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1・鈍亀について
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潜水艦と言って思い浮かぶのはズングリした鯨や葉巻のような形をしており、常に水中に潜っている。そんなイメージが浮かぶのではないだろうか。
現代の潜水艦と言うのは動力が原子力であれディーゼルであれ、基本的には任務中はほぼ潜水状態で航行する事を前提として開発されている。
潜水艦という名前なのだから初めからそうではないのかと考えるだろうが、基本的にそうなったのは第二次世界大戦後の事になる。
第二次世界大戦頃までの潜水艦と言うのは、水上を航行し、敵を発見した場合に潜って接近、攻撃を加えるように運用されていた。
その為、潜水艦と言っても水上での抵抗を減らすために一般的な船の構造に近い船型をしており、12~15センチ程度の大砲を1~2門備えている場合が多く、少なくとも機関砲は装備されていた。
それは、軍艦が居ない場合には高価な魚雷を用いずに商船を襲撃するためであり、或いは軍艦や飛行機に対する攻撃手段としてであった。
しかし、第二次世界大戦中、このような運用が次第に困難になっていく。
レーダーの普及によって、浮上航行する潜水艦が容易に発見可能となったからだ。
この頃の潜水艦と言うのは、水上において貨物船より高速で、軍艦の巡航速度かそれ以上の速度を出せることを第一としていた。
と言うのも、潜ってしまうと戦時標準船と言われる低速貨物船にすら劣る速力すら出せないので、艦隊を追尾するのはもちろん、商船すらも追尾できなかったからだ。
その為、敵を発見すればまず、敵から離れて水上を移動して先回りし、そこで潜って待伏せを行うというのが一般的な戦法とされていた。
しかし、艦橋の低い潜水艦では軍艦や商船の高いマストに取り付けられたレーダーで先に発見されてしまうリスクが高くなる。
そうなると潜って逃げるしかなく、相手に接近して攻撃を加える機会など巡って来ない。それが軍艦であったなら、潜ったところで攻撃される危険すら高かった。
さらに、船団や艦隊に空母が随伴し、飛行機によって広範囲の哨戒が行われると潜水艦は一方的に追われる立場となってしまった。
その様な事態を回避するには、それまで低速であった水中速力を引き上げて敵の哨戒範囲から離脱する。或いは、水中航行能力を向上させて発見や攻撃を避けるという考えが当然の様に出てくることになった。
大戦中にその様な考えを実現したのがドイツのUXXⅠ型である。
UXXⅠ型はそれまで7~8ノット程度であった水中速力を17ノットにまで引き上げ、静粛性や水中航続距離の増大も相まって、戦後、戦勝国が模範とする潜水艦としてその名をはせることになった。
さて、こうして水中高速力を重視して水上航行の頻度が減ると、一般的な船のような船首構造を持たなくなるのは分かると思う。
しかし、それだけではズングリする必要性が必ずしもある訳ではない。
実際、UXXⅠ型を見れば、艦首は細長く絞られている。水上航行の機会が減ったと言っても、ゼロと言う訳ではなく、艦首が細い方が水上航行には適しているのだから、水上での抵抗が増大するような構造を敢えて採用する必要はない。
この事は戦後すぐの各国潜水艦でも状況は似たようなモノであった。
では、なぜ、水上航行では抵抗が増大してしまう鯨や葉巻のような形になったのか?
そこには全く違うもう一つの要素があった。
確かに、水中航行を前提とするならば、魚雷のような流線形、より厳密にいえば葉巻のような紡錘形をしている方が抵抗が少なく適している事が分かる。
だからと言って、水上航行をあっさり放棄して紡錘形にしてしまうというのは、潜水艦には勇気のいる決断であった。
しかし、違う要素が、紡錘形、より適切には滴涙型や葉巻型と呼ばれる形態や鯨型船形を潜水艦に強要した。
それが対潜水艦戦闘だった。
潜水艦によって潜水艦を攻撃するという考え方は新しいものではなく、1917年には既に英国で生まれており、1918年には竣工しているが、就役が遅かったことで戦果を挙るには至っていない。
この時建造されたR級潜水艦には艦首上面に5個のハイドロフォンを持つソナーシステムが装備され、潜望鏡に拠らない攻撃手段も有していた。
ソナー搭載位置はこのR級が後に継承され、初期の対潜潜水艦の多くがそれまでの艦形を残した状態で艦首に大型のソナードームを載せた事から、自然と鯨型船形へと変化することになった。
ただ、第一次大戦後に対潜型潜水艦が顧みられることは無く、長らく日の目を見ることは無かった。
R級潜水艦自体、艦が小型で作戦範囲が狭いこともあり、1923年には10隻建造されたうち8隻が退役してしまい、2隻が対潜訓練に残されただけに過ぎなかった。
このR級は水中速力が通常の潜水艦の倍近い14ノットを誇り、長らくこの速度を超える潜水艦が建造されることは無かった。
では、このR級潜水艦の速力を超えたのはUXXⅠ型か?
答えは否だ。
R級潜水艦を超える速力を記録したのは1934年に日本で建造された水中機動試験艇である。
現代の潜水艦と言うのは動力が原子力であれディーゼルであれ、基本的には任務中はほぼ潜水状態で航行する事を前提として開発されている。
潜水艦という名前なのだから初めからそうではないのかと考えるだろうが、基本的にそうなったのは第二次世界大戦後の事になる。
第二次世界大戦頃までの潜水艦と言うのは、水上を航行し、敵を発見した場合に潜って接近、攻撃を加えるように運用されていた。
その為、潜水艦と言っても水上での抵抗を減らすために一般的な船の構造に近い船型をしており、12~15センチ程度の大砲を1~2門備えている場合が多く、少なくとも機関砲は装備されていた。
それは、軍艦が居ない場合には高価な魚雷を用いずに商船を襲撃するためであり、或いは軍艦や飛行機に対する攻撃手段としてであった。
しかし、第二次世界大戦中、このような運用が次第に困難になっていく。
レーダーの普及によって、浮上航行する潜水艦が容易に発見可能となったからだ。
この頃の潜水艦と言うのは、水上において貨物船より高速で、軍艦の巡航速度かそれ以上の速度を出せることを第一としていた。
と言うのも、潜ってしまうと戦時標準船と言われる低速貨物船にすら劣る速力すら出せないので、艦隊を追尾するのはもちろん、商船すらも追尾できなかったからだ。
その為、敵を発見すればまず、敵から離れて水上を移動して先回りし、そこで潜って待伏せを行うというのが一般的な戦法とされていた。
しかし、艦橋の低い潜水艦では軍艦や商船の高いマストに取り付けられたレーダーで先に発見されてしまうリスクが高くなる。
そうなると潜って逃げるしかなく、相手に接近して攻撃を加える機会など巡って来ない。それが軍艦であったなら、潜ったところで攻撃される危険すら高かった。
さらに、船団や艦隊に空母が随伴し、飛行機によって広範囲の哨戒が行われると潜水艦は一方的に追われる立場となってしまった。
その様な事態を回避するには、それまで低速であった水中速力を引き上げて敵の哨戒範囲から離脱する。或いは、水中航行能力を向上させて発見や攻撃を避けるという考えが当然の様に出てくることになった。
大戦中にその様な考えを実現したのがドイツのUXXⅠ型である。
UXXⅠ型はそれまで7~8ノット程度であった水中速力を17ノットにまで引き上げ、静粛性や水中航続距離の増大も相まって、戦後、戦勝国が模範とする潜水艦としてその名をはせることになった。
さて、こうして水中高速力を重視して水上航行の頻度が減ると、一般的な船のような船首構造を持たなくなるのは分かると思う。
しかし、それだけではズングリする必要性が必ずしもある訳ではない。
実際、UXXⅠ型を見れば、艦首は細長く絞られている。水上航行の機会が減ったと言っても、ゼロと言う訳ではなく、艦首が細い方が水上航行には適しているのだから、水上での抵抗が増大するような構造を敢えて採用する必要はない。
この事は戦後すぐの各国潜水艦でも状況は似たようなモノであった。
では、なぜ、水上航行では抵抗が増大してしまう鯨や葉巻のような形になったのか?
そこには全く違うもう一つの要素があった。
確かに、水中航行を前提とするならば、魚雷のような流線形、より厳密にいえば葉巻のような紡錘形をしている方が抵抗が少なく適している事が分かる。
だからと言って、水上航行をあっさり放棄して紡錘形にしてしまうというのは、潜水艦には勇気のいる決断であった。
しかし、違う要素が、紡錘形、より適切には滴涙型や葉巻型と呼ばれる形態や鯨型船形を潜水艦に強要した。
それが対潜水艦戦闘だった。
潜水艦によって潜水艦を攻撃するという考え方は新しいものではなく、1917年には既に英国で生まれており、1918年には竣工しているが、就役が遅かったことで戦果を挙るには至っていない。
この時建造されたR級潜水艦には艦首上面に5個のハイドロフォンを持つソナーシステムが装備され、潜望鏡に拠らない攻撃手段も有していた。
ソナー搭載位置はこのR級が後に継承され、初期の対潜潜水艦の多くがそれまでの艦形を残した状態で艦首に大型のソナードームを載せた事から、自然と鯨型船形へと変化することになった。
ただ、第一次大戦後に対潜型潜水艦が顧みられることは無く、長らく日の目を見ることは無かった。
R級潜水艦自体、艦が小型で作戦範囲が狭いこともあり、1923年には10隻建造されたうち8隻が退役してしまい、2隻が対潜訓練に残されただけに過ぎなかった。
このR級は水中速力が通常の潜水艦の倍近い14ノットを誇り、長らくこの速度を超える潜水艦が建造されることは無かった。
では、このR級潜水艦の速力を超えたのはUXXⅠ型か?
答えは否だ。
R級潜水艦を超える速力を記録したのは1934年に日本で建造された水中機動試験艇である。
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