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本編
第一印象 ◆●
しおりを挟む(アマーリエの気持ちを大事にしたいだけなんだがな)
騎士になりたいと夢と希望を抱いて入団してきたアマーリエだ。結婚するということは退団するということだ。やめた後は王家の夜会の時に男避けを兼ねて王族付きの騎士として侍る日雇い仕事をする程度だ。アマーリエは今そうなることを望んではいないだろう。
好意を持たれていることくらいはわかる。憧れや尊敬の念を多分に含んでいて、ほのかに甘く混じる異性への好意が見て取れる。きらきらとした綺麗な瞳で見つめられるたびに心が弾む。そんな気持ちになったのは初めてだった。
ギュンターからの情報によると、辺境伯夫人は二十歳の年までは在籍させるようだ。そのころまでは猶予がある。アマーリエとの距離を少しずつ縮めて、気持ちを育めたらいい。
そういう意向をローマンやハンゼルには伝えているが、二人そろって「悠長な」とか「トロくさいことしてるんじゃない」などボロクソに罵ってくる。
アマーリエとアンナの帰省の時に親切でバルツァー家から馬車を貸し出した。ついでにローマンとフリードリッヒ付きの執事であるハンゼルを世話役につけていた。フリードリッヒに対してはともかく、女性への人当たりのいい二人なので、快適な旅ができるだろうとの配慮と、なおかつ断られない人数と思ってつけた。
もっとも、同行させたのは二名と護衛騎士五名だが、こっそりとバルツァー家の騎士を前後に十数名ずつ付かせた。大街道の旅は町が点在しており、軍を通す関係で開けているため安全と言われているが、念のためつかせた。付かず離れずの距離で見守らせ、人知れず危険の排除を行わせた。
国王陛下と王太子殿下のご行幸の時よりはずいぶんこじんまりしているが、道中はバルツァーの名でしっかりとしたホテルやレストランを前もって押さえたりしたので、特に不自由はなかったように思う。
二人――だけではないようだが――アマーリエを気に入って、猛烈に妻にと推してくる。正直困っている。
『ヴェッケンベルグの姫というだけでバルツァー家の妻にふさわしいのに、美しくて愛らしく気さくで飾らない性格で、辺境伯家の教育が偲ばれる。あのお方を逃したらもう一生独身のつもりでいてください。そして奥様と王太后陛下に泣かれ続けるがいい』
主に向かってそこまで言ってくる二人にげんなりとした。
(まあ、確かに。アマーリエを妻にできなかったら、結婚できそうにないな)
女性に集られすぎて嫌になって、ギュンターと相談して作ったのが俗にいう「フリードリッヒ・バルツァーの四要件」だ。確かにアマーリエは四要件すべてを満たしている。四要件にこだわっているわけではないが、四要件を出して以降は女性が迫りくる回数が減ったため、心身ともに楽になった。一部不愉快な噂も出回っているが、些末なことだ。
着飾ることに興味があってもいい。女性とは大なり小なり飾ることに興味を持つものだろう。だからといって、着飾ることしか興味がない女性では困る。
バルツァー家の妻となるからには、不在時に家を任せられる女性でないと戦に集中できない。
フリードリッヒの母親であるバルツァー侯爵夫人カサンドラは元は王女で、どこまでも少女じみた女性だ。普段はふんわりとした話し方をし、花やドレスといった華やかなもの、さらに恋愛小説が大好きで、今でも夫であるマルスを愛してやまない。それでも気品ある佇まいは、カサンドラが王家の出であることを窺わせる。
蝶よ花よと育てられた王女は、バルツァー侯爵家の婦人に求められる仕事や所作は社交以外何一つできなかったが、努力して家の差配を覚え、馬にも乗れるようになったという。習得には相当苦労したようだ。
そんな母親の話を聞いていたため、妻となる女性は嫁ぎ先に馴染む努力をしてくれれば、多少苦手なことやできないことがあってもいいと思っていた。
より良い嫁入り先を見つけることは自分のみならず家や領民のためにもなる。必ずしも醜い行為と捉えてはいないが、しかし大津波のように押し寄せてきた女性たちに嫌気がさして、げっそりしたフリードリッヒを見かねて「条件を出してみたらどうか」と助言して一緒に考えてくれたのがギュンターだった。
アマーリエといるのは心地いい。アマーリエ以上に側にいて心地いい女性は他にいないだろう。
愛らしさと美しさのバランスだけではない。
醸す雰囲気が心地いいのは馬が合うのだろうか。
最初はギュンターの部屋にあった、あの肖像画の妹が来るのか……くらいだった。
『私の可愛い妹が入団するんだ。第十一に入れるから。よろしくね』
女性騎士は先達と重複しない限り所属先を選べるため、ヴェッケンベルグ家としては女性騎士のいない第十一騎士団を希望するということだった。
毎年六月に師団長と第二第三騎士団の団長が面接をする。騎士希望の令嬢は保護者もしくは元騎士の付き添い者とともに応接室で茶を飲みながらの面談となる。元騎士に手ほどきを受けてくる令嬢もいるのでちゃんとした心得のある令嬢もいる。
面接と言っても世間話程度で、令嬢からは志望動機と所属の希望など聞く程度で終わる。所属の希望を聞いたうえで、その場で師団長が独断と偏見で決め、所属する団の団長と対面する。
アマーリエは所属の希望が家族の希望で決まっていたので、フリードリッヒは呼び出しがあるまで待機していた。
『初めまして。アマーリエ・ヴェッケンベルグです。よろしくお願いします』
少し緊張気味だったが、挨拶をして顔をあげたアマーリエのはにかんだ可憐な笑顔を束の間見つめてしまった。波打つ金の髪はハーフアップにしており、乗馬服姿の活動的な装いは何とも溌剌と、金の髪も相まってほのかに輝くような瑞々しい美しさを感じた。
(ああ、なんだ。肖像画なんかより本物のほうが愛らしいじゃないか)
そんなことを思ってしまったのを覚えている。
さんざん罵られた挙句「国王陛下と王太子殿下のご行幸の次くらいには安全で快適な旅」を約束させられたが、ギュンターの了承を得たのでアマーリエを誘ったら喜んで了承してくれた。
あっという間に出発の日が来て、出発となった。
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