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2話 異世界転移、始めました

2話⑤

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 道中、小さな森を見つけたので休憩がてら立ち寄った。幸いここにもツコの木が生えていたので、熟した実がないかと歩み寄る。すると、木の根本───厳密には根元の近くに落ちたツコの実の周りには、犬のもののような足跡がいくつか残されていた。こういうものにも有効なのだろうか、と試しに鑑定ウィンドウを出してみると、何故か踵側ではなく足跡の側面、しかもだいぶ低い位置に浮いて出た。

「ええ、読みづら……」

 物体を裏向ければウィンドウも追従してくるが、足跡となればそうもいかない。少し考えればわかることだった。仕方なく膝を付け、頭を下げてウィンドウの文字が読めるように目線を下げていく。小さなウィンドウに短い文章が浮かんでいた。


 ラキシオンの毛
 獣系モンスター「ラキシオン」の体毛。
 入手方法:簡単


「あ、抜けた毛の方か」

 どうやら足跡に反応した訳ではなかったらしい。地面に指を擦り付けると、確かに短い毛が幾つか拾えた。もちろんその毛に、ウィンドウもついてきた。
 情報量は少なかったが、この森にはモンスターが居るようだ。落ちている実に歯形が残っていることから、草食か雑食かの獣。流石に名前からは容姿は微塵も検討がつかないが、足跡の大きさからさほぼ大きくないモンスターだろうと判断する。ふむ、と小さく唸りながら立ち上がると、ツコの木周辺をぐるりと見渡す。

「試しに罠でも張ってみようかな」

 木に巻きついた蔓を適当に剥ぎ取って───先に葉っぱだけを鑑定して毒性を確認してから───輪っか状に結び、茂みの低い位置にある枝に引っ掛ける。モアイだか何だか言う、船を繋ぐ時に使う結び方で、弛んだ輪っかを引っ張ると締まる罠を見様見真似で作ってはツコの木の周りに5つほど仕掛けてみた。輪の先には落ちているツコの実を配置して、これを食べようと首を伸ばしたところをキュっといければいいなぁ、というものだ。延びた蔓を少々高めの木に括り付けておけば、例え人が通った場合でもここに罠があると一目でわかるだろう。
 罠を仕掛けた後は未だ木に成ったままの、もう少しすれば落ちていく実を手早く摘み取って紙袋に突っ込む。そういえば実は食べかけの物だったので、別の個体の臭いがついているものは嫌がるかもしれないからと、新しい実を割って罠のうち2つに配置する。

「街でラキシオンとやらのことを聞かないとな」

 運良く罠に掛かっていたとしても、それが兎海に捕まえられるものかどうかの判断を付けないといけない。実際の大きさや凶暴性についてはしっかり聞いておかねばならないだろう。加えて、素材が換金できたりしないか聞いておきたい。ラキシオンだけでなく、この辺りで小遣い稼ぎのできる情報も。何だかやることが多いなぁ、などと溢すも、チュートリアルとして詰め込まれる情報としてはこんなものだろうとどこか楽観的だ。
 ふう、と一つ息を吐いてから、兎海はさっさと森を後にする。罠を仕掛けたからと言ってずっと見張るわけにはいかないし、宿を取らねばならない。スカートを軽く手で払い土や小さな葉を落としながら、轍の続く砂利道を街に向かって歩き出した。


 程なくして、道の途中に石造りの塀が見えてくる。ところどころ欠けたり割れたり削れたりと歴史を感じる佇まいながら、非常に盤石で頼もしい姿をしている。塀と塀の途切れた場所、つまり門には門番であろう軽装鎧を着た二人組が街の外に向かって立っている。向こうにもこちらは見えているだろう。表情まで見えているかどうかはわからないが、敵意はないとばかりに満面の笑顔を作り、緩やかに腕を振って見せる。何者かに追われている訳でもないので、のんびりとした、それでいて陽気な足取りを心がける。

「よう、お嬢さん。見ない顔だな、お使いかい?」
「いいえ、宿と職を探しに参りましたの」

 門番の一人が気さくに話しかけてくるので、こちらも笑顔で対応する。慣れた手付きでふわりとスカートを広げ、左手を胸に当て軽く一礼する。メイドリフレで身につけた様式ではあったが、こちらでも通用するようで二人も敬礼を返してくれた。

「召使いさんが職を?」
「ええ、長年勤めさせて頂いたお屋敷からお暇を頂きまして。こんななりでももう召使ではございません」

 身につけている衣装故に訝しまれはしたが、その内容に不審な点はなかったようだ。そういうこともあるよな、と門番二人は顔を合わせて頷き合い、街に向けて手を広げる。

「ようこそ、交易の街ラグクスへ!」
「困ったことがあれば傭兵の屯所にいつでもどうぞ!」
「ご親切にありがとうございます、また寄らせて頂きますね」

 ついでに宿の場所を聞いてから、ラビは来た時と同じように手を振って門から離れていく。門のすぐ目の前を走る大通りの脇にある街並みをおのぼりさんよろしくキョロキョロと物珍しそうな視線を投げかけつつ、ちらと門の方を見遣る。門番二人は既にラビの方を見ておらず、街の外に向いていた。

(身分証とか通行証とか言われたらどうしようと思ってたけど大丈夫だったな)

 ラビは内心ほっと一息吐きながら、今度こそ街並みに目を向ける。空腹を刺激する芳香を撒き散らしている軽食を売る屋台、色とりどりの石が飾られたアクセサリーの露店、大凡朝のうちに売り尽くしてしまったのだろう、ほぼ空になった果物かごを陳列したままの青果のテント───これが市場というものだろうか。

(買い物してる人はちらほら居るけど、ウィンドウを出してる人は居ないな……)

 ここで鑑定が必要になるものといえば装備品だろうか。しかし、唯一の装備品に見えたアクセサリーの露店の前にいるのは決して冒険者などではなく、可愛らしいネックレスを手にニコニコしているお嬢さんたち。少なくとも誰もが手にとって試着できるような場所には、ステータスに関与しない装飾品しか置いていないだろう。

(やっぱ武器屋とか防具屋とかが無難かな)

 街中に冒険者が居たとしても、運良くウィンドウを使っているとは限らない。寧ろ、出来上がった品の鑑定という意味では鍛冶屋や薬屋を探してみるのも良いかもしれない。宿が取れたら日暮れまで散策してみよう、と小さく意気込むのだった。
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