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一章
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「悪いが今はこれしか用意できなくてな」
食べるものを取ってくる、と出て行った男はものの数分で掌に収まるほどの小さな深皿を持って戻ってきた。男はベッドのサイドボードにごく少量のスープが入った皿を置いてから、僕を抱えてベッドに座った。太い腕が背中を支え、その手にスープの入った皿を持つ。白く濁ったスープを、空いている手で持ったスプーンで掬い、少量ずつ僕の口元に運ぶ。僕は差し出されるまま申し訳程度に口を開き、生温いスープを口に含み、嚥下した。具材は一切入っていなかったが、力の入らぬ顎では肉も野菜も噛めなかっただろうし、首輪で締め付けられた喉では飲み込めなかっただろう。そして何より、普段口にしていた食事よりも味が良かった。
「大して美味くもねぇだろうがゆっくり食え」
男はその巨体に似合わぬ謙虚なことを言いながらスプーンを突き出してくる。スープを一口飲み込む度に力が戻ってくる気がした。冷たかった指先に温度が戻ってきたような感覚。じんわりむず痒いような感触に手や足の指をもぞもぞと動かす。先ほどまでは指一本動かすのにあれだけ苦労したものなのに、体中を蝕んでいた軋みや痛みは感じられなくなっていた。
ほぼ捩じ込まれる形でスプーンが差し込まれていた唇も、いつしか餌を強請る雛鳥の如く自分から口を開くほどになった。体が動くようになったといっても首を絞める鎖が緩むことはないので、スープは少量ずつしか飲み込めない。こくりこくりと喉を鳴らし、とろみのついたスープを、スプーンを舐めるようにして啜っては嚥下する。
それを幾度か繰り返したのち、すっかり空になった皿にスプーンを戻すと腕を下ろして僕をベッドへ戻した。
「今夜はそれで終いだ。 明日の朝には卵と牛乳を出してやる」
庭に畜舎と小屋があるのだ、と男は言う。それらは農民であった僕には十分すぎる朝食だった。産みたての卵や搾りたての牛乳というのは全て売りに出してしまうので、貧しい農家ではまず口に出来ない。売れ残った腐る寸前の卵や水で薄めた牛乳で腹が満たせればマシな方だった。人攫いに遭ってしまったのは不幸だっただろうが、質素な食事と言われて出てくるのが先のスープや新鮮な卵と牛乳となれば幸運に恵まれている。食い扶持が減った村は更に幸運なのだろう、僕のような働き盛りでない子どもは、大人ほど働けないのに空腹を覚えるのは一人前だったからだ。
もう休め、と男は空になった皿を持ち灯りを消して出ていった。月明かりの差し込む暗い部屋の中、ふかふかのベッドの中で、今更疲れを思い出したのか急に瞼が重たくなる。
───どうかこれが、夢ではありませんように。
そして、あの夜の森で感じた眠気とは明らかに異なる甘い眠りの誘惑に抗うこともなく、ゆっくりと微睡の中へ落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
日はすっかり昇り、窓から差し込む光で部屋は明るい。ベッドと窓は離れていたので、直接日光が当たるわけではないが、周りの明るさに僕はぼんやりと目を開けた。
昨夜のことは夢ではなかったらしい。ふかふかのマット、白いシーツ、羽のように軽い毛布。知らない部屋の、高い天井に吊り下げられた、簡素で古めかしくはあるが立派なシャンデリアが日光を受けキラキラと瞬いていた。
名前も知らない強面の男に介抱され、食事を与えられ、上等な寝床を与えられ。実は既に天国にいるのではないだろうか──そんなことすら考えた。
柔らかな毛布を剥ぎ、ベッドの脇に足を投げ出す。昨夜は気付かなかったが、その小さな足には大きなガーゼが貼ってあり、その上から包帯が巻かれていた。小石や木の枝で傷付いた足の裏を慮って、あの男が手当をしてくれたのだろう。他にも、脛や腕にも同じようにガーゼと包帯が巻かれていた。
食べるものを取ってくる、と出て行った男はものの数分で掌に収まるほどの小さな深皿を持って戻ってきた。男はベッドのサイドボードにごく少量のスープが入った皿を置いてから、僕を抱えてベッドに座った。太い腕が背中を支え、その手にスープの入った皿を持つ。白く濁ったスープを、空いている手で持ったスプーンで掬い、少量ずつ僕の口元に運ぶ。僕は差し出されるまま申し訳程度に口を開き、生温いスープを口に含み、嚥下した。具材は一切入っていなかったが、力の入らぬ顎では肉も野菜も噛めなかっただろうし、首輪で締め付けられた喉では飲み込めなかっただろう。そして何より、普段口にしていた食事よりも味が良かった。
「大して美味くもねぇだろうがゆっくり食え」
男はその巨体に似合わぬ謙虚なことを言いながらスプーンを突き出してくる。スープを一口飲み込む度に力が戻ってくる気がした。冷たかった指先に温度が戻ってきたような感覚。じんわりむず痒いような感触に手や足の指をもぞもぞと動かす。先ほどまでは指一本動かすのにあれだけ苦労したものなのに、体中を蝕んでいた軋みや痛みは感じられなくなっていた。
ほぼ捩じ込まれる形でスプーンが差し込まれていた唇も、いつしか餌を強請る雛鳥の如く自分から口を開くほどになった。体が動くようになったといっても首を絞める鎖が緩むことはないので、スープは少量ずつしか飲み込めない。こくりこくりと喉を鳴らし、とろみのついたスープを、スプーンを舐めるようにして啜っては嚥下する。
それを幾度か繰り返したのち、すっかり空になった皿にスプーンを戻すと腕を下ろして僕をベッドへ戻した。
「今夜はそれで終いだ。 明日の朝には卵と牛乳を出してやる」
庭に畜舎と小屋があるのだ、と男は言う。それらは農民であった僕には十分すぎる朝食だった。産みたての卵や搾りたての牛乳というのは全て売りに出してしまうので、貧しい農家ではまず口に出来ない。売れ残った腐る寸前の卵や水で薄めた牛乳で腹が満たせればマシな方だった。人攫いに遭ってしまったのは不幸だっただろうが、質素な食事と言われて出てくるのが先のスープや新鮮な卵と牛乳となれば幸運に恵まれている。食い扶持が減った村は更に幸運なのだろう、僕のような働き盛りでない子どもは、大人ほど働けないのに空腹を覚えるのは一人前だったからだ。
もう休め、と男は空になった皿を持ち灯りを消して出ていった。月明かりの差し込む暗い部屋の中、ふかふかのベッドの中で、今更疲れを思い出したのか急に瞼が重たくなる。
───どうかこれが、夢ではありませんように。
そして、あの夜の森で感じた眠気とは明らかに異なる甘い眠りの誘惑に抗うこともなく、ゆっくりと微睡の中へ落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇
日はすっかり昇り、窓から差し込む光で部屋は明るい。ベッドと窓は離れていたので、直接日光が当たるわけではないが、周りの明るさに僕はぼんやりと目を開けた。
昨夜のことは夢ではなかったらしい。ふかふかのマット、白いシーツ、羽のように軽い毛布。知らない部屋の、高い天井に吊り下げられた、簡素で古めかしくはあるが立派なシャンデリアが日光を受けキラキラと瞬いていた。
名前も知らない強面の男に介抱され、食事を与えられ、上等な寝床を与えられ。実は既に天国にいるのではないだろうか──そんなことすら考えた。
柔らかな毛布を剥ぎ、ベッドの脇に足を投げ出す。昨夜は気付かなかったが、その小さな足には大きなガーゼが貼ってあり、その上から包帯が巻かれていた。小石や木の枝で傷付いた足の裏を慮って、あの男が手当をしてくれたのだろう。他にも、脛や腕にも同じようにガーゼと包帯が巻かれていた。
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