【完結】【R18】女騎士はクールな団長のお役に立ちたい!

misa

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本編

可愛い思い出 1◆

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「そういえば、ヴェッケンベルグに行ったとき、アマーリエは最初以外は不在だったな」
「親戚の家にいました。祖父母も叔父の所にいますので」

 ヴェッケンベルグは国境沿いに縦長の領地を持つ。西に隣接する二国――ヴォルティエ王国とアンクウェルペン王国――のうち、ヴォルティエ王国から王太子レオポルトの妃を迎えて同盟を結んでいる。
 一方、アンクウェルペン王国とはここ数代に渡って同盟を結べていない。それどころか虎視眈々とラーヴェルシュタイン王国を狙っているらしい。ただ幸運にも、アンクウェルペン国とヴェッケンベルグの国境の半分はラーヴェルシュタイン王国の北から北西にかけてそびえる山脈で仕切られている。大々的に侵攻してくるなら、基本的に山脈のない南側から来るため、南側には大きい砦をおいている。

「ああ、叔父上はヴェッケンベルグの南の砦を治めておられるんだったな」
「はい。一族の中で優秀なものが治めるのが代々の掟です。次は従兄……叔父の子がそのまま治めるか、兄のどちらかが治めるかという話ですが、兄二人ともに長兄の手伝いをすると言っていますから、従兄が治めることになると思います」

 ヴェッケンベルグの領地の真ん中にアマーリエの実家である本城があり、北側と南側に砦をおいている。二つとも親戚が治めていて、行き来はある。
 南の砦は今代は叔父が治めており、アンクウェルペン王国に近いが、ヴォルティエ王国にも近いため賑やかな町だった。ヴォルティエ王国やアンクウェルペン王国の文化が入って来やすい土地柄だったからだ。
 アンクウェルペン王国とは国との正式な交易は結んでいないが、商魂逞しい一部の商人が商品を持ってやってきている。
 ただ、それだけに危険もあり、一族の中の優秀なものがそれぞれ砦を治めるという掟が代々受け継がれてきた。

「とても賑やかな町だったな。ヴォルティエやアンクウェルペンの菓子が普通に並んであったのには驚いた。シューを用いた菓子が当時から食べられたから、そういう意味では最先端な町だった」

 「シュー」とは正式には「パータ・シュー」という。バター、水、小麦粉と卵のみから作られた生地は膨らんで、軽くてサクサクしており、中が空洞になっている。中の空洞にクリームを入れた菓子が一般的だ。王太子妃の輿入れとともにラーヴェルシュタインに伝わってできたのが、フロッケンザーネトルテである。
 王都では王太子妃の輿入れ以降からシューが食べられたが、ヴェッケンベルグではそれよりも前から食べられた。確かに食文化という点では王都よりも進んでいただろう。
 それなのにお茶会デビューのときに「田舎者」扱いされて理不尽に感じた。

「ふふ……私はもうお菓子に夢中でした。特にヴォルティエ王国の菓子は凄く美味しかったです」

 ヴォルティエ王国はラーヴェルシュタイン王国ほど大きくはないが、食文化が豊かだった。特に焼き菓子の盛んな国で、まるで宝石のような菓子がたくさんあった。
 また服飾文化も豊かだったので可愛い小物が多くて、アマーリエは護衛付きとはいえ、とても楽しく遊んでいた。王太子妃の輿入れと共に服飾文化もまた取り入れられて浸透してきている。
 アマーリエは「お爺さまとお婆さまのお家にお使いに行く」といった名目で七歳の年から秋には南の砦町に行っていた。
 理由はお転婆のアマーリエをこれ以上客の前に出せないという母親の判断だった。
 適当な名目で追いやられたことに気付いたのは、騎士になってからだった。

(鈍いにもほどがあるけど、役目を与えられて嬉しくて、お爺さまたちの家に遊びに行くと楽しくって夢中だったのよね)

 楽しく遊んで実家に帰ってみたら、兄のお客様は帰った後だったということを何度も繰り返していたのだから、アマーリエは自分でも嫌になるくらい単純だった。
 辺境伯夫人であるイルムヒルデが客人の前に出せないと判断した理由は、アマーリエの行いにある。
 アマーリエにも言い分があるが、家の内部のことは女主人であるイルムヒルデが駄目だといえば駄目だった。
 ヴェッケンベルグでは、男たちが戦っている間留守を守る女の意見を無碍にできない。だから、兄たちだけでなく父カルーフですら逆らえなかったのは仕方ない。

「一番最初に来たとき、ギュンターと伝令ごっこをして倒れ込んだのはいい思い出だよ」
「すごく大変なのになさったんですよね。どちらが言い出したんですか?」

「伝令ごっこ」と軽く言ったが、ものすごく大変なのはフリードリッヒもやる前からわかっていたはずだ。
 ヴェッケンベルグのみならず辺境伯家では、外国から攻められたときには即時に軍を起こすが、一方で伝令を王都に向けて跳ばす。外国から攻められたことの報告と援軍を要請する。馬車で十日の道をほとんど飲まず食わずで、休憩も取らずに馬替えをしながら二日で駆ける。そのために街道が通る土地の領主は、街道の管理――同時に一定数馬を置いておくなど厩の管理――を厳しく義務付けられている。

「私だよ。雑談で話してくれた「伝令ごっこ」を実家に帰るときに一度やってみたいとね。一度は訓練でやったと聞いていたから頼んでみたら、あっさり同意してくれた」
「兄と家の事とか話をしていたんですね」
「ああ、跡継ぎ同士だ。しかもギュンターはヴェッケンベルグの跡継ぎだ。将来の展望など意見を交換しておくのもいいと思ってね。何もないのが一番いいが、何か起きたら軍を出さねばならない」

 王族と王都の治安を守るのは騎士の仕事だが、郊外の治安維持は軍人が行っている。騎士は貴族しかなれないが、軍人は平民でもなれる。平民の男性には比較的人気の職業だ。
 ただ、軍人は外国との戦争や国内の地方で反乱が起きた際には鎮圧に赴かなければいけない。救援要請があれば、国王陛下の名のもとに軍を起こして国軍の第一陣として送る。
 国軍を指揮する元帥の役目を代々担っているのはバルツァー侯爵家だった。

「ちゃんと知っておきたかったんだ。私はバルツァー家を継ぐ者として、いろんな役割と苦労を知っておかなければ、適格な対処はできないよ」

 淡く微笑むフリードリッヒにアマーリエは見とれてしまう。
 見目が麗しいだけではない。将来のことをいろいろ考えてて、責任感もあって――

(ああ、何て素敵!)

「ご立派です。……どうでした? 伝令ごっこのご感想は」

 アマーリエの問いに、口元を緩めてフリードリッヒは述懐する。

「ついた途端に倒れ込んで丸一日寝込むとは思わなかった。次の日、起きてからパン粥がとても美味しくて、がっついたのを覚えている」

 意外な感想にアマーリエは口元をほころばせた。
 伝令の練習は十六歳以上の若手が年に一度は行う。伝令役に指名されるのは若手が多いからで、馬車で十日の道のりを二日で駆けるのは体力がないといけないという理由があったからだった。
 大変だということはギュンターもちゃんと話をしたはずだ。ギュンターは入団前の十五の年に家人と伝令役をやったことがあった。実家から王都だけでなく、王都から実家までの距離もせっかくだからとやったらしい。流石に疲れたらしく、ギュンターは帰ってきてすぐに丸一日ベッドでぐったりしてしまった。
 わかっていてやってみる無鉄砲さには、何だか近しい感じを受ける。遠い憧れの存在にも自分に近い存在だったころを感じさせた。


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