巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太

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52・おっさんは言葉が出なかった

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 それから5日後、おっさん達は東征村へと戻っていた。

 北の村へと向かった時からまた雰囲気が変わり、今では非常にのんびりした空気が漂っている。
 あの時居た怪しげや連中やイカつい連中もその殆どが姿を消している。

 そんな夏を迎える頃の東征村ギルドには、大口の依頼や一獲千金を狙う様な依頼はもはや存在しない。
 近場で街の為に行う依頼ばかりで、ここに居残る新米や引退間際の冒険者が受けてしまえば残りもしない様なモノ。あまりにも安い報酬に受け手が居ないモノ。そんな依頼しか存在しないのだから、雰囲気も王都に近いのも納得なおっさん。

「さて、東の状況は、と」

 おっさんは東方の状況が表示された掲示板を見て首を傾げる。

「どういう事だ?」

 普通ならば拡大した成果や開拓地、開拓村の現況などがあるはずだが、春から変わり映えしない。

 そこで受付へと顔を出せば

「召喚者?たしか、先月王軍が率いる召喚者パーティが東へ向かったのだがー」

 と、まずは首を傾げられてしまう。

 城に残ったメンバーではなく、先に街へ出た事を伝えるとようやく納得され、その頃になって知った顔が受付へと現れた。

「お、ダイキじゃねぇか!城に残ってた連中が先月東へ向かったぞ。早く行ったほうが良いんじゃないか?」

 と、口を開き、そこに居た受付が最近入った新人だと聞かされ、納得するのだった。

 そして、東方の状況について聞いた。

「まあ、実のところ、あんまり連絡員も来ねぇんだわ。この10日はパッタリだな」

 とのこと。

「理由はわかっちゃいる。あまりデカい声じゃ言えないが、開拓拠点が落ちたらしい。そんで、急いで召喚者を王軍引き連れて送り出したって訳だな。慣例じゃあ、お前らみたいに冒険者として活動させるはずが、そうも言ってられねぇって話だ」

 と、かなり戦況の悪さを歯切れ悪く語る受付に、どこか同情するおっさんである。
 まさか、戦況が悪いからと、アケスケに語れば、冒険者達は向かわなくなる。

「春に言ってた猿が暴れてるんですか?」

 と、コータが聞いた。

「猿?ああ、確かに猿って話だが、聞けば聞くほど訳がわからん。猿が馬だが鹿に乗ってるって話もあれば、そもそもが鹿かロバっぽい魔物が暴れてるって話もあってな。連絡が来る度に話が違うんだわ」

 と、余計に訳が分からない。

 だが、分かっているのは狼の様に組織だって動く魔物であり、俊敏で道具を使うらしい。

「最近、絵が送られて来てな、コレだよ」

 そう言って見せられたモノは、写実的とは言い難く、壁画かさもなければ抽象画であった。

「えっと、猿は?馬や鹿は?」

 天狗の横顔みたいな絵。野菜で作った動物みたいな絵。槍だろうか棒を手にした人間らしき絵。それらが混在していて、おっさんの理解の範疇を超えていた。

「ふむ。首のない四本脚?脚の見えない胴から上の人?そんな物語や劇の中から飛び出した空想の魔物に見えなくもないな」

 難しい顔をしながら覗き込むサンポが真横でそんな事を言い、ドキリとしたおっさん。

「空戦型ロボや多脚戦車?」

 キョーコがさらに想像の幅を広げていく。

「いや、これ自体が伝聞を絵にしたモノらしくてな。連絡員も話を聞いて絵を渡されただけのヤツだから、詳しい話は判らん。なんせ本人は見て無いんだからな」

 絵心の無い当事者ならまだしも、絵を描いた人物からして伝聞というのでは、理解しろというのが無理なのかもしれない。受付も言い方が投げ槍になるわけである。

「前線から直接、連絡員を出せないのか?」

 おっさんの真横で当然の質問をするサンポ。

「動ける手練れは抜けられねぇ戦況だ。かと言って、戦えない奴を前線に送る余裕なんかもねぇ」

 ギルド職員の話は、よほど東方が危機的であると聞こえるが、全域がそうなっている訳では無いと念押しする。
 ただ、そうした温度差がこの絵であるらしい。

「ここ10日も連絡員が来ない事が心配ですね」

 と言うのはエミリー。

 春以後の東西の連絡は7日程度の間隔で定期的に行われ、東方から素材の搬入が行われ、西からは食料や生活用品が送られている。

 連絡員はその便でやって来るはずが、搬入も連絡も無いのは異常としか言えなかった。が、途中で荷馬車が故障したりすれば遅れる事は普通にあるので、まだ遅れの範囲内である。あと数日遅いようなら、捜索隊を出す必要があるとの話だった。

 詳細不明な話に、おっさんはある事を思い浮かべた。

「タルタルか?」

「何で今タルタルなわけ?」

 呆れたキャリーの声に説明するおっさん。

「ハァ?生肉食うの?おっさんヤバ」

 おっさんはタルタルステーキの由来に関するウンチクをキャリーに語った訳だが、世代の断層が如実に現れてしまった。
 2011年に起きた食中毒事件を境に、牛肉ユッケは市場から無くなり、馬刺しやサクラユッケなどの一部モノ好きを対象にした商品だけが残り、キャリー世代などは生肉経験すらない者が大半である。
 おっさんの中ではツマミに馬刺しやサクラユッケは普通の食べ物だけに、違和感なく思い浮かび、ユッケのルーツを語るのもまた、一つの楽しみだったのだが。

「いや、昔は普通にあったんだよ。今でも衛生基準を満たしたモノは食える」

 そう力説するおっさんだが、それは日本での話であり召喚されて以後、生肉を食べたことはない。

「まあ、なんだ。攻めてきているのは東に住んでいる遊牧民か何かじゃないかって話だ」

 そう説明すると、サンポが口を開く。
「ダイキ。何を言っているんだ?東に人が住めるなら、行き来していないのはおかしいじゃないか」

 サンポはおっさんの真横に居るのでなんとも艶めかしく感じたのだが、それ以上に東に人が居ない事に疑問を抱く。
「なぜだって?東にある草原や林には強力な魔物が住む。南へ行けば、山の向こうは砂の海。人が通れる道はないんだ」

 顔の近いサンポに赤面するおっさん。

 なら、海があるじゃないかと思ったのはおっさんばかりではなかった。キョーコはさらに突っ込んで聞いてみたが

「南に海は無いよ。砂漠と密林が広がる大地があるだけ。人が住めるのは、ここより西に広がる土地だけ」

 エミリーがそう説明した。

「それじゃあまるで、ギリシア時代とかの古代文明みたい」

 中世ヨーロッパ風異世界だと認識していたおっさんにとって、キョーコの考えは衝撃的だった。 

 だが、地球の時代区分に当て嵌めて論じる様な知識も無いおっさんは、ただ驚いて、そこで話を切り上げる。

「いずれにしろ、行ってみなきゃ分かんないんでしょ」

 そう話を纏めたのは、驚いて言葉が出ないおっさんではなく、無意味な議論に飽きたキャリーだったのだが。
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