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本編
戦う意志
しおりを挟むマティアスの説明にあった通り、三日目にはフリードリッヒは治まった。それから七日間の特別休暇を貰った。
体はだるいし下腹部に違和感があったが、痛みもなかったので休暇を貰う必要もないと言ったが、フリードリッヒもマティアスにも体を休めるように言われた。
体を休めるように言われたものの、部屋にいなくてはいけないわけではなかったが、風邪を建前に三日間過ごしたため部屋で大人しくしていた。
フリードリッヒが薔薇の雫を飲まされたことは話してはいけないと言われたので、アンナにも言っていない。飲んだ次の日に訪ねて来てくれたアンナには、フリードリッヒと相談して「風邪気味」とだけ言ってごまかしていた。とりあえずあと二日くらいはマティアスが面倒見てくれるからと伝えた。回復したと伝えたが、心配したアンナは食事を食堂から取ってきたり風呂の用意をしてくれたりと甲斐甲斐しい。
ただ風呂に一緒に入るのは何とか断った。普通ならお気に入りのバスオイルを入れてアンナと一緒に入浴を楽しむのだが、今回は何とか断った。
(ここ……見られるわけにはいかないもの)
胸元に小さなうっ血がある。いわゆるキスマークだ。
いつの間にか付いてしまったものだ。挿入ていないときも、戯れのように肌を吸っていたので、きっとその時についたものなのだろう。
(良かった。団長のお役に立てた)
三日間は実に長かった。特に一日目はひたすらフリードリッヒに抱かれてベッドで過ごした。記憶が曖昧なほど何度も気持ちよくなってしまった。
食事は三食ともに、マティアスが用意してくれてとても助かった。執務室に時間を決めて用意してくれたのだが、喘ぎ声を聞かれていないことを祈るより他はない。
夜だからしたくなるわけではなく、突発的に性衝動が起こるそうだ。フリードリッヒは初めてなのに加減をしてやれなかったと何度も詫びた。また巻き込んだことを申し訳ないと言ってくれた。
『すまない。こんなことに君を巻き込んで……。ギュンターに……君の家族にも詫びなくてはいけない』
『そんな……詫びなど不要です。団長、私は騎士としての団長を尊敬しています。私ができることをしたいと思って、私は覚悟してこの場にいるんですから』
騎士として敬愛している。
男性として愛している。
二つの想いのうち、一つを隠して告げた。
まっすぐに敬愛する気持ちだけでも伝えられた。しかも、フリードリッヒの為に身をささげられたのだから、アマーリエは満足している。
騎士としては、実力は第十一騎士団で上位に食い込めるが、十番以内に入るのはちょっと難しいかもという中途半端な腕だ。護衛デビューが遅れてとても気をもんだと思う。
そんな身でも、やっとお役に立つことができて嬉しい。誇らしいような気持ちだ。
(団長は大丈夫なのかしら。しんどくはないのかな……)
フリードリッヒはすでに仕事に復帰している。アマーリエの感じている気だるさは異性を受け止めたが故の倦怠感だが、したほうは疲れなかったのだろうか。疲れを隠して仕事をしていないだろうか。
(お茶を淹れてさしあげたほうがいいかしら)
女性騎士が団長や副長にお茶を淹れることは他の団でもよくあることなので、アマーリエもよく淹れることがある。一応要不要を確認して――一声かけてから淹れるようにしている。
部屋を出て団長の執務室の前でノックしようとしたところで話し声が聞こえた。
相手は副長だ。
「抱きたくなかった! 抱いたことを後悔している!」
「フリードリッヒ」
凍てつく鉄槌が胸に振り下ろされた。殴られた衝撃でふらりと視界が揺れて、身が傾ぎそうになった。
凍ったものに打ち据えられ、アマーリエはその場で震えた。戦慄いたあと、寒さに感覚を失くしてしまったかのように動かすことができなくなった。指だけでなく、体も動かせない。何かが重くアマーリエに圧し掛かってくるようだった。
「許容できるか! 到底満足できるものではない」
フリードリッヒとマティアスの会話はまだ続いている。
体は動かすこともままならないのに、代わりのように心臓だけが拍動を早くし、息が乱れそうになる。じわりと額や背に汗が滲む。滲んだ汗すら冷たかった。
がたがたと身を震わせながら身を掻き抱いた。吐く息を殺して一歩後退する。アマーリエはそのまま数歩引き下がって踵をかえした。
足がもつれそうになりながら、何とか歩いて自室にたどり着いた。
鍵をしめてからベッドへなだれ込むように腰をおろす。ぽたぽたと止め処なく涙がこぼれ落ちていく。
(私は女としても何の役にも立たなかったんだ)
じわっと胸の内にこみ上げてきた感情が胸を焼いた。喉まで爛れたように痛い。
痛みのためか涙がこみ上げてきて、目の端にたまる。
お気に入りのクッションを抱きしめて突っ伏した。
フリードリッヒは薬を飲まされて、薬効を解消するために不承不承抱いたということは理解しているつもりだ。
それでも、満足はさせられたと思っていた。
だが違ったのだと気づかされて、アマーリエは感情の赴くまま泣いた。
泣くだけ泣いて、気づくと陽がだいぶ傾いていた。時計を見ると四時間ほどたっていた。
身を起こして窓辺へと寄る。
ほとんど沈んでしまった陽は、空に名残のように残っている。ほとんど宵闇色に覆われた、空の一部に残る青空との境目にある薄明の色に自然と涙が浮かんだ。
(フリードリッヒさま)
一部に星の瞬きが見える。先日は近くに見ていられた色が遠くに行ってしまったようで、無性に悲しくて胸にせりあがる感情が胸を締め付けてたまらない。
『アマーリエ、大丈夫か。起きられるなら、食事にしないか?』
疲れて体を横たえたアマーリエにフリードリッヒは気づかわし気に、アマーリエの乱れた前髪をそっと横に流しながら問いかけた。
薄明の美しい眼差しに気遣いの色が滲んで優しくアマーリエを見下ろしていた。
『はい。大丈夫です。……お腹すきました』
優しい声が嬉しくて、アマーリエは気だるさを隠して身を起こした。
ふと思い起こした光景にせり上がる感情を堪えきれず、その場で大粒の涙を一粒零した。
薄明の色が宵闇に完全に染められていくまで、まんじりともせずに見上げていた。
息を軽く吸う。
ゆっくりと吐き出す。
何度か繰り返して心を落ち着ける。
心を磨ぎ澄まして挑む時の教えだ。
(戦おう。私はヴェッケンベルグの娘だもの)
女として役立たずのアマーリエだが、ヴェッケンベルグの娘だ。戦うことを諦めてはいけない。手を引くにしろ、次に戦うための撤退を行う。徹底した戦いの教えはアマーリエの中に息づいている。
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方法はまだ思いつかない。そもそも薔薇の雫に関する情報はアンナとマティアスに聞いたことがすべてだ。
最初に見つかったのはいつか。発見事例はどうか。団の調査方針はどうか。そんな細かな情報をアマーリエは知らない。
(まず、情報を集めよう)
知らないことには始まらない。己の身の安全はさておき、どうしたら仇をとれるかをアマーリエは考えることにした。
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