上 下
14 / 80

14・おっさんは救援に向かう

しおりを挟む
 結局その日は夜になってもギルドに動きはなく、おっさんとエミリーはただのんびりと酒場で食事を楽しんだだけに終わった。

 翌日、おっさんはいつものように日の出頃には目が覚める。

 ギルドに顔を出す時間こそ遅いが、起きるのはそんなに遅くは無い。特に昨日の事があるので今日の目覚めは早かった。いつものようにすでに起き出した冒険者たちが廊下を歩く音が聞こえるが、いつも通りで何か急ぐそぶりはない。
 いつもであればのんびり身支度を整えるのだが、昨日の今日である。エミリーが救援依頼を聞いて叩き起こしに来ないとも限らないので早々に歯磨きに部屋を出るおっさん。

 さすが召喚者が複数やってきた世界である。ギルド飯が日本ナイズされているのは当然として、生活においてもギルドには地球の習慣が根付いている。歯ブラシと歯磨き粉もその一つで、城よりも快適に過ごせる一因となっている。
 歯ブラシは何か魔物の毛を使ったものらしく、日本で売られている歯ブラシよりも耐久性が高い。そして、驚きなのは歯磨き粉だ。
 異世界と言えば地球の中世や古代の技術や知識レベルというのが、ラノベでは常識なのだが、ここは千年前には召喚者が現れ、冒険者ギルドを創設した世界。当然ながら地球とは時間の流れが違うのか、それとも召喚される時間が似たような時代なのか、ギルドの習慣は21世紀日本のそれと違和感がない。一番近い召喚が200年前らしいが、習慣に違いが生まれたという話は無く、千年前のモノが踏襲されているらしい。
 その歯磨き粉の成分はナントカという魔草を乾燥させて粉にして他のジェル状の物質の練り合わせたモノという。それを製造するための魔草は農場で生産されているので採取以来の対象ではなく、おっさんはよく知らなかった。だが、すでに歯槽膿漏の気があったおっさんの歯茎が、冒険者として生活するうちに改善している。おっさんにとっては天国というしかなかった。

 ただ、やはりここは異世界。風呂は貴族や豪商の家にしか存在せず、冒険者はサウナを利用するのが一般的だ。まあ、サウナがあるだけマシとも言えるが、サウナ好きのおっさんにはこれも好感触と言えた。ギルドは冒険者やポーターの健康維持のためにサウナを運営している事もあり、そこらの騎士や貴族よりも清潔というのは、やはり日本の習慣が影響しているとおっさんは思っている。

 そんな快適な朝の歯磨きを終え、部屋へ戻ると案の定、エミリーが待ち構えているではないか。

「ダイキさん、昨日のパーティが帰って来ていません。ギルドは捜索依頼を出しましたがどうしますか?」

 そう言いながらも、すでに馴染みのポーターを抑えて待機してもらっている辺り、おっさんに拒否権は無いらしく、頷く事しかできないおっさん。

「わかった。すぐに準備するから行こうか」

 予想通りの展開に、すぐに身支度を整え出発するおっさんとエミリーだった。

 ギルドに着くとすぐさま馴染みのポーターが声を掛けてくる。

「ダイキ、エミリー遅いぞ」

 彼の場合は年少の見習いではなく、村の猟師をしながら応援にやって来る冒険者の道案内をやる青年である。

「ミツヨシさん、すいません」

 おっさんはついつい癖で相手に謝罪をするが、ここは日本ではなく異世界なのでそう言った風習は無い。が、ミツヨシももはや慣れたもの、一切スルーで依頼のは説明を始める。

「昨日、オオカミを追いかけた連中だが、今朝になっても戻ってこない。流石にギルドも様子を見に行かざるを得んという話だったが、事態はそれどころじゃなくなった」

 おっさんが倒した氷風狼ブリザードウルフもはじめは人ではなく村の畑を荒らしに来る魔物を狙っていたらしい。そこで偶然にも人に遭遇し、そこからは日本でもよくある事だった。今回も追いかけたパーティが返り討ちに遭い、夜明けとともに見回りに出た地元パーティによって逃げ切れた生き残りを発見、先ほどギルドに帰って来たという。

「今回は以前のひよっこ連中じゃない、獲物を狩り慣れたオオカミ共だ、ダイキ、お前さんのスキルも過信するんじゃない」

 やはりと言うか、昨日、四頭しか発見できなかったのはオオカミが巧く隠れていたからだとミツヨシは説明した。

「ま、それはふたりのソレにも当てはまるんだがな」

 といって氷風狼ブリザードウルフの毛皮を指す。毛皮が白い事で姿が見えにくいというだけではなく、白い毛自体が探知スキルの欺瞞に効果があるのだというミツヨシ。

「ソレがあるおかげでこっちも見つかりにくくなる。今日はオオカミとの知恵比べだ」

 猟師らしく獰猛に嗤ったミツヨシの顔に、おっさんは背筋がゾワリとするのだった。

 三人はギルドで仕入れた最新情報をもとに現場へと向かう。昨日あれだけ苦労した雪の上だというのにミツヨシは軽々と歩き、そして、上手く雪に隠れたくぼみや斜面を避けて通っていく。

「ああ?雪を見りゃわかるだろ」

 と、事も無げにおっさんの疑問を切り捨てるミツヨシ。だが、おっさんにはその違いが全く分からなかった。エミリーも何となくしか分からないので見落としが多い。

 昨日の倍のスピードはあるだろう雪中の移動によって、それほど苦労することなく複数の足跡がある地点まで到達した。

「どうやらアッチの丘の向こうから逃げて来たのを保護したらしいが、無茶苦茶に逃げたらしくて襲われた場所はいまいちわからん」

 というミツヨシ、そこからおっさんが望遠と熱探知で探ってみるが、同じ様に捜索に参加している冒険者の姿しか発見することは出来なかった。
 そこからは慎重に足跡をたどりながら周囲の警戒を怠らない。

「チッ、コイツは逃げ帰った奴のじゃねぇな」

 しかし、ある地点でミツヨシがそんな事を言う。どうやら他にも逃げ出せた冒険者は居たらしい。もちろん、未だに発見できていないという事は、もう生きてはいないだろうが。
 捜索に参加している冒険者の足跡に混乱してバラバラに逃げた被害者パーティの足跡。そしてミツヨシが見つけたオオカミの足跡。しかしそれは巧妙にどこへ向かったか辿れない様に巧く付けられていて、下手をするとオオカミの罠へと誘い込まれるとミツヨシが警告した。
 おっさんは昨夜、エミリーと熱感知について話していた時、サーモグラフィーは周囲から動物が浮き出るだけでなく、地面や木の温度差も分かるだろう事を思い出していた。
 それをイメージして木と地面と雪、石、それらの見分けを必死に行っていた。そして、違和感に気付く。

「止まってくれ」

 おっさんは警戒しながら被害者の足跡を追うミツヨシを制止し、おもむろに弓を出現させて射る。

 不思議そうにそれを見ているミツヨシだったが、おっさんが弓を放った方向を見てあることに気付く。

「追い込みやってたのか、オオカミの野郎ども!」

 おっさんの放った矢が雪の中に同化していた氷風狼ブリザードウルフを射抜き、小さな血だまりを作ったことでミツヨシにも事態が把握できた。

 わざわざ一人を追い込み、その後に誘われて追いかけてきた仲間を一網打尽に狩りつくす。そんな狡猾な罠がそこには張られていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様との賭けに勝ったので異世界で無双したいと思います。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。 突然足元に魔法陣が現れる。 そして、気付けば神様が異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 もっとスキルが欲しいと欲をかいた悠斗は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――― ※チートな主人公が異世界無双する話です。小説家になろう、ノベルバの方にも投稿しています。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...