13 / 81
本編
夢が叶った日 1
しおりを挟む「え、もうそんな時間なのね。残念だけど、部屋に戻るわ」
女官に促されて、第六王女カタリーナ殿下は残念そうに告げた。
女官と二人で部屋まで送り届けるも、カタリーナは名残惜しそうに眉を寄せて押し黙る。淡い色の金の髪が心なしかくすんで見える。
王家主宰のパーティーに限って参加を許されている王女にとって、夜会の煌めきは眩く映るのだろう。アマーリエは微笑ましく思い、年若い王女の気持ちを和らげたくて片方の膝をついて騎士の最敬礼をとった。
「殿下、本日はお側に仕えることができて光栄でございました」
恭しく口を開くとカタリーナは、小さく微笑んでアマーリエを見つめる。水晶のような瞳が愛らしく輝く。
「ご苦労様でした、アマーリエ。また、護衛に来てちょうだい。次はアンナが付くから、その次だわ。……本当はアンナと二人でついて欲しいのよねぇ。そうしたら、とっても楽しいわ」
はしゃいだ声をあげるカタリーナが愛らしくてにっこり笑いそうになるのを堪える。「笑うなら慎ましく」が護衛の心得なのだから。
アマーリエに代わって筆頭女官である伯爵令嬢が上品に微笑んだ。
「まあ、殿下。イザベラ殿下がお怒りになりますわ」
「ふふ、そうね。だから、アマーリエとアンナには交互についてもらうということで、お姉さまとは話がついているのよ」
カタリーナは気を取り直したように笑って「またね」と部屋の奥へと入って行った。
(良かった。お気持ちが解れて)
アマーリエは安堵しつつホールに戻り、フリードリッヒの姿をさがす。騎士礼装に、限られた者のみ付ける飾緒や勲章が凛々しい長身は、すぐに見つかった。アマーリエは近づいて団員として報告する。
「団長、カタリーナ殿下を無事お部屋までお送りしました」
「護衛、ご苦労だった」
低い声が初仕事に緊張している体に甘く染み入ってきて、恥じらうような誇らしいような心地で一礼をした。
「我が儘王女の相手は疲れただろう?」
労るような柔らかな口調に恐縮する。
「そんな。殿下はとてもお可愛らしい方で、我が儘などおっしゃいませんでした」
「そう言ってくれると助かる」
口元をほころばせて安堵する言葉にアマーリエは視線を俯かせた。
(どうしよう、団長恰好良すぎる)
普段の姿ですら麗しいというのに、今は普段目にしない騎士礼装姿だ。絵物語にでも出てきそうな、理想的な凛々しい騎士そのものの姿をなかなか直視できないでいた。心臓が早鐘を打ってしまう。
「うつむいているが、やはり疲れたのではないか?」
初仕事ということでフリードリッヒは気を使ってくれているようだ。本当ならアマーリエは昨年デビューしていたはずで、今日のフリードリッヒの負担は一人分は減っていたはずだ。
(ごめんなさい、フリードリッヒさま)
自分の力不足のために迷惑をかけて申し訳なくて心の中で囁いた。心の中で密かに名を呼ぶことがある。心の中とはいえ密かに名前を呼んだことに、おそれ多い気持ちで心苦しくなりつつも秘めやかな喜びを感じる。
アマーリエにとって単なる所属部隊の団長ではない。敬愛と親愛と何より大きな恋情を抱く相手で、義姉の言葉を借りれば「理想の王子さま」なのだから、対すると気持ちが高揚するとともに引き締まる。フリードリッヒの役に立てるような騎士でありたいと自然とそうなるようになっていた。
「いえ、平気です。殿下はまだパーティーをお楽しみになりたかったようですが、女官の促しにご不満を漏らすことなくお戻りになりました。また、私のことも労ってくださいました。殿下にお仕えできて光栄でした」
カタリーナは小さい頃は自己主張が強かったそうだが、今は王女らしさと年頃の少女らしさが半々くらいではないだろうか。
「それなら良かった。これで任務としては終了だ。ご苦労だった」
「いえ……あの……団長」
上目にフリードリッヒを見上げる。光の加減で青にも紫にも見える、不思議な色合いの眼と視線が交わる。
「どうした?」
フリードリッヒと目が合った途端に、パーティーの賑やかさもどこかに飛んでしまって、フリードリッヒの声だけが良く聞こえた。
(い、言わなきゃ……ダンス、踊ってくださいって)
心臓が高鳴り「あ、あの……その……」と意味のない言葉しかでてこない。
言葉につまってちらちらと視線をさ迷わせていたが、目の端に止まった光景にはっとなる。
『いいこと、恋は戦いなのよ! 常に前を向きなさい』
(そうだわ。ヴェッケンベルグの娘が戦いから逃げてはいけない)
心に思い起こした薫陶に、アマーリエは顔をあげる。
「ア、アンナと一緒に帰る約束をしたのですが、今はアレックスと踊っているようですので、アンナを待つ間、わ私とダンスを踊っていただけませんか?」
「ダンスか……」
フリードリッヒは呟いて黙り込んでしまう。時間潰しと思って軽い気持ちで踊ってくれればいいのだが、暇潰しのような扱いに矜持を傷つけてしまっただろうか。
ああ今ほど沈黙を恐れたことがあっただろうか、とアマーリエは自問した。世界からすべての音が消えたような錯覚に陥った。だからだろう、心臓の鼓動がやたらと耳に響く。
「かまわない。アマーリエはダンスが好きだったな。では二~三曲くらい付き合ってもらおう」
「よろしいのですか? 何曲も踊っては、お仕事に支障がでるのではないのでしょうか」
「女性騎士をエスコートしたり踊るのは、緊急時以外は制限しないと、師団長から達しがきている」
「そうなのですね」
(ああ、ありがとうございます。師団長閣下)
女性優位主義者の師団長を思い描いて、心の中で礼を言う。
「証拠にあの二人は基本的に三曲踊っては休憩し、また三曲踊ってから帰っている。一度終会まで踊ったりしたこともあったが、特に咎め立てもなかった」
三曲続けて踊るのは、かなり深い仲の場合のみだ。それを許すとは、アンナが意識していないというより、アレックスがよほどうまく誘っているのだろう。
(アレックスは頑張っているのね)
アンナたちが沢山踊るというなら、二人が踊り終わるまでアマーリエはフリードリッヒと踊っていられる。
思うより先に口元をほころばせてしまう。じわじわと嬉しさがこみ上げてきて、噛み締めるように微笑んだ。
(嬉しい! ああ、エリーゼお姉さまの教えのお陰だわ)
エリーゼはアマーリエの入団前に結婚引退した元騎士の先輩だ。師団長の娘で、昔はよく遊んでもらったので、幼いころから馴染みのあるお姉さまだった。
エリーゼは十六年にも及ぶ片想いを実らせた行動派だ。だからエリーゼの恋愛哲学には一家言ある。
「私と踊ることで多少迷惑をかけるかもしれないが、必ず守るので安心して欲しい」
「迷惑ですか? 光栄に思いこそすれ、ご迷惑になることがあるはずもありません」
「私の母と祖母がな……」
「あ……団長の侯爵夫人と王大后陛下はとてもご熱心でいらっしゃると、聞き及んでいます」
二人はフリードリッヒが妻を迎えることを、一日千秋の思いで手ぐすね引いて待ち望んでいる、という話をアンナから聞いた。多分今日もこの会場のどこかで目を光らせているのだろう。
(それが何で迷惑になるのかわからないけど……私、また団長とダンスができるんだ)
0
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる