマーリエの意志を尊重してやりたい」
先王ハインリッヒは王大后マリアテレジアとは大変むつまじく、王族は正妃のほかに妃を四人まで持てるにもかかわらずマリアテレジア以外に妃を迎えなかった。
子供は二男一女に恵まれて、国民に愛されながら三十年ほどの治世を無事に終えて息子へと引き継いだ。家庭を大切にするハインリッヒとマリアテレジアの姿は国民の模範だったと言われている。
二十人いる孫にも惜しみない愛を注いでいるが、マリアテレジアの最愛の孫はフリードリッヒだった。フリードリッヒをカサンドラ共々溺愛し、早く結婚させようとしている。
『相手はフリードリッヒが見つける。意に沿わない結婚をさせるわけにもいかんだろう』
『結婚は一人でするものではない。フリードリッヒが相手ともよく話し合って決めるものだ』
マルスとハインリッヒが至極冷静な発言でもって留めているため、マリアテレジアかカサンドラの決めてきた政略結婚をさせられずに済んでいる。だがいつ暴走するかはわからない。
「それなのに、私はアマーリエを大切にしてやれなかった」
「え……もしかしていきなり突っ込んだとかじゃないよね? 大丈夫だよね? 薬飲んでても前戯くらいはすると思ってたんだけど」
さっと顔色を変えたマティアスが身を乗り出して問いただす。フリードリッヒは眉間にしわが寄ったのを自覚した。
「それくらいはきちんとやった。人聞きの悪いことを言うな」
「ああ、よかった。……じゃあ何が引っかかってるんだ?」
ちらりと脳裏にアマーリエの姿が浮かぶ。
アマーリエは本当に健気で、よく耐えてくれたものだとつくづく思う。アマーリエに無体を働いてしまったことを申し訳なく思う。
「私は……抱きたくなかった! 抱いたことを後悔している!」
感情が荒ぶって声が大きくなる。
「フリードリッヒ」
マティアスが窘めるように名を呼ぶが、フリードリッヒは心を鎮めることができなかった。
本当はもっと大事にされるべき女性だ。健気でまっすぐなアマーリエをもっと愛して抱きたかった。
そんな後悔が押し寄せてくる。
「大事にしたかった……守ってやりたいと思っていた。それなのに私の事情に巻き込んでしまった」
薬効を鎮めるためとはいえ、何の誠意も愛情も示していない、誓えていない女性を抱くなど到底――
「許容できるか! 到底満足できるものではない」
我慢ならなかった。薬を仕込んだバカ貴族の子弟たちよりも、巻き込んでしまった己に。
なぜアマーリエを突き放さなかったのか。
理由は簡単だ。己の欲望に負けたからだ。
一番薬効が強かった一日目はともかく、三日目は睡眠薬で無理やり眠っても良かったのに、どうしてもアマーリエを手放せなかった。
「今更……どの面で何を言えばいい……」
どう詫びればいい。どう思いを伝えたらいい。ずっと迷って迷ってずっと同じところをぐるぐると回っているようだ。
「その面しかもってないんだからさ、その面で愛を囁くしかないと思うよ」と駄々っ子を片手間で宥めるような適当な声で告げる。
「それにね、あの子はちゃんと覚悟して君の部屋に行ったんだ。ちゃんと納得してのことだから、君が必要以上に申し訳なさを感じる必要はないよ」
冷静な声で宥めるというより、報告書を読み上げるような静かな声で淡々と告げた。突き放したような態度だが、事実を述べるのみに徹した態度で、マティアスの気遣いが感じ取れる。
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