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62・おっさんは口にしない

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 高性能テントであることを疑ってはいないが、相手が未知の魔物、オーガとあって夜番を立てたおっさん。

 おっさん自身は真っ先に寝てキャリーに文句を言われたが、朝早く起きた方がまだやり易いと譲らなかった。

「どんだけ年寄りなんだ、おっさん!」

 などと言われたが、40になって以前ほど長く眠ることが出来なくなっているだけだが、おっさんはそんなことは口にしない。

 夜明け前から起きて夜番を熟しながら、ふと今後の事を考えてしまったおっさんだが、あまりよい未来は浮かんでこなかった。

 とりとめもなくあれこれ考えているうちに空が白みだし、気が付いたら辺りは明るくなっていた。

 すでに夏であるにもかかわらず、夜明け頃の気温はそう高くない。日本の熱帯夜がウソの様な気温にはじめは驚いたものだった。
 しかし、よくよく考えてみればここは内陸であり、たしか盆地の様に冷えやすく熱しやすい場所ではなかったかと思い、気持ちを落ち着けている。なにせ、天候次第では相当な暑さを覚える日があったりするのだから、明け方の冷気にだけ気持ちを向けているわけにもいかなかった。

「あ~、アイテムボックスじゃないの不便~」

 火が使えないため、昨夜と今朝は干し肉をはじめとした非常食のみで済ませることになったが、キャリーの文句が止まらない。

「このくらい慣れろ。オマエは文句が多すぎる」

 サンポにそう言われているが、聞いている様子はない。

 テントを仕舞、昨日とは打って変わって少々速足で歩を進めいく。

 すぐに砦の塔は見えなくなり、見渡す限りの地平線だけが続く世界へと歩みを進める。もはやおっさんにはそれがどこへ向かっているのかすら分からなかった。
 そんな中でもサンポとヘタは斥候として迷いなく前を行き、エミリーも何の迷いもなくナニカに沿って歩み続けている事に感心するおっさんだった。

 昼近くになると時折現れる灌木の茂みすら気にしなくなる。

 朝のうちは地平線から灌木が見えるだけで村か人工物かと注目したりしたのだが、すぐにただの灌木だと分かって落胆する事の繰り返し、そのうちわざわざ遠見で確認する事さえなく、ただ熱探知で異常がないかを確認するだけに留める様になったおっさん。

「なんかさぁ、南へ行ったことを思い出す風景になって来たんだけど」

 昼を過ぎればキャリーがそんな事を言う。

 たしかに、草丈が低くなり、灌木も数を減らしている。そのうちより一層灌木が減り、芝生程度の草が茂るだけの景色になる事は間違いなさそうだと考えたおっさん。

「そろそろ川が見えて来るぞ」

 斥候に出ていたサンポが戻って来て来るなりそう言った。

 しばらく歩くうちに、そう大きな川ではないが緑に囲まれた帯がのたうつように伸びているのが見えた。

「アレはどっちからどう流れてるんだ?」

 おっさんはその流れる方向が気になった。

「西から東へ流れているな」

 そんなサンポの言葉に、改めて周囲を見渡してみれば、気にならない程緩やかではあるが、西の方が高い様な気がした。

 全く高低差がないわけではない。改めて思い返してみれば、ちょっとした丘であるとか水が流れて出来たであろう痕と言うのが所々に点在するが、降水量が少ないせいだろうか、くっきり川筋を形成するようなモノは見られなかったため、川の存在に驚きを隠せなかった。

「東へ向けて、か。東へ向かえば湖とか海があるのかもしれないな」

 と、おっさんが言う。

「もしかしたら砂漠に消えているかもしれない」

 と、キョーコが言った。

 おっさんはふとエミリーを見る。

「東方の開拓地に詳しくはありませんが、大きな湖があるという話は聞いていませんね。ただ、南にはいく筋かの川があり、所々に沼や池が形成されているとは聞いています」

 おっさんの意図を察し、そう答えたエミリー。

「ああ、どうやらそうらしい。発見した村も、もう一つ南にあるこれより大きな川のうねった茂みを切り開いて作られていた」

 というサンポ。

 川の流れは緩やかで水深はくるぶし辺り、幅はそれでも10メートルはあるだろうか、ダムで水量が減った日本の川によくある石がゴロゴロする河原がその数倍はあり、川べりや中州に灌木が生い茂っている。ここも雪解け時期にはそれなりの水量があるのかも知れなかった。

 昼は薪を集めることが出来たので久々に火を焚いての食事にありつけ、キャリーが大喜びだった。

 さらに、昨夜体を拭けていなかった事もあり、ここで水浴びタイムとなる。

「覗くなよ、男ども!」

 などと言いながらはしゃぐキャリ―。

 おっさんたちの番となり、三人で裸になったのだが、やはりサンポにどぎまぎしてしまうおっさんとコータ。

「何やってんだ?」

 サンポは不思議そうにおっさんたちを見るが、いくらツイテいるのが分かっていても、どうしようもないことはある。

 そこからさらに日が西へと傾くまで歩き通してようやく新たな緑を見ることが出来た。

「特に魔物のいる様子はない」

 おっさんが遠見で確認し、さらにサンポやヘタが直接確認を行ってから村へと向かった。

 そこはすでに残骸を残しているのみで、人の姿は存在しなかった。

 辺りに畑であっただろう場所が広がっているが、ここ最近生えたであろう緑の草と、所々に残る枯れた麦らしきモノが散見されるだけの場所になっていた。 

 村へ入るとすでに遺体と呼べるほど状態を保ってはおらず、オーガやその他の魔物が食い散らかしたのであろう、散乱する骨が所々に顔を見せているだけとなっていた。

「酷いな」

 その言葉しか出て来ない状態に、キャリーも口を開くことなく目についた骨や遺品を集めて埋葬するうちに日が暮れていった。

 夜になるとどこからともなくオオカミ系の魔物が寄って来たので、夜番もテントの中で耳を澄ませるだけという変則的な形で朝を迎えることになった。

「ここはあいつ等にとっての餌場と化していたんだね」

 朝、オオカミが去った後でキョーコがそんな事を言った。

 川に面した一帯に構築された村。その周辺に開拓された畑。

 昨日の川とは違って深みにはまれば人の背丈よりも深い水深を持つが、蛇行した村周辺には浅瀬も点在しており、上手く渓谷のように削られた場所を利用して橋が掛けられていた。

「これ、新しくない?」

 キャリーがそう指摘するように、その橋はコンクリートっぽい質感で、北の村で見かけた錦帯橋モドキを思い出させる。

「増水期に橋脚が流されない様に最狭部を一跨ぎするアーチ橋。どこかで見た気がする」

 キョーコが首を捻っているが、おっさんは川幅が狭いからくらいの感想しかなく、錦帯橋モドキとの違いはよく分からなかった。
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