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1865年はほとんど動きの無い年であった。
後の世の我々から見れば、長州と攘夷薩摩が結びつき倒幕へと傾倒しているのだから速やかに討伐ないし首謀者を処罰して憂いを取り除くべきだったという意見が大勢ではないだろうか。
しかし、幕府はそれどころではなかった。
当初は余剰分の国友筒や久米筒が薩長に渡るくらいならと、アメリカ南部連合へと売却したのだが、久米筒はこの当時、欧米から見て最新鋭の部類である。
それを惜しげもなく売却した事から、南部連合からの追加発注がかかり、更には当時のアメリカにはない銃弾規格という事もあって、弾薬製造も想定を大幅に超えて受注してしまった。
当時の日本が南北戦争の消費に耐える生産力を持っているはずもなく、早々に問題が露呈し、小栗はイギリスから工作機械や原材料を調達するために奔走し、更には工場の拡大や新規建設まで手を回さなくてはならなくなった。
そんな状態なので、幕府は自身の強兵化にも支障をきたしていたというのが実態だった。
それでも薩長に弱みを見せる訳にはいかない。
そんな意地の様なモノが先走り、さらなる輸出にまて手を出してさらなる混乱に突き落とされていた。
こんな江戸の状況を見れば、いくら相手が弱った長州とはいえ、そう簡単に戦端を開く気にはならないだろう。
たしかに、南部連合への輸出を絞れば完勝出来たなんて語る論者も居るが、事はそう簡単ではない。
その後の日本を考えれば、南部連合への輸出を最優先にしたからこそ、アメリカは分裂期を迎え、本格的に日本に関わる機会を失わせる事が出来たとも言える。
もし、南部連合への輸出を絞って長州征伐にあたったとしても、久米筒や閂筒、江川大筒の様な最新兵器は幕府兵しか持たず、参加した他藩兵は良くて国友筒。それすら持たない藩すら珍しく無かった。
これでは長州に完勝など不可能である。
完勝条件は樺太義兵団の様な装備も練度も高い部隊の投入を前提としており、現実的な話ではなかった。
幕府も長州征伐が戦なく終わった段階で安堵し、南部連合の要求をなんとか叶えようとした。
その為に江川大筒を130門も輸出した訳だが、これはその後継砲が実用化したからだった。
その後継砲というのが、アームストロング砲とならぶ後装砲の先鞭と名高い関口大筒である。
この砲は久米筒を考案した久米通賢がその機構をより大口径な大鉄砲などへの応用を考えて試作を試みていたのだが、素材の品質や加工技術の未熟さから未完成のままこの世を去る。
その遺志を受け継いだ人々が苦節20年、1861年に完成させ、1863年に量産の目処が立った事から、見切りで江川大筒を気前よく南部連合へと輸出したのである。
結果は知っての通り、長州はロシアやフランスの術中に嵌って倒幕を志向しだし、内部分裂を収める為に敵を外に求めた島津久光もフランスの話に乗っかり倒幕を旗印に掲げ、幕府の目論見とは真逆の状況へと向かってしまう。
それを知った幕府だったが、すでに船積みを終えた大砲を日本ヘ呼び戻すには遅すぎた。
こうして小栗をはじめとする外国方幕閣は東奔西走し、なんとか状況を改善する程度には好転させる事に成功した。
が、薩摩は持てる財力を超えて軍備増強に傾倒し、長州へも融通していた。
それに対して幕府の戦備はアメリカへとその多くが消えてゆく。
アメリカ南北戦争は1866年4月に停戦し、分裂は確定する。
ようやく薩長との対峙へ本腰を入れようとしたその時、今度は将軍徳川家茂の死去で勢いを削がれる事になってしまった。
家茂は遺言で後嗣を幼少の田安亀之助とし、後見を父の慶頼に任せる旨を遺していた。
この頃すでに一線を退いていた徳川斉昭の意向が注目されたが、彼は「それで良いかもしれん」と語り、子である徳川慶喜と対立する事となった。
なぜこの時、斉昭が以前とは態度を変えたのか分かっていない。ただ、小栗が遺した手記によると、斉昭は慶喜の事を最後の将軍と呼び、「まだその時ではないはずだ」と語っていたという。
少々謎なのだが、なぜそのように語ったのか、確かに15代将軍慶喜は江戸幕府としては最後の将軍となる。が、この頃は幕府の権勢が息を吹き返している頃であり、僅かな時間で幕府が無くなろうとは予想だにしていなかったはずだ。
あるいは、斉昭こそがこの後のシナリオを描いた人物であったから、自身の筋書きに沿ってそう述べていたのかもしれない。
と言っても、歴史の流れは斉昭が考えているよりも速く、悠長に20年、30年と言ったスパンで物事を変革していくことは叶わずに終わる。
しかし、斉昭の考えは1900年頃までに幕政から欧州様式の議会制国家へと変革しようと言うものであり、その旗振り役として慶喜に期待していた。
そうとは知らない旧南紀派諸侯を中心として、亀之助を推す勢力が形成され、いつしかその盟主的なポジションに据えられてしまった斉昭は、もはや自由に口を開く事も出来なくなってしまう。
そして、急速に戦備を整え、倒幕の炎を燃え上がらせる薩長への対応を迫り、慶喜を推す勢力とに分裂、半年以上も将軍空位という、この時期にあってはならない停滞をもたらすことになってしまうのだった。
後の世の我々から見れば、長州と攘夷薩摩が結びつき倒幕へと傾倒しているのだから速やかに討伐ないし首謀者を処罰して憂いを取り除くべきだったという意見が大勢ではないだろうか。
しかし、幕府はそれどころではなかった。
当初は余剰分の国友筒や久米筒が薩長に渡るくらいならと、アメリカ南部連合へと売却したのだが、久米筒はこの当時、欧米から見て最新鋭の部類である。
それを惜しげもなく売却した事から、南部連合からの追加発注がかかり、更には当時のアメリカにはない銃弾規格という事もあって、弾薬製造も想定を大幅に超えて受注してしまった。
当時の日本が南北戦争の消費に耐える生産力を持っているはずもなく、早々に問題が露呈し、小栗はイギリスから工作機械や原材料を調達するために奔走し、更には工場の拡大や新規建設まで手を回さなくてはならなくなった。
そんな状態なので、幕府は自身の強兵化にも支障をきたしていたというのが実態だった。
それでも薩長に弱みを見せる訳にはいかない。
そんな意地の様なモノが先走り、さらなる輸出にまて手を出してさらなる混乱に突き落とされていた。
こんな江戸の状況を見れば、いくら相手が弱った長州とはいえ、そう簡単に戦端を開く気にはならないだろう。
たしかに、南部連合への輸出を絞れば完勝出来たなんて語る論者も居るが、事はそう簡単ではない。
その後の日本を考えれば、南部連合への輸出を最優先にしたからこそ、アメリカは分裂期を迎え、本格的に日本に関わる機会を失わせる事が出来たとも言える。
もし、南部連合への輸出を絞って長州征伐にあたったとしても、久米筒や閂筒、江川大筒の様な最新兵器は幕府兵しか持たず、参加した他藩兵は良くて国友筒。それすら持たない藩すら珍しく無かった。
これでは長州に完勝など不可能である。
完勝条件は樺太義兵団の様な装備も練度も高い部隊の投入を前提としており、現実的な話ではなかった。
幕府も長州征伐が戦なく終わった段階で安堵し、南部連合の要求をなんとか叶えようとした。
その為に江川大筒を130門も輸出した訳だが、これはその後継砲が実用化したからだった。
その後継砲というのが、アームストロング砲とならぶ後装砲の先鞭と名高い関口大筒である。
この砲は久米筒を考案した久米通賢がその機構をより大口径な大鉄砲などへの応用を考えて試作を試みていたのだが、素材の品質や加工技術の未熟さから未完成のままこの世を去る。
その遺志を受け継いだ人々が苦節20年、1861年に完成させ、1863年に量産の目処が立った事から、見切りで江川大筒を気前よく南部連合へと輸出したのである。
結果は知っての通り、長州はロシアやフランスの術中に嵌って倒幕を志向しだし、内部分裂を収める為に敵を外に求めた島津久光もフランスの話に乗っかり倒幕を旗印に掲げ、幕府の目論見とは真逆の状況へと向かってしまう。
それを知った幕府だったが、すでに船積みを終えた大砲を日本ヘ呼び戻すには遅すぎた。
こうして小栗をはじめとする外国方幕閣は東奔西走し、なんとか状況を改善する程度には好転させる事に成功した。
が、薩摩は持てる財力を超えて軍備増強に傾倒し、長州へも融通していた。
それに対して幕府の戦備はアメリカへとその多くが消えてゆく。
アメリカ南北戦争は1866年4月に停戦し、分裂は確定する。
ようやく薩長との対峙へ本腰を入れようとしたその時、今度は将軍徳川家茂の死去で勢いを削がれる事になってしまった。
家茂は遺言で後嗣を幼少の田安亀之助とし、後見を父の慶頼に任せる旨を遺していた。
この頃すでに一線を退いていた徳川斉昭の意向が注目されたが、彼は「それで良いかもしれん」と語り、子である徳川慶喜と対立する事となった。
なぜこの時、斉昭が以前とは態度を変えたのか分かっていない。ただ、小栗が遺した手記によると、斉昭は慶喜の事を最後の将軍と呼び、「まだその時ではないはずだ」と語っていたという。
少々謎なのだが、なぜそのように語ったのか、確かに15代将軍慶喜は江戸幕府としては最後の将軍となる。が、この頃は幕府の権勢が息を吹き返している頃であり、僅かな時間で幕府が無くなろうとは予想だにしていなかったはずだ。
あるいは、斉昭こそがこの後のシナリオを描いた人物であったから、自身の筋書きに沿ってそう述べていたのかもしれない。
と言っても、歴史の流れは斉昭が考えているよりも速く、悠長に20年、30年と言ったスパンで物事を変革していくことは叶わずに終わる。
しかし、斉昭の考えは1900年頃までに幕政から欧州様式の議会制国家へと変革しようと言うものであり、その旗振り役として慶喜に期待していた。
そうとは知らない旧南紀派諸侯を中心として、亀之助を推す勢力が形成され、いつしかその盟主的なポジションに据えられてしまった斉昭は、もはや自由に口を開く事も出来なくなってしまう。
そして、急速に戦備を整え、倒幕の炎を燃え上がらせる薩長への対応を迫り、慶喜を推す勢力とに分裂、半年以上も将軍空位という、この時期にあってはならない停滞をもたらすことになってしまうのだった。
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