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本編
ファーストダンス Sideフリードリッヒ ◆●
しおりを挟むアマーリエの姿を探すと人だかりの中にひと際華やかな姿を認めた。
黄色のパステルカラーの花モチーフのドレスだった。刺繍やレースは端々まで繊細に用いられていて、若々しさと愛らしさを引き立てていた。
髪にはいつかフリードリッヒが贈った髪飾りをつけてくれていた。イヤリングもブレスレットも覚えのあるデザインばかりだったので、気に入ってくれているようでとても嬉しかった。遠目で見ただけだったので近くで見たい。
花嫁の父と花嫁が親子最後のダンスを踊るラストダンスを終えて、花嫁の父が花婿に娘を渡してファーストダンスを花婿と花嫁が躍る。
ギュンターもヴェローニカも楽し気に踊り始めた。きっとこういう風に明るい家庭を築くのだろうなと思わせてくれるダンスの始まりだったが、二人のダンスをアマーリエはいささか憂い顔で見ていた。声をかけてみたほうがいいだろう。ついでに機を見てダンスを誘ってみたかったので、タイミングとしてはちょうどいい。
「アマーリエ、浮かない顔をしている。ギュンターにはちゃんと話をしたのだろう?」
「はい、団長。ギイお兄さまにはちゃんとお礼を言えました。そうしたら、お兄さまは泣いてしまいました」
「予想通りだな」
(やはり泣いたんだな)
しかも号泣したのだろう。式が遅れた理由が想像通りのもので、ギュンターらしいものだったのでフリードリッヒは微笑んだ。
「では、どうした?」
「ただ、その……私もヴェローニカさまの勝負に参加したかったです」
アマーリエの語る理由は、ヴェローニカと仲良くなりたいという可愛らしいものだった。
ギュンターは新婚旅行には王都での披露目が終わった後で行くと言っていた。披露目もすぐにあるわけではない。来月の国王陛下の誕生日の少し前にあるので、一月は余裕がある。
(では帰るのを遅らせるか……一日や二日なら何とかなるだろうし)
明日の昼には王都へ帰る予定にしていたが、一日くらい遅らせてもいいだろう。遅らせてアマーリエとヴェローニカが一緒に過ごせるようにギュンターに掛け合えば嫌な顔はしない。むしろ喜んで協力してくれるだろう。
姉妹のいないアマーリエは同性の姉妹に強いあこがれがあるのだといつか皆――フリードリッヒとアマーリエ、アンナとアレックスの四人で食事をしたときに聞いた。
『アンナがエレナとセレナとおそろいのドレスや小物を身に着けたり、アンナのお下がりのドレスを着ていたり……そういうのいいなぁって思ったんです』
ファーゼン子爵家の三姉妹の話を聞いて羨んだという話だが、アンナからは「妹たちからはお下がりばっかりって不評でしたよ。というか、可愛いものは下手したら取り合いですよ。姉だから譲らないといけなくなったりもします」と姉妹ならではの苦労も聞いた。
バルツァー家の弟妹は妹とは六歳、弟とは十四歳離れているため、まったく兄弟げんかをしたことがない。気の強い妹に突っかかられ、フリードリッヒが適当に流している程度だ。バルツァー家も他所と違うところばかりだなと無感動に思う。
ヴェッケンベルグ家では年の近い男兄弟がいて――熱い交流はともかく――仲良くて羨む気持ちもある。妹がアマーリエという点では特に強く思う。
ギュンターから聞いた話によると、ヴェッケンベルグ辺境伯家では三歳から馬にまたがって大人と散歩するらしい。それほど乗馬は親しんでいる。だから下手な男よりも乗馬は上手だ。
フリードリッヒも武門の嫡子として馬術も嗜んでいるが、ヴェッケンベルグ家ほどの馬術はない。速さだけならともかく、崖を降りていく技術はない。
卓越した技術を身につけているアマーリエは、団の催し物の団対抗騎馬戦で第十一騎士団の選手の一人にも選んでいる。騎馬戦は団から王城までの速さを競う催しで団の訓練も兼ねており、町ではどの団が勝つか賭けが行われるほど盛りあがる。
アマーリエもフリードリッヒも馬で帰れば、馬替えなしでも一~二日は楽に取り戻せる。
「あ、そうでした。団長にいただいたアクセサリーを合わせたんです。素敵なアクセサリーをありがとうございます」
「ああ、礼を言われるような大したものではない。よく似合っている。可愛いよ」
女性を褒めるのは得意ではない。心臓が駆けるように鼓動を刻んでいるが、褒めるとアマーリエは頬を染める。素直な反応が愛らしい。はにかんだ顔が可愛くてついアクセサリーなど細々送ってきたが、アマーリエの役に立てて良かった。
「アマーリエ、体を動かせなくて退屈だろう?」
「……っ……なぜ……」
言葉を詰まらせたアマーリエの姿に可笑しさがこみあげてくる。
「顔に書いてあるよ」
指の背で上気した頬を撫でる。すべすべで柔らかい頬をさらに赤くする。
「君らしいよ。踊ろうか、アマーリエ。憂いを吹き飛ばそう」
「よろしいのですか?」
「ああ、もちろん」
フリードリッヒが肯定するとぱっと表情が明るくなる。何気なくする明るい喜びの表情が堪らなく好きだ。
(可愛いな)
ずっと見ていたくなる。見とれているとファーストダンスが終わったようだ。一斉に起こるキスコールにアマーリエが驚いていたが、説明すると納得する。
花婿と花嫁がキスをすると拍手と歓声が起こる。
ファーストダンスが終われば、花婿は花嫁の母親と、花嫁は花婿の父親とダンスをするのが習慣だが、それ以外は誰と踊ってもいい。小さな子供も手を繋いで輪になって踊り明かす。
「アマーリエ、踊りは好きかい?」
「はい、大好きです」
明るい声と笑顔で「大好き」と言われて心が弾む。つられたように弾んだ心を引き締めて、アマーリエの前に跪く。ざわっと周囲にどよめきが走った。
「あなたとご一緒できる喜びと栄誉を一時私にお与えください」
「は……はい……」
やや戸惑った返事が返ってきたが、アマーリエは立ちつくしている。
(ダンスの受け方を知らないのか?)
ということは、家族や親族以外の異性とダンスを申し込まれたことがないのだろう。身内は跪いて乞うことはない。束の間少しだけ優越感に浸った。
受け方をそっと伝えようとしたが、辺境伯夫人が小さい声なのに鋭くアマーリエに伝えてくれた。
そっと差し出された手を恭しく取る。一般的な令嬢と違って剣を握っている少しだけ強張った手がとても尊いものに思えた。フリードリッヒは指先に軽く口づける。念願の口づけに心躍る気持ちのままに立ち上がり、アマーリエをエスコートして中庭の中心へと歩み、音楽の開始と共にダンスを始めた。
******
ヴェローニカのウエディングドレスですが、独逸では披露宴にダンスは必須ということで「後ろのトレーンが取り外せる」か「実は見えないようにウエストのあたりにボタンがついており、そこに裾をひっかけて短くできるようになっています」という感じなので、踊れる程度には短くできるそうです。
そんなイメージで書いています。結婚式関連のイベント(ファーストダンスとかポルターアーベントなど)は独逸の結婚式を参考にしています。多少変えているのは創作ということでご容赦ください。
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