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本編
小さな妖精《クライネフェー》 ◆●
しおりを挟む『私の王子さまがいなくなってしまったのです!』
銀髪に近い色味の波打つプラチナブロンドの髪をもつ小柄女性は小柄で可憐な姿から妖精の渾名を冠していた。騎士団内では「小さな妖精」と呼ばれていた。
フリードリッヒは当時すでに団長職についていたため、部下に涙目の小さな妖精から話を聞いてくるように言ったが、口の悪い同期に「訳アリのようだから、無駄に良い顔を生かして優しく声をかけて来いよ」と言われ、また部下にも強く押されて声をかけてみた。
声をかけたところ、瞳にためた涙を零しながら先のように告げた。これまで巡視路に必ず現れる妖精として有名だったが、これまで話しかけられたことはなかったため、声を始めて聞いたことになる。
『フロイライン、王子とは誰のことでしょう?』
『あなたさまくらい背が高くて、金髪碧眼のとっても逞しい王子さまです!』
王子ではないが、どこかで聞いたことがある容姿だなと思った。
『その者はギュンター・ヴェッケンベルグという名でしょうか?』
『ギュンターさまとおっしゃるのですね、お名前まで素敵。……というのも王子さまのお名前は正確にはわかりません。でも四年間ずっと見ていましたの。昨年やっと結婚できる年齢になったから、勇気を出して話しかけようとしたのですが、あまりに素敵でお声をかけることもできませんでしたの』
小さな妖精は今年十九になるらしい。小さな妖精ことヴェローニカは小柄で愛らしい容姿から、最初は十歳くらいに思われていて「チビちゃん」と呼ばれていたが、もう少し年齢が上らしいとなってギュンターが退団する前頃には「ちびっこ妖精」となった。女性に失礼だということで一部では 小さな妖精と呼んでいた。
無言で、目を潤ませて頬を染めて愛らしい表情で騎士団の巡視を見つめているちびっこ妖精。渾名に妖精がついたのは容姿の愛らしさもさることながら「声を聞いたことがないから」だといわれている。愛らしい顔で物言わず人間を見つめている妖精ということらしい。
『でも今年こそと思ったのですが、今年の一月末日以降三カ月もお姿を拝見しておりませんの。王子さまは内勤におなりになったのでしょうか? まさかお怪我かご病気をなさったのですか?! 大変です! 良いお肉を持ってお見舞いに……』
言いながらパニックになっていくヴェローニカを宥め、巡視を部下に任せて自宅まで送り届けてやった。
ギュンターをはじめとするヴェッケンベルグ三兄弟は一月の末で退団している。退団理由は「最愛の妹が来年入団するため、実家にかえって妹と過ごす時間を持ちたい」からである。
常軌を逸した理由であったが、騎士団では「重度の妹至上主義」で有名だったため、「そうか」と言葉少なに受け入れられた。妹至上主義(シスコン)であるというところを除けば実力もあって信頼もされている誠実な男たちであったため、退団を惜しむ声は多数あった。
そのまま伝えるわけにはいかなかったので「彼は実家を継ぐために退団しているが、ギュンターとは友人付き合いがあるので、ギュンターが良ければ今度会う場を作っても良い」と伝え、話をする場を持った。
ギュンターをずっと見続けていたらしいが、騎士団は――本人すら――ギュンターを見ているとは思っていなくてかなり驚いていた。
顔合わせはカフェで行った。紹介したものとしてフリードリッヒも立ち会った。家族の話になった時に何のためらいもなくアマーリエの肖像画が入ったロケットを出して見せたギュンターに「まあ可愛らしい」と無邪気な微笑みを返したヴェローニカの様子に、ギュンターと上手くいくだろうなと思った。
だから、ギュンターが結婚するという話を聞いて心から祝福の言葉を述べた。
相手はあの小さな妖精ことヴェローニカだ。一年近くかけて愛を育んだらしい。それからさらに一年の準備期間を経て結婚することになった。ヴェッケンベルグ領で親戚や本城の家臣への紹介を兼ねた式をあげ、王都でも式と披露目を行う。
『でね、本城で正式な結婚式をあげるんだけど来てくれるかい?』
『無論だ。ちゃんと駆けつける。……そうだ、アマーリエの休みはどうする? 女性の準備には時間がかかるだろうから、念のため前々日には着くようにした方がいいか?』
『助かるよ。母上が張り切っているからね。アマーリエの準備というより、準備そのものを見せたいようなんだ』
『わかった。……それで、良ければアマーリエと共にヴェッケンベルグまで行っても構わないだろうか?』
『安全で快適、何一つ不自由のない旅を提供してくれるならばね』
『お任せください。国王陛下と王太子殿下のご行幸の次くらいには安全で快適な旅にいたしますので、フリードリッヒにアマーリエさまをお守りする栄誉と機会をいただきたく』
フリードリッヒが口を開くより早く、控えていた従者のローマンがギュンターに一礼する。ローマンは単なる従者ではなく、フリードリッヒにとっては乳兄弟で、何でも話せる男だった。
『普段、一つ屋根の下で暮らしておきながら、仕事にかまけて何一つアプローチをしない怠惰な男ですが、剣においては有能な男です』
『おい、ローマン。そこまでいうことはないだろう』
何でも話せるだけに言いたい放題けなされる。
何一つアプローチをしていないわけではない。食事に出かけたり他愛のない雑談をしたり、たまに遠駆けに誘ったりしている。ちょっとした贈り物もしているので、好意は示せていると思っている。
しかし、ぐいぐいアプローチをかけて母親や祖母に感づかれてしゃしゃり出てこられたたら、当事者を置き去りにしてあっという間に結婚式の日程まで一気に――しかも三か月以内の日付けで――組まれてしまうだろう。それは避けたい。
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