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本編
可愛い思い出 2◆
しおりを挟む「そうだな、あと……ギュンターと遠乗りに出たとき、ギュンターが遠くなったヴェッケンベルグの城を見ながらいろいろ説明してくれたな」
「飾り気のない武骨な城ですから、あまり見るところもないと思いますけど」
「砲台の場所も教えてもらったし、戦いになったら窓から攻撃もできるように移動式の投擲機もある。どこの窓からでもできるんだろう?」
「はい。攻撃拠点として使いますから、王城のように大きくてきれいな窓ではないです。狭いのでちょっとコツがあるんです」
換気と明り取りの窓であるが、普通の貴族の屋敷のような大きくて綺麗な窓枠などヴェッケンベルグにはない。窓から侵入されないように小さめの作りとなっている。綺麗な窓枠の代わりのように罠を仕掛けられるスペースがある。
「八十年少々前にアンクウェルペンとヴォルティエ連合軍が攻めてきた時の攻防について実地で解説してもらえて面白かったよ」
「とても大変だったと聞いています」
曽祖父の代に両国が示し合わせて攻めてきたため、南の砦――今とは位置が違うが――では間に合わず、ヴェッケンベルグ本城まで撤退したという。本城での激しい攻防の間に周辺の領主は防御を固め、王都への援軍を請い、王都からの援軍と周辺領主からの援軍――率いたのは無論バルツァー家――でもって両国を追い返した。
ラーヴェルシュタイン王国は攻められたらきっちり守るが、積極的に攻めていかないお国柄だ。しかしこの時ばかりは攻めに攻めたと記録に残っている。
「先人の努力と英知を感じて感慨深かったよ」
自分の先祖もかかわった戦であり、当時を知る者もすでにない。曽祖父から口伝てに聞いた話でのみ伺うことができる。
「感慨深く窓辺を見ていたら、突然白いもの――多分シーツを繋げたロープがぱらっと下の出窓まで降りてきた」
「え……」
(どこかで聞いたことのある話が……)
ぱっとフリードリッヒのいう光景の一部が浮かんだ。張り切った自分の姿だ。
『ギイお兄さまのお友達のお部屋はこの下だわ! よし! シーツを切って、繋いで……』
「スカートをはいた小さな女の子がするすると降りてきて」
「ひっ……」
張り切った自分の姿が浮かんだ。
『アマーリエは良い子のご挨拶をするのよ!』
「見事に下の部屋には入って行ったけど、しばらくしてしょんぼりして出てきたな」
「うっ……」
張り切ってはしゃいだ気持ちが萎んで下を向いていた自分の姿が浮かんだ。
『うう~お兄様もお友達もいない……お散歩に行ったんだわ。いいなあ、アマーリエも誘ってくれたらいいのに』
「降りて来たときと同じようにするすると紐を伝って昇っていった。窓に入って行ったらすぐに女性の怒鳴り声がした」
「きゃっ……」
母親の雷鳴もかくやとすさまじい怒声が頭の中に響いた。
『だって~お兄さまのお友達にご挨拶してないもん……うえ~ん、ごめんなさいお母さまぁ~……お父さま~』
怒り狂ったイルムヒルデに怒鳴られ、怒鳴り声を聞きつけたらしいカルーフに慰めてもらった。
「きゃあぁっ止めてください~」
アマーリエがたまりかねて叫ぶとフリードリッヒはおかしそうに笑った。少年のように屈託のない笑い声をあげるフリードリッヒを初めてみた。普段の大人の男性の理性的な顔とはまた違ってみえて見とれてしまいそうだが、見とれている場合ではない。
「可愛い思い出じゃないか」
「だ、駄目です! 恥ずかしいっ」
アマーリエの叫び声に馭者台の二人が何事かと振り返っている。随行の騎士たちも大き目の窓からなかを窺っている。フリードリッヒは何でもないと手を振って知らせたが、皆のフリードリッヒを見る目は厳しかった。
今までギュンターはフリードリッヒを何度か実家に招待していた。最初のとき以外は親戚の家に預けられた原因が、フリードリッヒ曰くの「可愛い思い出」であるシーツロープを使った垂直移動を行った件である。
六歳のアマーリエとしては、長兄の友達に挨拶に行きたかった――というか遊んでほしかった――が、イルムヒルデは「お客さまを煩わせては駄目」といって許可しなかった。
『こっそり行けばいいんだわ!』
しまってあるロープを取り出して念のため命綱にして、シーツを取り出して切ってロープにして……という教えてもらったばかりの垂直降下の方法を使ってこっそり降りたら良い。
とてもいいアイディアだと信じていた。絶対ばれないと信じて疑っていなかった。
しかし、リネン庫などを漁るアマーリエの目撃情報が多数あり、何かするのではと心配した家人がこっそり見守っており、アマーリエが垂直降下を始めた時にはイルムヒルデへ報告に走られていた。しょんぼりして上に戻ってきたタイミングでイルムヒルデが現れて説教されたのだった。
「そういえば結局、あの後もアマーリエと話すことはなかったな」
「お客さまに失礼があってはいけませんので……」
「恥ずかしくてお客人の前に出せません!」と言われ、食事も別にされてしまった。四日間のフリードリッヒの滞在中、一度も会うことができなかった。
以後理由をつけて遠ざけられてしまった。
フリードリッヒと会うことはなかったが、遠眼鏡――姿だけでも見たくて懲りずに父の所有の遠眼鏡を持ち出してのぞき見してばれて父には叱られなかったが母には叱られた――で見た印象は「黒髪で背の高い、細くて薄いお友達」だったのはナイショにしておきたい。
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