35 / 81
本編
おやすみ 1◆●
しおりを挟む次の日は朝から、フリードリッヒは三兄弟とローマンで南の砦の城下町で頼まれものを買った帰りに湖の立ち寄ったり領内で馬駆けて回った。気ままな過ごし方だが、花婿が遊んでいていいのかと聞くと「夕方の行事までは花嫁と会えない決まりだから、城外でふらふらしてた方が落ち着くよ」とのことだった。
ギュンターなりに花嫁を迎える直前の気持ちの動揺があるのだろう。
たまに懐かしそうに風景を眺めているのは、アマーリエとの思い出を思い出しているのだろう。余りにも妹至上主義すぎると思うが、ギュンターらしいとも思うのでそっとしておく。
(アマーリエはどうなんだろうな)
ギュンターが郷愁にかられて切なくなるのは予想の範囲だった。
アマーリエは今はどうだろうか。ギュンターの結婚が決まったころ、落ち込んでいて同期に励まされていた。いよいよ明日に差し迫った結婚式に気持ちが沈んではいないだろうかと少し気になった。
(夜に訪ねてみるか)
晩餐の後、就寝前に少しだけ様子を窺ってみることにする。フリードリッヒは気持ちを切り替えて、しんみりしているギュンターに声をかけた。
訪ねたがアマーリエは部屋にはいなかった。
きっと散歩だろうと思い、フリードリッヒは勝手知ったる城内でアマーリエが好みそうなところを探すことにした。
室内着に黒地のガウンを羽織っただけの格好でアマーリエを探して散歩がてら歩くことにする。まだ寝るには早いのでどこかにいるだろう。
ギュンターが在籍中は毎年ヴェッケンベルグ城までギュンターと共に行っていたから、城内のことはよくわかる。またアマーリエがよく好んで訪れる場所は事あるごとに昔からギュンターに聞かされてきた。
アマーリエは中庭にはいなかった。明日の式と会食の準備が一部すでに整えられているが、人気はなく静かなものだった。時折見回りの兵の姿を認めることができる。
会食と言っても立食式の気さくなものになる。中庭に祭壇を作って式を行うのはヴェッケンベルグの伝統だ。中庭は城を警備する兵たちも姿を見ることができる。敵襲に備えて交代で見張りの兵も確保しているが、開けた中庭で行えば姿を披露目できる。また見張りは酒こそ出ないが料理は全員に配られるので楽しみにしているのだと見張りの一人は笑顔で言っていた。
ギュンターの話では隣国アンクウェルペンは国王が病がちらしい。密偵の情報では後継者をはっきりと指名していないため、三人の王子は牽制し合ってピリピリしているらしい。そのため外国を攻めるほどの余裕はないとみている。だからさほど警戒しなくてもいいだろうが、念のため見張りは交代制で見張り中は酒をのまず、見張り前は酒を控えて式を楽しむのだという。
ヴェッケンベルグだけでなく、他の辺境伯家でもそれぞれ間諜を放って情報収集に努めている。集められてきた情報は、国の間諜の情報とあわせて適宜バルツァー家にも届けられる。
(父上は知っているだろうか。帰ったら母上のいないときに父上と話す機会をつくろう)
カサンドラがいたら「結婚っていうのはね愛と愛を結んで……」とか「そんなときにお嫁さんがいてくれたらフリッツ頑張れるし辛くないと思うの」とか「素敵なお嬢さんと知り合ったのよ」などといいながら迫ってくるにちがいない。
バルツァー侯爵たるマルスはそのようなことを一切口にしない。数年前に結婚についてどう考えているかと問われたくらいだ。マルスとの関係性は悪くない。あと十年くらいは騎士でいられるだろうから、その間にいろいろマルスに教わっておきたい。
フリードリッヒはつらつらと将来のことに想いを馳せながら廊下を進んでいく。要塞だけあって廊下は入り組んでいる。何度も角を曲がって、階段を登った。
「っ……」
アマーリエの行きそうな場所を辿って外壁上へと続く階段を登っていたが、小さな嗚咽が聞こえてきて、フリードリッヒは登りきる直前で足を止めた。
外壁上は物見台でもあるが、アマーリエたち兄妹のお気に入りの遊び場の一つであったときいている。遠くにライアーベルクを望むことができる西側の見晴らしのよい位置だ。朝行くと朝日に照らされたライアーベルクが美しかったことを覚えている。物見台でもある外壁上にはところどころ松明が設えられていた。
松明の灯りと松明で照らしきれない部分との境目に心細そうに立っていた。
「……っ……ギイお兄さまぁ……」
白いレースのついたネグリジェの裾が風に揺れているのに、アマーリエはまんじりと動かない。口元を抑えて佇んでいる。
いや、心なしか肩が震えているようにも見える。
いつからそうしているのかはわからないが、アマーリエはライアーベルクの方角を見つめて立ちつくしていた。
「……団長?」
城壁上に吹く風に掻き消されそうなか細く掠れた声だった。近づきながら声をかける。
「よくわかったな」
「何となく……です」
顔を背けて涙をさっと拭って告げる。しかし、次から次へと溢れる涙を指で何度も拭う。
こんな静かな場所で一人で耐えるように涙していちのだと思うと今すぐ抱き締めてしまいたくなるが、その前に気持ちを聞いてやろうと、アマーリエの手をとった。
手を取られたアマーリエはフリードリッヒをふり仰ぐ。目を見開いて丸くしてフリードリッヒを見上げている。美しく澄んだ瞳に浮かんだ涙はとても綺麗だが、擦って拭っているので赤くなっている。
「あんまり擦るな。目が悪くなるぞ」
「団長……」
心細そうな声で名を呼んで新たに瞳を潤ませる。
「どうした? こんな夜中にこんな場所で……風があるから寒いだろう?」
「いえ……この時期はまだ大丈夫です。あと一月もすれば寒くなって……さらにもう一月すればうんと寒くなって、雪も降り始めるんですけど……」
途中で言葉が擦りきれたように途切れた。ふるふると肩を震わせた。肩の震えと同時に涙が浮かんでくる。不安定な様子に胸がいたむ。
ぽろぽろと涙をこぼしながら「……っ……すみませ……」と下を向きながら詫びた。
「大丈夫……です……から……」
詫びる声も、遠慮する声も普段の溌剌とした声とは違ってか細くて消えてしまいそうだ。憂いに沈むアマーリエの様子をこれ以上見ていられなくて
「アマーリエ」
静かに名を呟いて、そっと引き寄せる。
0
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる