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3・設計番号はF42B

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「貴様は何をやっておるのだ!」



 そんな怒声が飛んできた。



 誰からって?譲らないあの人からだよ。



「何を、と言われましても。大佐の新型巡洋艦を溶接にて建造するための詳細設計ですが、何か?」



 と、平然と答えた。



 そう、夕張の設計なのだが、どうやら史実通りに詳細設計は藤本氏がやることになったらしい。なので、任された以上、この新規格巡洋艦を更に確固たるものにしようと溶接による建造に向けた各部の構造について見直しを行っていたのだが、そこに譲れないモノをお持ちの大佐殿が怒鳴り込んできたというわけだ。



「誰がそんな海の物とも山の物ともわからん危ないもので俺の作品を仕上げさせるか!従来通りの工法でやり直せ!!」



 と、まるで人の話は聞いちゃいない。



「お言葉ですが大佐。戦時中、本来ならば数年を要する大修理を溶接の広範な採用によって僅か8カ月で終え、再就航を果たす偉業を米国では行っております。英仏ではもはや造船に溶接は不可欠な技術となっているほどですが?そして、この巡洋艦は戦時を見越した急速建造を前提にしておると心得ておりますが、そうであるならより急速建造に適した溶接を導入するのが本分ではありませんか?」



 と、当然のように言ってやった。



 というのも、石炭運搬船の建造以来、様々に検証や実験を重ね、とうとう溶接性鋼材の開発にまで踏み切っているのが現状である。史実を遥かに飛び越えた速度で溶接技術は進展している。残すは実際に外航船舶への適用である。



 史実では1931年に敷設艦で初めて全溶接建造が用いられた訳だが、今ではその技術度合いでいえば史実の10年弱先を行く状態なので、夕張の建造に適用しても問題ない。



「貴様、長期試験での破断事例を忘れたとは言わさんぞ?アレは何だ。不良が原因ではなく、鋼材と溶接それ自体に未だ脆弱性があるという証明ではないのか?!」



 まあ、それはあったが、すでに解決策も見出されている。



「それとだ、全溶接で船体を建造すると大きくゆがむそうじゃないか。貴様、俺に恥をかかせたいのか?」



 まあ、確かに史実でも大鯨でそれが起きているのは知っているし、この世界では500トンクラスの建造でやらかしている。なので、溶接手順と歪みとの関係性の研究も進み、三菱と共同で解決策を編み出した結果、すでに3000トン級の船であっても問題ないレベルである。



「脆弱性に関する対応策は既に存在します。全溶接工法における歪み対策に関しても、大西少将の御子息の居る三菱と海軍が共同で解決策を見出しており、まさにこの建造がその検証となる予定です」



 と、現状報告を行った。



 だが、それでも譲れない意見をお持ちの大佐殿は納得していない。さらに、とある物を持ち出して問いただしてきた。



「そうか、そんなに恥をかかせたいか。更にこれは何だ?貴様が俺の傑作を勝手に弄り倒した証拠だと思うのだが?」



 などと言って、F42藤本試案なる概略案の書類をヒラヒラさせている。



「溶接化し軽量化した分を改設計し、連装砲3基、魚雷発射菅は駆逐艦と同じ三連装を1基とする?何だこれは!」



 よりヒートアップしているが、ああ、それねって程度のホント、単なる思い付きなのよ。



 詳細設計において、溶接工法を適用して各部の強度を算出している時にふと、本当にふと浮かんできたのが、14センチ砲6門搭載という条件ならば、溶接で軽量化した分を利用すれば連装砲に統一し、後の特型駆逐艦と同じ配置に出来るんじゃね?という思い付きだった。

 ただ、三連装魚雷発射管は後の次発装填機構の先駆け的な発想から、あえて装填機構付きの魚雷庫を設けたので1基に甘んじている。



「溶接を採用すれば軽量化にもなります。溶接性鋼材の適用を行えるならば、艦橋容積も増やせて指揮能力も向上するかと思い、メモがてらに認めてみたまでです。詳細については実際の建造を見てみない事には結論が出せませんが」



 というと、



「そうか、貴様はそう言う考えか、分かった。ならば俺にも考えがある」



 そう言ってどこかへ向かっていった。



 ええぇ~



 それからしばらく、溶接適用を前提にした設計と共に、従来方式での設計図面も用意しなければと準備をしていると、大佐殿が再びやって来た。



「喜べ。貴様の案が通ったぞ」



 と、どこか喜んでいる訳ではない顔で言って来る。



「俺の設計とは別に、コレを新たに建造できることになった。貴様の名前が世に知れ渡るんだ、精々励むんだな!!」



 と言って、結局二種類の設計図を要する大作業となり、スタッフから恨みのこもった目で見られることになったが、そう言うのは大佐殿に頼むよ、マジで。



 どうやってねじ込んだのか、夕張は従来方式で建造し、藤本案を未だ起工していない那珂の代わりとして建造する事になった。

 しかもそこにはオプションが付いており、優秀な方1種はさらに姉妹艦の建造計画まであるというのである。



 結果から言うと、全溶接工法で建造した那珂型巡洋艦に関しては、問題続出でその解決は特型建造の頃まで引きずることになった。



 特型駆逐艦を任された藤本氏に対し、譲らないお方は嫌味を言いに来ることしばしである。



「どうだ?那珂ちゃんのおむつの取り替えは終ったか?w」



 などと。



 全溶接建造それ自体は成功したのだが、戦時建造を想定してブロック工法に挑んだことが祟って、艦橋構造物などの寸法が限度を超えてズレていたり、溶接性鋼材の歩留まりの問題で一部に強度が足りずに補強が必要になったり、大きな問題にはならなかったが、やはり溶接不良で補修が必要になったりと、そうした問題解決と、建造で見えてきた製造における規格や工法の見直しなどで3年を要する事となった。

 

 それがどうにも笑いを誘ったらしいんだが、那珂、夕張の性能比較を行ってみると大差なく、それどころか居住性や指揮能力の面で那珂に軍配が上がった為、強引に勝ちを譲らなかった人物の横やりでオプションは沙汰止みになったそうだ。那珂の詳細な修正までやったこちらとしては骨折り損だったが、それがそのまま特型に活かせたのでまあ、良しとしようか。
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