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16・適材適所って事なんだろう

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 混攻めから半年が経ち夏を迎える頃、僕は仁乎きみこの領地で塩田開発に当たっていた。

 あの日、春さんは夫が討たれたというのにすぐさま僕の側室になる事を受け入れ、興味津々だった僕と初夜を迎えた。
 姫さまには「順大よりとももやっぱり男の子だねぇ」などと、そんなに歳が離れていないはずなのに、ものすごく大人な対応をされた。

 義兄の英威ひでたけさんはしばらく微妙な感じだったが、大きく増えた領地の差配を考え、僕の受け入れに納得している様だった。

 そんな仁乎きみこ領での塩田開発は、前世の記憶を頼りに行おうとしたのだが、僕が「揚げ浜式」と考えていたソレはどうも内容が違っていたらしい。

 実際に領地へと向かって製塩手順を説明し、作業に取り掛かってみると浜辺の整備や製塩自体には大きな問題は起きず、春を迎える頃には順調に成果を出せるまでになっていた。

 ただ、海水を堀からくみ上げて浜に撒くと言ったお手軽なことは出来ず、遠浅の浜を歩いて海水を汲みに行き、桶に溜めた海水を播くと言った非常に手間な方法になっている。
 どうやら僕が思っていた、博物館で見学した塩田方式は入浜式ではなかったかと、この頃になって頭を抱えた。
 ただ、そのこと自体は現地の人たちも分かっていたらしく、遠浅の浜で堤防建設による干拓のような事を行い、入り江内に塩田を作るという話で新たな塩田開発が既にスタートしている。

 とは言え、すぐに事業が始められる揚げ浜式を捨てるわけではなく、労働力を得ることができる場所ではそのまま塩田の拡大も行っている。

 そうそう、もう一つの流下式についてだが、これは完全な失敗だった。

 塩の博物館で見た製塩方法は藻塩に始まり、揚げ浜式、入浜式、流下式、交換膜式と時代を経るごとに進んで行くが、流下式は稲や麦の天日干しの様なモノを用意してそこへ塩水をかけ流す原始的な方法と記憶していたが、実際に組み上げてみると人手でやるにはあまりに非効率な事が理解できた。これ、動力ポンプが必要だ‥‥‥

 と言っても、そんなモノはないので人の背丈程度の低い装置に揚げ浜式塩田で出来た濃縮塩水をかけて二次濃縮を行う装置と言ってとりあえず工程には組み込んで誤魔化すことにはしたが、必要性があったのかどうかは疑問だ。

 さらにその頃、春さんの懐妊も判明し、仁乎きみこ家は祝賀ムードである。

 ちなみに製塩に必要な燃料についてだが、製塩事業が軌道に乗った春には姫さまの宣言通りに石炭が届けられるようになった。

 河口部まで支配下となったことで港を整備し、河運によって運ばれた石炭やコークスみたいなナニカを海船に積み替えて海を渡って運ばれてくる。上手く仁乎きみこ後の入り江に港を整備出来た事も大きいだろう。
 帰りの船には出来上がった塩を載せて送り出すので港としては十分機能していると思う。

 そうして塩田開発が僕の手を離れ、余裕が出来た事で内陸部の農業についてみて回ることになった。

 その視察で気になった湿原と言うほどではないが軟弱な草原が点在している事が気になり、掘り返してみると、どうやら泥炭地であるらしいことが分かった。
 泥炭は燃料としてもつかわれるが、場合によっては肥料にもなる。塩害の起きた土地の回復には無理だが、今ある耕作地や利用可能な荒地に投入すれば効果があるかもしれないと思い至る。
 うまい具合に駒さんのところで石灰が採れるので、それを混ぜれば酸性であることが多いこうした泥炭の中和も出来るだろう。表土を剥がして黒く水を含んだ水草やコケの残骸が見える土を掘り返してもらう事にした。

 この辺りまで来ると夏と言えど天国あまのくにのような気温にはならないらしく、冬は関東くらいの気温だったのに対し、夏は北海道のような気温でしかなく、カラッとしていて過ごしやすく、多くの場合、関東の初夏より低いのではないかと感じる日が多い。
 そんな気候のため稲作はほぼ不可能な事が分かる。田植えに適した気温は早くて6月中頃、そして9月中頃には早くも霜が降りようかと言う最低気温にまで下がるので、運がよくなければ収穫まで持っていけない。
 その為、この地方で栽培できるのはソバやイモを中心に、麦が何とかなる程度。それも麦の収穫後にイモを植えたりソバを播く時間はない程度には厳しい。

 その様な環境なので簡単に輪作を言い出すのも憚られるところだが、豆類を挟んだ形で4年かけて何とか完成させることは出来るかもしれない。
 と言っても、降水量や降雪量を考えると畑作よりも牧畜の方が適した地域になる様で、ヤギや羊の飼育が盛んにおこなわれている。

 天国あまのくにに居た頃はあまりヤギや羊を見ることはなく、牛や馬が多かった。それらも畜耕や輸送に用いられるのがもっぱらであり、こちらの地域の様に乳や肉を得るために飼うことは少なかったように思う。
 この世界は前世日本の様に肉食が禁忌という訳ではないが、米作中心の天国での畜産は盛んとは言えない。

 対して東国の場合、姫さまの領地は稲作も出来る地域なのでそこまで盛んとは言えないが、仁乎きみこ家の領地は徒歩で10日程度、300km程度は離れている計算になるので、その分気候が違う事になる。
 狭いはずの混家の領地も海岸沿いにはかなり長大で、いわばチリの様なモノらしい。
 その北方には低いとはいえ山脈がそびえ、荒涼とした山地にはあまり人が住んでおらず、自然の境界となっている。その向こうには他の二家の領地があるという事だが、東は東国の有力者の領地と接しているという割に緊張感がない。

「それはそうさ、わが仁乎きみこ家とは近しい家柄になるからね」

 と、どこか暢気な義兄にちょっと危機感を覚えたが、ここは戦国日本で言えば東北的なナニカがあるのかもしれないと、そこには触れない事にした。

 こうして、海岸線を離れるとまるでステップ気候かと言った感じになるこの地方、よくよく考えてみればこんなところで耕作をしようと言うのは間違いだと前世の記憶が訴えている。

 アラル海の消滅に代表されるソ連の失敗事業もさることながら、北米大陸のプレーリー開墾だって問題を起こしている。
 より冷涼少雨なモンゴルなどで畑を耕したところで、失敗すれば砂漠化が待っているというのだから、いかに危険な行為か分かるだろう。

 そう言えば、21世紀地球には温暖化防止のために畜産を止めて野菜を食えみたいな過激思想があったが、それって湿潤な欧州や日本には適用出来ても、砂漠化の危険がある少雨のステップや古代水の消費による農業しかできない乾燥地帯には適していない主張と言える。
 結局、食と言うのはその地域の気候風土に合わせた形態を受け入れるのが自然であって、過激な押し付けは害しか生み出さないって事になるだろう。
 そう考えると、この地域に灌漑を引いて開墾を進めた混家当主は、考えは良かったが失敗者でしかなかったのかもしれない。
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