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あなたを幸せにするために

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 普通に幸せな人生だった、僕の生きがいの一つだったbl漫画。その中でも好きな作品の一つであり、唯一悪役令息が最推しだった作品の『転生したら乙女ゲームがblに変わりまして』。

 この作品の悪役令息シエル・フューストは、幼い頃から家族にも見放され、誰からも愛されることも気にかけられることもなかった。ヒロインが登場して、尊敬する実兄の寵愛を受ける彼を見て嫉妬し、王太子と仲が良かったことや誰からも愛される彼に嫉妬し、質の悪い嫌がらせや一線を越えた行動により断罪されるが、ヒロインの必死な仲裁により死刑判決が取り消され、ヒロインに大いに感謝し、改心するというハッピーエンドで終わる。




 僕は、表紙を見た時から悪役令息であるシエルに心打たれ、悪役として描かれる彼に同情した。誰にも気にかけてももらえない一人ぼっちの彼に、僕は、僕だけは違うと、伝えたかった。そんなことをずっと願っていたからか、本人に転生した。

 僕が彼に転生してしまったら、本人に伝えられないだろうがっ、と心中で叫びまくっていたが、最推しの時間を少しでも無駄にするのは惜しいため、爆速で状況を理解し、受け入れ、今に至る。

 周りを見渡すと、憧れていた彼の私室。そして、鏡で改めて確認する。最推しの生を目一杯堪能し、8歳の姿だと早くも確信する。





 姿を見ただけでわかるとかきもっという発言は決して心にとどめるだけにしてほしい。普通に傷つくので…





 部屋は、投げられた花瓶の残骸らしきものや、散らかった本達。彼がこの部屋で感情を露わにした様子が感じられた。

 メイドや執事は下げた後のことなのだろう。彼の小さな手のひらには、花瓶を触った時なのか、紙で切ったのかは分からない擦り傷で血を流していた。




 状況の整理を少し放っておいて、いるのかは分からなくても、この体の持ち主だった、彼に会ってやりたかったことを、、遂に達成できる。声をかけてあげられる。



 痛かっただろう。辛かっただろう。僭越ながら貴方は僕が必ず幸せにしてみせます。




 取り敢えず、何もせずに僕とだけでゆっくり穏やかな時間を過ごそうよ。僕は、君を誰よりも愛する自信がある。そうだな、、一年は流石に取り過ぎだよね。物語は幼少期の頃から始まっているのだし、早めに逃げる予定も立てとく必要があるし、半年も長いだろうか…。ま、都合のいい時で、キリが良くなったら、動き出すか。



 勘違いしないでほしいが、時期を決めなかったのは、決してあわよくば推しと一生ゆっくり過ごそうとか思っていないし、何もしたくないからだろ、というわけでは決して決してない、のだ。



 ま、言い訳はここまでにして、本題に入ろう。僕が最推しに会えたら一番にやりたかったこと。

 「あなたが大好きです。
  もう一人じゃないです。
  これからは一緒に一生を生きましょう。」

 自分の胸の中で語りかけるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。そして、目を静かに閉じながら、自分自身を腕いっぱいに抱き締める。

 返事を期待しているわけではない。近くにいなくても、聞こえていてほしいと願うだけ。僕の言葉が少しでもあなたの胸に届きますようにーーーーーーーーーーーー。





 どのくらいの静寂の中、心を馳せていただろうか。無駄に染みも小さな傷一つもない壁を眺めながら、穏やかな余韻に浸る。


  
 改めて自分(彼)の頬に触れる。すると、胸の奥でプツリと音がしたような気がした。次の息を吸い込む前に、感情のダムが決壊し、止むことを知らない大雨のように胸の奥にある冷たい感情が放たれていく。それが目を伝う頃には少しぬるくなって表に現れる。気持ちの悪いような気もするけど、どこか嬉しくて、悲しくてやりきれない。

 この涙は彼のものだと、彼が僕の言葉に答えてくれたと確信したいのに、自分のものかもしれないこの感情に区別ができないでいる。確かにわかるのは、泣き始めたのは僕じゃないこと。彼が僕であること。そして、どちらも悲しんでいること。

 涙をぬぐうことはせず、溢れ出る感情に身を任せる。洪水のような感情の流れは留まることを知らないように、ずっとこぼれていく。まるで、僕たちの中に抑えていた悲しい、辛い暗い感情の大きな浴槽の栓がふと存在しないかの如く消えてしまったことで、無限の大きさを誇る浴槽が使い物にならなくなったようだった。


 

 どのくらいの時間が経っただろうか。勢いは大分緩まったものの、今でも止まらない涙とその痕の多さで頭がぼーっとするのを感じた。どうやらまだ止まらないのは彼の方のようで、小さく縮こまって声を出さずに泣いている様子に自分もの涙腺もまた引っ張られるのを感じた。

 「大丈夫だよ。大丈夫大丈夫。寂しい、悲しい、…一人は辛いね。…怖かった。」 

 幼少期のころから誰にも必要とされず、見向きもされず、愛されず、味方は一人もいなかったあなた。愛されたいがゆえに、構われたいがゆえに、人に辛くあたってしまったり、意地悪してしまったり、そして。後にも引けなくなってそれ以上のことをしてしまったのだろう。常に一人で大勢と衝突して、戦ってきた。

 もう、頑張らなくてもいいのではないだろうか。その必要性を感じられない。誰か一人でも彼の本質を見ようと歩み寄ってくれていたら、どんなに楽だっただろうか。



 僕らは、二人であって一人だ。味方は僕たち自身のみ。そんなこの世界で楽しく笑って生きていけるだろうか。



 急に重たい不安がのしかかる。僕たちの涙は止まることなく、嗚咽を漏らすことなく、ただ静かに、起こり得る未来に、そして、起こってしまった過去に絶望した。



 これでいいのだろうか…。ううん、これはダメだ。…こうなったらすっきりするまで感情を放出して、何の未練もないくらいにスッキリしよう。何とか前向きな意見を絞り出して、僕たちの人生を振り返る。


 「誰も気にかけてくれないのっ…。寂じいし、…づらいし、なんかいだい。…ぼくもお母ざまや…お父ざまっ、…お兄さっ、弟…だって構われたい。なでなでも…ぎゅっっっ、も.....。.....僕の話を…だれかっ......。
  …大好き…だったのになぁ…。こんなぼくでも…愛してほしっ…かった…。

  こんな…誰もに…家族にさえ嫌われる......みんなの嫌われ者…。皆ぼくのこと…嫌いで......。

  .....次の人生っでは…大好きな家族に..........愛されますように。」


 僕が漏らした言葉に満足して、僕たちが意識を手放すのが分かった。体に力が入らなくて、その気力もなくて、座っている椅子から落ちるのが分かった。
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