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五章

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「明日は街へ行くので、しっかり休んでくださいね」

 夕食の後、メイディ氏にそう言われて僕は食堂を後にした。途中でワインのボトルを抱えたオフィシエとすれ違ったので、大人二人はきっとこれから晩酌を始めるのだろう。メイディ氏が館に来てから、何度かそういう夜があった。

 メイディ氏は主人と古くからの知り合いで、昔は主人と共に旅をしたり、僕のようにこの屋敷に居候をしていたこともあるそうだ。それ故か、主人とメイディ氏の距離は近い。メイディ氏の性格によるものが大きいだろうが、二人の物理的な間が狭く感じる。今宵みたいに共に酒を酌み交わす日には、主人の耳元でメイディ氏が囁くような仕草をする。僕に見せつけているとか、二人の関係を匂わせるだとか、その手の思惑は感じられない。

 だけど、だけど。

「早く大人になりたいなぁ……」

 そう思わずにはいられない何かが脳を駆け回り、心を蝕んでいく。目を開けているのに、視界が闇で埋め尽くされるように感じた。僕はベッドにドサリと倒れ込み、ふかふかの枕に顔を突っ伏し、強く目を閉じる。そうでないと、僕に優しくしてくれるメイディ氏に対してとてもよくないことを考えそうだったから。

「僕も大人になったら、ご主人様とあんな風に……」

 彼のそばで、彼に跪いて、彼に忠誠を誓い、彼に笑いかけ、彼に愛を囁いて、彼を求め、求められ───

「───あれ?」

 いつの間にか眠ってしまっていたようで、気がつけば窓からは朝の光が差し込んでいた。気分転換になったのか、心を覆っていた黒いモヤのようなものは鳴りを潜めている。主人を好ましく思う気持ちには変わりないが、メイディ氏に対する恨みのような感情はなかった。とはいえ、何をきっかけにそれが戻ってくるのかわからない。僕は全ての憂いを払拭するように両手で頬をパンと叩き、手早く着替えてから駆け足で日課である畜舎の掃除へと向かう。与えられたルーチンワークを黙々とこなしている間は何も考えなくていいから。

 程よく単純な僕の思考回路は、数刻の間あくせく体を動かすことで簡単に切り替えが出来た。朝食も、その後のメイディ氏との勉強も、街へのお出かけも。人酔いを起こして連れ帰られるところまで、何もかもが普段通りになったのだった。
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